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第6話 おもしろい顔のやつ

山崎くん視点のコメディーパートです、しばらくこんなのが続きます。

――むふふ、今日も妹尾が僕のことを気に掛けている。


 そして僕は彼女が好きだ!

 これは間違いなく両思いに違いない。


 妹尾のどこが好きかと言えば、先ず顔だ、これは多くの男どもと共通する。 

 彼女は去年、校内男子の間で秘密裏に行われた美少女コンテストで「彼女にしたい部門」堂々の一位だったくらいだ。

 因みに「嫁に欲しい部門」では、ぶっちぎりの最下位だった。

 原因は、彼女の人智を超えた「メシマズ」にある。


 実行委員だった僕も、最初は驚いたものさ。


 当時、いつもけたたましい笑い声と共に現れる少女。

 その素顔を見たことは一度も無かったのだから。

 何せ、僕が彼女の存在に気づいた時は、常に顔が裏返りそうなくらい大口を開けて爆笑していた。

 僕にとって、彼女は「無礼な女」でしかなかった。

 しかしそれは良い。

 他人を笑わせることは、僕にとって至福でもあるからだ。


 僕の顔の話をしよう。


 僕の両親が知りあったのは、大学生の時だった。

 当時の母の姿は「ワンレン」とか言う、曰く顔の不都合な部分を隠せるヘアスタイルだったそうだ。

事実、母の顔は鼻から上がとても残念だ。

 対する父は、地元で有名な走り屋だったそうで、フルフェイスのヘルメットから覗く、鋭い「目と眉」がたまらなくかっこよかったらしい。

 しかし、彼の目から下の造形は……これまたかなり残念だ。


 何の因果か、そんな二人が付き合い、やがて結婚した。


 二人の計画では、父の目と母の鼻から下を合わせた子供。

つまり、イケメンの息子or美人の娘が誕生する予定だったらしい。

 自分たちの容貌を諦め、その遺伝子を次代に託そうと考えたらしいが……

生まれたのはorz僕だ。


 ちなみにその合成計画は妹へと引き継がれ、そして見事に顔だけは成功した。

 彼女まで、この十字架を背負わせるのは余りに酷だと思――わない!! 


 あんのクソ妹! 


 ブスに生まれりゃいい気味だったのに!! 

 テメーが可愛くてモテるのは運が良かっただけなんだよ、たまたまなんだよ! 畜生!


「わたしの兄がこんなにブサイクなわけがない」

「酷すぎる、病院でなんか他の生き物と取り違えたに違いない」だとお!?


 あのガキゃ脳みそ少なめで頭悪いクセに! 天才な兄貴をもっと尊敬しやがれ!! 

 テメーみたいに性格の悪い女なんか、茶髪でピアスでトライバル柄の――「俺は今にBIGになる」――とかほざいてばかりで働きもしない男に孕まされて、挙句に勘当されて可愛くねーDQNネームのガキ抱えて食うに困って水商売にでも堕ちやがれぇ!! 


 はぁ、はぁ……いや、そんな事は良いか……しかし弟までつくらなかったのは僥倖だ。

 両親も確率の低いギャンブルは止めて。勝ち逃げを選んだのだろう。

 僕に似た顔で妹に似て頭まで悪い弟なんか出来たら堪ったものではない。


 それでも僕は、自分の顔が嫌いではない。


 細面で小顔の美形やワイルド系のイケメン等のモテ男に嫉妬したのは昔の話。


 だってそうだろう? 彼らにだって賞味期限が有る、20代ならまだしも、30代過ぎれば下腹も出るし、頭も薄くなるかもしれない。

 老いは等しく訪れるものだ、下手に色男だった分、落差は激しいだろう。

 そんな味の薄れる顔よりも、僕なら熟成して深みが増す自信が有る!

 

 子供の頃から他人を笑わせるのが好きだった。

 幼稚園の頃、将来はピエロになりたいと本気で考えていた。


 妹尾瑠奈との出会いは、入学式の時だった。


 僕のもう一つの自慢は頭脳だ。

 これは両親に感謝している。

 おかげでこの高校は、主席で合格できた。

 成績優秀な者の責務と栄光……新入生代表の挨拶で、壇上に上がった瞬間だった。


「あぎゃーははははっははは!! ひー! ひゃはっはははははははははー!!」


 突如、体育館に響き渡る掛け値なしに豪快な笑い声。

 そこには蹲り、転げまわり、挙句には過呼吸で痙攣を起こして保健室に運ばれていく少女の姿……それが彼女だった。

 余りに笑い方が激し過ぎて会場は騒然となり、誰もが僕の存在を忘れたほどだ。


 それからというもの、廊下でも校庭でも「ぎゃはは」と聞こえるとそこに彼女が居た。その頃には誰もが僕の顔に慣れていたので、笑ってくれたのは素直に嬉しかった。

 嬉しいけど、いつ見ても顔の半分が口の女に好意を抱くはずも無かった。


 それだけに、コンテストの結果は衝撃的だった。


 隠し撮りされた彼女の素顔には、更に衝撃を受けた。

 紛れも無い美少女がそこに居たからだ。


 同姓同名を疑ったが、もちろんそれは無い。

 笑う口だけ女は、我が校のアイドルだったと知ったのだ。

 

