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第7話 山崎のたくらみ

 時刻は12時30分になった、4限目が間もなく終わる。


 もうすぐ待ちに待った昼休み、しかしここからがたいへんだ。


 今日は購買部でパンでも買うしかない。

 それは仕方ない。

 問題はパンの供給量と需要のアンバランスさだ。

 つまり需要に対して供給が少ないのだ。


 加えてこの教室から購買部までの距離は比較的遠い。

 絶対的に不利な状況。

 更に今の数学の時間。

 ヒス教師と名高いアラサーの田中先生。


 この女教師は、なかなか時間通りに終わらない。

 カリキュラムの組み方が下手なのではなく、単に意地悪なだけだ。

 だけど、それを指摘するとヒステリックに怒り出して手に負えない。

 三十路過ぎて独身だし、更年期障害じゃなかろうか?


「……妹尾。妹尾。……」


 ここにきて山崎が小声で囁きだした。だまれ。


「……妹尾。こっち向け」


 そんなこと出来るわけないでしょうが! 

 出来てももちろんやらないし。

 ノートの端を切り取って「うるさい! だまれ! 今しね!」と書いてこっそり渡した。

 

「ひゃうっ!……」


 私は言葉を飲み込んだ。

 山崎がいきなり背中を触りだしたのだ! 

 とうとう言葉だけではなく、直接セクハラをしかけてきた!

 

 私が身動きできないのをいいことに、山崎の指はエスカレートし、背中を縦横無尽になぞりまくる。


 気持ち悪い! ぜったい後でぶっ殺す!!


 やがて山崎の指は、一定の位置を往復し始めた。

 まさかと思ったが、ブラをなぞっているようだ! 

 もう一度紙に「ぜったいぶっ殺す」と書いて渡そうとしたら、ホックをぐいっと引張られた!


「いやー!! ちょっ何すっ、ぶっわっはははははははははははは!!!! あだぁ!!」


 ――終わった。


 山崎くんが、変な顔を更に変顔にして、付け鼻毛まで装備した顔が目の前に居たのだ。

 我慢なんて出来るわけがない。


 久々に腹の底から笑ってしまった。


 しかも椅子から転げ落ち、千鶴の机に頭ぶつけた。

 気がつくと三十路先生が真っ赤な顔でにらんでいて、物凄い剣幕で何ていってるのかわからない勢いで怒られた。


 そして私は今、廊下に立たされている。


 小学校以来だ、しかも山崎と一緒に。


「……どういうつもりなの?」


 山崎はすました態度で立っている。

 私は怒りと空腹と、ついでに頭の痛みで最悪な気分だ。

 今すぐこいつを利根川に流せたら、さぞ気分がいいにちがいない。


「妹尾、言っただろう? バースデープレゼントだって……」

「あら? ムフっていわないのね。で? なんで廊下がプレゼント? 私はの○た君じゃないのよ?」

「そういえばさっきから僕の顔を見ても笑わないんだな? まあ良い。ところで君、今日の昼飯は有るのか?」


 突然訳の分からないことを言い出す。

 それに今は、空腹と怒りであんたの顔が憎悪の対象になってるから笑えないんだよ。


「お弁当なら無いわよ! てか、なんであんたがそんな事知ってるの?」

「いやいや、今朝の君の腹の虫。それと何時になく苛立つ様子、更に終業時間を気にした素振りから推測したまでさ」


 う~ん……なんかスゴイ気もするけど、やっぱムカつく。


「それとこの現状に何か関係が有るわけ?」

「ふ……これだからトーシロは困る。今日が何の日か知らないのだろう」

「……月曜日……で、私の誕生日……」

「いいかい? 今日は購買部にて、あの伝説の限定品「超カツサンド」が入荷されるのだ! 君も味は知らなくても名前は知っているだろう? 僕のプレゼントは貴重な『情報』さ」


 ごくり……限定「超カツサンド」……それは学生相手の購買部にしては高価で(450円)その味は比べるものがないという噂の品。

 普段販売されているメンチカツやハムカツサンドとは雲泥の差と云われる伝説の……。


 嘗て、あまりの人気と品薄のため、流血の奪い合いが発生し、事態を重く見た学校が販売中止を決定したものの、生徒から復活の要望が多く、混乱を避けるため入荷日を極秘とし、販売数はわずか5食としたプレミア惣菜パン。


「ふ……僕のリサーチとプロファイリングによれば、今日がその発売日だ。ただ、気付いている者は、他にも大勢いる。競争は苛烈だろう……」

 

