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転移者のエピローグ

「いい加減教えてくれ我が友よ……常人には計り知れないその”異世界”の全てを…!!」

「断る」

「………凛香(りんか)さぁん……お願いしますよぉ……靴底まで丹念に舐めまわしますからぁ…」

「思いつく限りの拷問より遥かに地獄だよ!!教えないって言ってるだろ!!?」



深夜。夏というのもあって外では小煩いセミの声が木霊している。だが中途半端に都会なこの地では、割と珍しい音の部類だ。


見渡す限りにピンク色が広がった”女の子”過ぎる室内にて、夏仕様の制服に身を包んだ平均的なルックスの この男、曲坂恒介(まがりざか こうすけ)18歳は一人の女性に土下座のポージングで平伏していた。教科書や参考書、可愛らしい動物達のぬいぐるみが立ち並んだ机に頬杖をつき、心底呆れた表情で恒介に一瞥もくれない彼女は芒部凛香(すすきべ りんか)。彼と同様18歳の高校三年生である。真白な長髪に透き通った肌…人間とは思えないほどの美しさを持っているが、口は相当に悪かった。



「いっつも飯作ってやってるんだから教えてくれてもいいだろ!!?この老婆!!髑髏!!菓子パン!!」

「罵倒の言い回しが個性的過ぎるんだよ!!!なんだ菓子パンって!!……もういい加減にしてくれ…第一、私は一言も”異世界に行った”なんて口にした事無いだろう!?:

「いや、いきなり行方不明になって以来二年ぶりに戻って来て俺の顔見た時の第一声が”戻って……来たのか…”の時点でほぼ100%異世界帰りだろうよ!!よくそれで誤魔化せると思ったね本当に!そして何より...」




そう、彼女は二年前に突如姿を消し、数々の捜索隊やメディアまでもが彼女の発見に努めたが全く足取りが掴めないでいた。しかし、一週間前に凛香は恒介宅の前にて発見された。そして、その時彼女の右手に掴まれていたモノは……


『戻って……来たのか…』

『り、りりり凛香……それ……角生えてるの……くくくくく……く…首……!?』




悍ましい瘴気を孕み、頭部に黄金の冠を付けた……青ざめた魔族らしき者の生首だった。





「もう制覇しちゃってるよね凛香さん!!完璧魔王だもんあれ!!今どこにあるの!?魔王様の首どこに保管してるの!!?」


半ば発狂気味に問い詰める恒介に対し凛香は、苦し紛れに言葉を絞り出した。



「か、飼い犬に………」

「”飼い犬に………”何なんだよ!!食わせたの魔王の生首!!?ケルベロスでもそんな事しないわ!!!」

「だあああああああああ!!!!黙れ黙れ黙れ!!!!…両親の代わりに身の回りの世話をしてもらってるのは有難いが……その話に関しては一切触れるな!!!次触れたら滅すぞ!!」



勢いよく立ち上がり、膝をつく恒介に対して怒号を浴びせる凛香。

その右手は、デフォルメされたクマのぬいぐるみの頭部を悍ましいほどに強く掴んでいた。

暫しの沈黙。 恒介は一つ軽いため息をついて、申し訳なさそうに口を開いた。




「………そうだよな…いくら何でもしつこ過ぎたわ、ごめんな凛香。…もしかしたら、弟に関しても何か分かるかなって思っちまって……ちょっと熱くなり過ぎてた」

「……(めぐる)の事か」

「あぁ。あいつの場合は…もう10年も帰ってこないけどな。……でも、もしアイツが凛香みたいに戻って来れるんだとしたら……!」

「厳しいことを言うが、その可能性は限りなく低い。……皆勘違いしているが、あの世界は……」

「え、”あの世界”?」

「あっ……い、いや…べべ別に口滑らしてなんかないからな!!!?と、とにかくもう帰ってくれ!!………あと………麻婆豆腐……美味かった………ぞ」



彼女の慌てふためく様子と、口元に付いた豆腐らしきものの一片を見た恒介は、しばらく呆けた後静かに微笑み、膝に手を付きながら立ち上がった。




「あぁ。また作りに来るから。………今日俺が聞いたことは忘れてくれ。………何はともあれ、お前が無事に帰ってきてくれて………本当に良かったよ……。じゃあ」

「………また明日」



彼女に背を向け、右手を軽く上げて別れの挨拶をした恒介は、そのまま凛香の部屋を後にした。


 バタンと、閉まる扉の音が室内に消える。だが彼女の脳裏には、去り際の悲しげな表情を浮かべる恒介の姿が焼きついていた。 

 ただの好奇心ではない。自分の家族が関わっている問題だ……それを無視して、自分の都合で口を閉ざしてしまって…良いのだろうか。




……彼女は立ち上がり、後方にあるクローゼットを開く。




…そこには、柄に厳かな黄金の装飾が施され、眩い程に光を反射させる……”英雄の剣”があった。




「……………恒介……」




彼女は、紛う事なき”元異世界転移者”である。





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