 隠し撮りされた写真は5千円で買い取った。


 翌年、彼女と同じクラスになって、あることに気がついた。

 妹尾には、男の影が無い……それどころか、話しかける男が居なかった。


 探ってみると、彼女のファンは多く、それどころか入学時から1ヶ月の間に48人もの男子たちが交際を申し込み、そして玉砕していた。


 むしろその所為で他の女子から快く思われていない事と、仲が良いのは最近知り合った同級生の草間千鶴だけらしい事もわかった。

 肝心の男どもはというと……。


「……俺、妹尾に告ろうとしたらさ……あんた誰だっけ? って素で言われた……」

「俺なんか、切掛け作ろうと話しかけたら同じクラスだとさえ思われてなかった!」

「俺なんか一年の時から同じクラスなのに、まだ名前間違えられてるんだぜ……」


 どうやら本当に男に興味が無いらしく、顔と名前を憶えるのも苦手らしい。

 色々調べてみると、妹尾の成績はかなり低く、問題児と呼ばれていた。

 正直、どうやってこの学校に入れたのか疑わしいレベルだ。


 僕が話しかけると常に爆笑するのは相変わらずだったが、ある日変化が起こった。


 彼女が僕の言葉に応えた。会話ができたのだ! 

 後ろ向きではあるが「山崎くん」と名前を呼んでくれた! 

 すごい快挙だ! 

 僕は妹尾にとって、特別な男に違いないと確信した!!


 この日以来、僕は学校中の男どもから羨望と嫉妬の眼差しを受けることになった。

 生まれて初めて感じた優越感に酔いしれたのは言うまでもないが、一つ問題がある。

 会話をする時、彼女は必ず背を向けているのだ。


 笑いを堪えているのはわかる。

 だが、そろそろいい加減「笑い顔」じゃない「笑顔」を見せて欲しい。

 そうして僕は、毎日妹尾の背中に語りかける。

 慎重に言葉を選びながら……あまい囁き――のつもりだったが、つい、セクハラ発言を繰り返してしまう。


 だって仕方ないだろう?


 毎日彼女の制服に包まれた、女の子らしい華奢なラインを眺めているだけで、妄想が加速してたまらなくなるのだ! 

 おかげで彼女に話しかけようとすると、頬が緩んで言葉より先に『むふ』と笑いが漏れる。

 こんな笑い方しなかったのに、彼女に対してだけこうなるのだ。

 これはきっと、愛の……いや、正直に言おう! 欲望の成せる技だと!

 そう、妹尾の「身体」も僕は好きだ、勿論いやらしい意味で。

 これは僕だけじゃない、他の男どもも大概そうだ。


 毎日後ろ姿を間近で見ているからよくわかる。

 どんどん艶っぽくなって来た。

 僕が一日中、性的な目線で眺めているからに違いない! 感謝して欲しい。

 そしてその身僕に捧げて欲しい、とっとと捧げろ! むふふ。


 ―――――



 山崎少年の思春期らしさを超えた淫靡な妄想は、際限無く膨張していた。

 彼は背も低く、足も短い。

 更にその顔では、通常の神経なら激しい劣等感に苛まれるはずなのだが、そうは成らない。

 彼は幼い頃より誰よりも己を理解・分析し、熟知している。

 更に、女子に相手にされない鬱憤を、勉強へ注ぎこみ過ぎたおかげで、幼少時より成績は常に優秀。

 そのおかげで彼の心は卑屈に歪む事もなく、今日に至っている。

 だが、顔に似合わぬ明晰な頭脳は、彼に多大な自信と過剰な自己愛を齎し、桁違いに図太く恥知らずな精神を構築していたのだった。



―――――――



「だから、私に構わないでって言ってるの。毎日毎日飽きないわね……」

「むふふふ。君が振り向いてくれさえすれば良いのだよ。さあCommon!」


 あ~……マジで鬱陶しい。

 あんたの顔見て笑わない自信なんてないんだから。

 小皺が増えたらどう責任……いや、責任はとらなくて良いから賠償しろ!