 この学校において、彼は「情報通」として有名だ。

 その才能の無駄遣いには定評がある。

 これは信用に値する情報だろう。


「それはわかったけど、現状と何の関係が?」

「まあ聞け、となりの3組と4組だが人の気配がしないだろう?」

「……確かに。何の音もしないわね?」

「今の時間4組は体育。3組は美術室だ……どちらもここより購買部に近い。1組は喜屋武の授業だ、終了のチャイムと同時に教室を飛び出すだろう。我々は三十路(たなか)の授業……絶望的だ」

 

 なるほど。

 最も不利な状況ってことか、やっぱりこいつは侮れない。


「わかったか? そこでこの位置だ。

 ここからチャイムと同時に走りだせば、1組は出し抜ける。

 教材の多い3組は問題ではない。

 強敵は4組だ、奴らの中に、陸上部と野球部のエースが潜んでいる。そこで鍵になるのが妹尾、君の「脚」だ!」


 そう言うと彼は、私に500円玉を1枚手渡した。


「僕の分も頼んだ。間もなくスピーカーからノイズが聞こえてくる。その3秒後にチャイムが鳴る。後の事は任せろ……」


 なんかやる気になって来た。

 いや、私が乗せられやすいだけなのかも? そうこうするうちに、頭上のスピーカーからノイズが聞こえて来た! 1・2・3!!



 ――――――



 山崎少年は堪えていた。


 その不細工な顔から笑みが溢れるのを必死で我慢した。

 今、この瞬間こそが、彼の半年に渡る綿密な計画の集大成だった。

 

 彼にとっての計画とは、妹尾瑠奈の「尻」を触ること。

 この一点のみに絞られている。


 彼は毎日考えていた。


「どうすれば妹尾の尻を触れるか……」

 

 制服に包まれたそれを眺めるだけなら簡単だ。

 毎日「礼」をするときは、腰を90度近く曲げることで、前に位置する彼女の尻に、鼻先10センチの距離まで近づく事が可能なのだから。


 しかし若さ故の欲望は、視覚だけでは満足できず「感触」をも欲している。


 そして、以前体育の授業で女子の短距離走を「観賞」していた際に、陸上部顧問の体育教師が当たり前の様に行っていた行為にヒントを得た。


 スタート時の合図に合わせ、極自然に女子の尻を叩いている。

 勿論皆嫌がっていたようだが、学校から特に問題視されなかったのは、その教師が嘗てオリンピックの強化選手という経歴(ブランド)を持っていた為に他ならない。


 セクハラさえも正当化されるそれを、羨ましく思っていたものだった。

 尤も、女子柔道部や女子レスリング部などの重量級少女には手を出していなかった事も事実であり、彼が同意する部分でも有った。


 そして今、走り出そうとする彼女に対し「さあ! 行け!」と送り出す瞬間尻を触る。

 あくまでも激励するかのように、極自然に行うことで、彼女自信も気付かないように体育教師のノリで行く。


 例え気付かれたとしても彼女はそのまま走り去り、カツサンドと云う目的を達成した頃には忘れているだろう。

 今は、決行前に悟られないよう細心の注意が必要だった。


 今の彼女は自分の顔を見ても平気らしい。

 これは彼にとって、予想外の事態であるが、むしろ僥倖である。

 現に彼女は嘗て無いほど彼に対する警戒を怠っていた。


 計画の立案は容易だった。

 実行に移す事こそが難問であったのだ。


 何時巡ってくるか分からない、偶然に頼るしか無いチャンスが今日やって来た。

 全ての条件が整ったのだ。


 先ず妹尾瑠奈が、弁当を所持しておらず、尚且つ空腹であること。

 次に彼女の興味をそそる『餌』が用意されること。

 更に僅かな騒ぎで教室を追い出すような教科担当の授業中であること。


 この全ての偶然が重なった時点で、彼の計画は完璧に成った。

 

 そして慎重かつ繊細に、そして大胆にそれを決行する。


 朝から執拗に付き纏い、背中と指先ではあるが、肉体的に一次接触を図った。

 そして今、カツサンドを餌にした印象操作によって、彼女の警戒心を緩める事に成功した。自分でも恐ろしいほど完璧に……


 ブッ……ジジジジジ……キーンコーンカーンコーン……


  授業終了のチャイムが鳴り響く。

  作戦決行の合図だ!!


