「雨の中」
狗でも狸でももう、何でもいいから出てきてくれないかなあ。
そしたら手足を引きちぎって、血を啜りあげて、肉を食い破って、骨の髄まで吸い尽してやるのに。
思いを声にしたわけではない。なのに。
「瑛明」
背後からの声にぎこちなく振り返ると、岩に頭を預け、こちらを見上げる姿があった。
「おまえは王家の血筋を引くものなのです。ですからその血に恥じない行いを、常に心がけねばなりません」
薄闇、足元で蟠っている裙子に力なく投げ出されている腕が、やけに白々と浮かび上がっている。向けられる視線ははっきりとは見えない。だが声と同様、弱弱しさの中に、明らかな非難の光があるに違いなかった。
思わず溜息をつきそうになって、瑛明は慌てて目を外へと向ける。
ぐっと奥歯を噛み締め、天を仰いだ。
外は大雨。
雨避けに入った洞窟に閉じ込められて二日。僅かばかりの食糧は昨日尽き、丸一日何も口にしていない。そもそもその前から、碌な固形物を口にしていない。
母さんはもう立ち上がる気力もなさそうだ。かく言う俺も、立っているのがしんどくなってきた。雨さえ止めばと思うけれど、止んだところで行くべきところが思いつかない。
何か冷たい――足元を見たら、裙子の裾が、いつのまにかできた水たまりに浸かっている。
こんな内側にまで水が入り込んできたか。雨音も、なんだか強さが増している。
ここまでどうにか生きてきたけど、いよいよか――そう思ったら何故か笑えてきた。