議題1 過去について
「え……凛香、今なんて…」
「だ、だから!!お…教えて……やろうかと…」
「何を…?」
「…異世界に…ついてだ」
快晴の中、この妃野川学園高等部の中央広場にて、湧き上がる噴水を前に石畳の上のベンチで昼食をとっていたのは凛香と恒介の二人だった。恒介は自身が作った健康重視弁当を持ちながら驚愕していた。
「いや、昨日教えないって…ていうかやっぱり行ってたんですね異世界…」
「き、気が変わったんだ!!ただの好奇心だけならともかく、お前にはその…色々あるからな」
「…あまり話したくないなら、無理に話さなくてもいいよ凛香。弟の事は俺達家族の問題だ。本当に昨日の事は忘れて…」
「いいや、これはお願いだ!…昔から勉強も人間関係も家事全般も人並み以下の私を世話してくれた上に…いきなり二年間失踪して帰ってきた私を、変わらずまた世話してくれてるんだ。いい加減私もお前に何かしてやらないと気が済まないんだ!」
小さいうちに両親を亡くし、仕事で家を空けることが多い叔父夫婦の家へと引き取られた彼女を、恒介はずっと支えてきた。米を炊こうとするだけで何故か人を半殺しにしてしまう程異次元すぎる不器用さを持つ彼女にとって、彼の存在はもはや生命線と言っても過言ではない。これは昨日の夜から考え抜いて出した彼女の結論だった。
「世話してるのは幼馴染だからってだけで……見返りがどうとかは微塵も考えてないから気にしなくていいって!」
「…話したくないという理由は、只単に私の都合だ。もし私の体験が弟の匝に少しでも繋がるなら…協力したい」
「凛香……」
噴水の音が轟く広場の中、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。校舎の中からは生徒達の喧騒が消え始め……いつしか風が吹き始めていた。
「放課後、”部室”に来てくれ。今日は部活が休みだから他には誰も来ないだろう。…そこで、全て話す」
「…ごめんな凛香…………恩に着るよ…」
恒介は目を手で覆いながらそう呟いた。
そしてそんな彼らの様子を、ベンチの後ろに立ち並ぶ樹木の影に潜む、筋骨隆々の男と金髪ボブカットの小柄な少女は覗いていたのだった。
◇◆◇
「これは一体どう言う事だ貴様ら………」
「頼む芒部!!!俺にも異世界の事について教えてくれ!!」
「私も私も!!絶っっっ対楽しいもん異世界なんて!ねぇお願いリンちゃん!!」
放課後、高等部校舎にある部活動専用教室区画の一室にて、二人の男女が昨日の恒介と全く同等のポージング、つまり土下座で仁王立ちの凛香に懇願していた。
彼らは先程木陰で覗いていた者達である。男の方は針崎斗猛矢。女の方は貢川ミーシャ。斗猛矢は学園一の筋肉を有し、通称”妃野川のゴーレム”とまで称される大きな体躯を持つ男であり、ミーシャはロシア人の父と日本人の母とのハーフで…通称”妃野川のセイレーン”と何故か神話的な通称が付いている程美しい生徒である。 学園内でもかなり脚光を浴びる二人だが、両名とも凛香と恒介が所属する”ある部活”の部員だった。
「”異世界人類学部”始まって以来の大ニュースだぞ!!?本当に異世界が存在するなんて……!!こりゃあ執筆活動も一気に捗る!!頼む!!芒部!!恒介からも一言言ってくれ!!」
「お、落ち着けよトモ!!っていうか…さっきの会話盗み聞きしてたのか…?」
「聞かなくても、他の皆も薄々違和感感じてるよ!…ねぇお願い!私も異世界行って今後のコスプレ活動のモチベーションとか何か色々上げたいの!!8割好奇心だけど!」
普段は学園のスター的扱いの二人だが…斗猛矢はアニメやラノベ好きが転じてラノベ作家を夢見ており、同じく二次元を愛するミーシャは度々コスプレイベントに出演する程精力的なコスプレイヤーだった。そして中学時代からの付き合いである恒介と凛香は、高校入学と同時に二人に誘われ…この”異世界人類学部”という突拍子もない部活を立ち上げたのである。
「凛香も最初は信じられないくらいのアニメ好きの厨二女子だったじゃないか…!!なのに帰ってきてから急に女の子らしい趣味とかに手出し始めるし部活辞めるとか言い出すし……」
「お前らには関係ないだろうが!!私は恒介と話がしたいんだ、早く出て行け!」
「あーーーー!!!そうやって私たち除け者にして、その後絶対コウ君に異世界について話すパターンだよ!うわぁこっすいわぁ…!!リンちゃんこっすいわぁ…!!」
「狡い言うな!!あぁもう昔から本当にしつこいな貴様らは……!!恒介、何とかしてくれ…」
凛香の疲れきったような表情を見た恒介はすかさず喚き散らす二人を宥めようとする。
その時、斗猛矢が急に真剣な声色で…凛香に問うた。
「なぁ…そんなに話したくない理由って何なんだ…!?俺達からすれば”異世界”ってのは…自分の願いや理想が何でも思い通りになる、素晴らしくファンタジーで美しい夢の世界のハズだろ?迫り来る敵をチート能力で蹂躙したり、可愛いエルフとかと戯れたり……!」
「魔法使いになって街の皆を助けて人気者になったり……!!…ねぇ、リンちゃんも異世界でいーっぱい楽しい体験してきたんでしょ!?…どうして教えてくれないの?」
二人の目は輝いていた。この場合は、好奇心しかない状態である。量産された異世界モノに毒され、自分の中で『異世界は楽しい空間』というイメージが固着している。そんな様子を見た凛香は……一瞬怒りの表情を浮かべた後に……彼らを憐れむ様な表情へと変遷した。そして…まるで吹っ切れたような声色で話始めたのだ。
「そうか。…異世界が楽しい…か………面白い事を言う」
「り、凛香?」
「恒介。…またも気が変わったぞ。……お前だけでなく、こいつらにも教えて……いや、”連れて行って”やろう」
「つ……連れて……?」
凛香は不敵な笑みを浮かべた後、部室の中央に置かれたラノベやアニメのBDなどが置かれた長机に腰掛け……声を張り上げた。
「愚かなお前達に直接味わわせてやる!!”本当の異世界転移”をな!!!」
……因みに、失踪前からここの部長を務めていたのは凛香であった。