「行け! せの、おおー!?」


 満を持して繰り出した彼の右手は、目的地に触れる事なく虚しく空を切っていた。


 軽く叩く様に触れるつもりだった。


 だがここまで完璧に事を運んだ慢心が、欲望の扉を開けてしまったのだ。

(……一度切りのチャンス、ならばがっつりと鷲掴みに!)

 と思い直し、全ての指をくの字に曲げた。

 その一瞬のタイムラグが敗因だろうか? 


 彼は野球部に所属しており、この顔で副部長である。

 しかし、レギュラーポジションは無い。


 彼はその類まれなる頭脳と徹底したリサーチにより、試合前に相手校の弱点はおろか、各選手の秘密や恥辱に満ちた過去などの弱みを握り、ベンチからのヤジやコーチャーズボックスに立ってそっと囁く等の卑劣な戦法で味方を勝利に導いてきた。


 その為「影の監督」とも称されて居るが、彼自身運動は全くダメで、止まっているボールにさえバットが触れたことはない。


 空振りした右手を眺め、今、彼は思う。

(やはり僕にはバッティングは無理だったのか……)

 いや、そうでは無い……彼女の初速は彼の予想を凌駕していたのだ。

 事実、彼が空振りを確認した時点で、彼女はとなりの教室付近まで移動していた。


「か……加速が、違い過ぎる……」


 山崎少年は、その後姿を見送りながら、生まれて何度目かの挫折感を味わっている。


 半年前から準備を重ね、唐突に全ての条件が整った奇跡的な日だったのに。

 自分の慢心と、妹尾瑠奈本人に対する認識不足がこの結果を招いたのだと……そして二度と、このようなチャンスが巡ってくる事は無いだろうと、大きめの唇を噛み締めていた。


  妹尾瑠奈が「本気」を出した場合、通常の人間なら肉眼で捉えることすら困難である。まして触れるなど、発射された銃弾を背後から捕まえるようなもので、根本的に不可能なのだ。


 先ほど彼女は焦るあまり、最初の一歩だけ「本気」を出してしまった。

だがすぐに「全力」の疾走に切り替えたが、山崎少年がそれに気付く事は無かった。


「おおおりゃああああー!!」


 妹尾瑠奈は、一目散に購買部へ向かっていた。


 未だ「色気より食い気」が信条の彼女にとって「はしたない」といった概念は持ちあわせていない。

 そして山崎少年の言うとおり、各教室からも飛び出そうとする生徒が大勢いた。

それらを威嚇するため獣のような大声を張り上げながら、彼女は全力で走る。


 彼女達2年生の教室は3階に位置している。


 4階は1年生で、2階は3年生の教室。

 1階が各特殊教室と職員室などで、問題の購買部も1階に在った。


 校舎の階段は、全部で3箇所。

東・西・そして中央階段。


 購買部は東階段と中央階段のほぼ中間点に位置する部活棟への渡り廊下に在った。

 彼女の教室は西階段付近であり、距離的に不利な位置だったが、山崎少年の謀略により距離のハンデは克服できていた。


 そして、1年生に対しては位置的に有利であり、受験を控えた3年生は登校していない。なので問題は、校庭と体育館だ。


 校庭から距離に換算すると、彼女の教室に対して約半分。


体育の授業を受けている生徒が、教室に戻ることなく直行すると、確実に不利な状況だ。


 教室から最短距離をとる場合、中央階段を降りる方が近道なのだが、ここには職員室・生徒指導室が位置している。

 廊下を全力疾走している姿を発見されれば、そのまま問答無用で生徒指導室まで連行される。そうなれば元も子もない。


 そこで今回、彼女は敢えて東階段へ飛び込んだ。

 スタート時に得た時間的優位を、ここで消化する事にして、後を自分の脚力に賭けたのだった。


「「「どぉをりやあああああああー!!!」」」


 渡り廊下に差し掛かった時、目の前を走去る一団が居た。


 例の野球部と陸上部に違いない。

 物凄い形相に瑠奈は一瞬たじろいだが、このままではカツサンドを入手出来ないと即座に判断し、彼らの後を追った。


 購買部までは残り50メートル足らず。

 体操服のまま、歯を食いしばり汗とヨダレを迸らせながら走る彼らは己の勝利を確信していたに違いない。

 しかし一瞬の後、疾走する彼らの脇を疾風の如くすり抜けた一人の少女が居た。


「いっちばーん! おばちゃん。カツサンド2つね!」



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