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元凶

かつて、鬼であったもの

それが、私という存在を表すに最も相応しい言葉

心技体を兼ね備えた鬼として生を受けながら、嫉妬という炎で己を焼き殺した狂った怪物

地の底で橋を渡す。それが今の私の勤め

地に伏した化け物の慣れの果て

この仕事は私に良く合っていた。誰にも会わなければ、嫉妬に身を焦がすこともないから

だというのに最近の私はずっとイライラしっぱなしだ。その原因は……

「きゃっ」

不意に首筋に何かが触れて、思わず声が出てしまった

「良い声をあげてくれる。この声が聞けただけでもわざわざ逢いに来た甲斐があるってもんだ」

「勇儀……」

そう。原因はこの星熊勇儀

勇儀は毎日のようにここに足を運び、私の心の平穏を奪い去っていく

その額の角が示す通り、勇儀は鬼だった。そして鬼の中でも頭を抜いて強大な力を有している

彼女の存在は、私にとって妬ましい以外の何者でもなかった

「おやおや、そんな仏頂面しないでおくれ。折角の可愛らしい顔がますます魅力的になってしまうだろう?」

そう言いながら勇儀の手が私の頬へと伸びてくる。私はその手を荒々しく払いのけた

「そういうこと言うのやめなさいって言ってるでしょ」

頭では理解していた。勇儀は嘘は吐かないし、相手が本当に嫌がることはしない鬼の力とはその気高い精神に宿ることを知っていたから

だからこれは私の我が儘。子供が癇癪を起こしたような、理のなき感情

心と精神が乖離している。そんな感覚を覚えながらも、それは仕方のないことだと思っている私もいた

あらゆるものに秀でた鬼という種族の中でも自他共に優秀といわしめる星熊勇儀を前にして何も感じない者がいたとしたら、それは歴史に名を残すほどの傑物に他ならない

だから、

「何しにきたの」

私にはこんな言い方しか出来ない。こうでもしなければ、私の中の怪物がどんな行動をとってしまうかが目に見えていたから

「んー、強いて言うならパルスィの顔が見たかったからかね」

私の中の怪物が一段と力を増した。その言葉に永遠に埋められない差を感じたから

「旧都の主様がこんな所で油を売っているなんてよっぽど暇なのね」

「私は旧都の建設を主導しただけで主なんて大それたものじゃないさ」

「ふうん。……って何笑ってるのよ」

いつの間にか橋の欄干に座っていた勇儀が、これでもかという位にやついていた

「パルスィが私に興味持ってくれるなんて嬉しくってさ」

そう言って勇儀はまた笑う

私はといえば胸の中がモヤモヤし始めてどう反応をするべきか判断に困っていた

今までに感じたことのない感覚。いつものもっと殺伐としたあれとは違い、どこか安心するような、そんな感じがした

けれどもその不思議な感覚を特定するには、私は経験が少なすぎた。人と触れ合うことを拒み、自分を閉じ込める事にも慣れた。その代償として何か、目に見えない大切な物を失ってしまっていた

何か違うと感じながらも、いつものあれと割り切ってしまう。割り切ることが正しいのだと、そう信じて

「……用事が済んだならとっとと帰りなさい。この辺りは夜になると恐ろしい鬼が出るらしいわよ」

根も葉もない噂を、皮肉の意味であえて言い放つ

「橋姫様が言うなら仕方ない。仰せのままに」

そんなことは百も承知だろうが、勇儀は素直に従った。掴み所がない、とはこういうことを言うのだろうか

「パルスィ」

呼ばれて思わず振り返る。と、額と頬に何か暖かい感触が触れる。それはとても熱くて、なのにとても心地よかった

その感触も一瞬、何かはすぐに離れていった。同時に私の視界に触れたのは、離れていく勇儀の整った顔

「橋姫様に、良い時を」

そう告げて、何事もなかったかのようにスタスタと歩き去っていく勇儀

私はそれを、夢見心地に見送った

それが、全ての原因だったのだろうか

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