「……あ、あのさぁ。ルナ。これ……」


 おお、千鶴。

 ナイス助け舟! 山崎を視界に入れないよう、慎重に千鶴に向き直した。


「今日、お誕生日だったよね? これ、貰ってくれるかな?」


 彼女が差し出したのは、手のひらに乗るくらいの毛糸で編んだぬいぐるみ、それをストラップにしたものだった。

 それ以前に、今朝のドタバタで自分でも忘れていた誕生日を彼女が覚えていてくれた事が嬉しかった。


「わぁ、可愛い! ありがとう千鶴。これって、ひょっとして例の……?」

「うん。今日、施設のみんなにも配るんだ。余り物みたいでごめんね」

「ううん、そんなことない。大事にするよ」


 にっこり笑って受け取ると、しばらくそれを眺めた。

 黄色いクマさんだ、いや……犬かもしれないな…………言及するのはやめとこう。


 千鶴は市内の託児所や、養護施設でボランティアをしている。

 とても子供好きで優しい娘なのだ。


 よくこうして手作りのおもちゃやお菓子をプレゼントしている。

 卒業後は保育園や幼稚園の先生になりたいらしい。

 優しくて可愛くて子供好きで……正直言って、嫁にほしい。


 そんな彼女が、何故わざわざ難しい進学校を選んだのかというと、この学校にあるシステムを利用するためだ。


「成績こそ全て」の我が校に在って、彼女の成績は常に1位から3位の上位。

後ろの山崎と双璧をなす強者だ。


 そして、成績上位者には「遅刻・早退」の自由が与えられている。


 千鶴や山崎は、成績さえ維持し、尚且つ社会的かつ常識的な理由さえあれば、それらが許されるのだ。

 まあ学校側としては、どこで勉強しようと優秀な成績で卒業してくれれば文句は無いってところだろう……けど羨ましい、実に羨ましい!


 彼女はこれを、最大限に活用してボランティア活動に勤しんでいる、どうしてそれで100点取れるのか教えてもらいたいわ……


「むふ、妹尾。僕からも愛のこもったプレゼントが有るのだが」


 うざい、いらんわ!!


「山崎くん。くれると言うなら、今すぐ入間川に飛び込んで、ブラックバスを駆除してきて欲しいな。

 大丈夫、今の季節は裸でじっとしてるだけで、人肌の温もりを求めて寄ってくるらしいわよ?

 あなたに沢山のお魚が群がる姿を見てみたいわ」


「むふははは。それでは僕が低体温症になってしまうじゃないか。

 そうしたら君が暖めてくれるのだろうな? もちろん人肌で」


「オホホホ! 低体温症なんてステキね、アナタの心臓が止まるなんて素晴らしいことだわ。 

 流れるアナタに時々小石を投げて遊びましょう。

 そのまま荒川に合流するまで見守ってあげる、岸に流れ着きそうならちゃんと竹竿で押し戻してア・ゲ・ル! 東京湾に浮かぶあなたの姿をゼヒ見てみたいわ」


 浦安あたりで波間に漂い、ネズミーランドの夜景に照らされる彼の土左衛門姿を想像して少し楽しくなった。


「おーい……お前ら……席につけー」


 いつの間にか、ホームルームの時間だった。

 担任の喜屋武(きゃん)先生が入ってきたのに気付かなかったけど、座っていた私はセーフ!

 先生は立っていた山崎を一瞥し、ついでに私に目線を向け「はぁ……」と溜息を吐く。

 なんで? 私なんかしたの?


 喜屋武先生は、30代半ばの独身らしい。

 いつもぶっきらぼうで不機嫌そうにしている。

 機嫌が良いのは給料とボーナスの支給日だけ、ちなみに日本史の教師だ。


「きりーつ!」


 静香……もとい、委員長の号令で全員が席を立つ。

 ガタガタと立ち上がる音もバラバラだ。

 先生の態度は生徒にも反映するのだろう。

 

「れいっ!」


 静香の声は澄んでいて良く通る。

「「「おはようございまーす」」」比べてみんなの声はバラバラ、てか、全体の半分くらいしか声を出してない。

 中には「おはー」とか「ざーす」しか言わないやつもいる。

「ムフぉ!」こいつは論外だ! 

 今、絶対腰を90度曲げたに違いない! あとでぶっ殺す!!


 着席の号令が掛からないうちに、勝手にガタガタ腰掛ける音がしている。

 先生も全く意に介さずって態度だ。

 真面目にやっている静香がちょっと気の毒になる。

「むふぅ」と満足げな背後の気配、こいつ太平洋まで流してやりたい。


「お前ら動くなよ~……おし、全員居るな」


 喜屋武先生の出欠確認はいつもこう。

 空いてる席を確認するだけ。

 実際生徒の名前なんて、ほとんど覚えて無いに違いない。

 そして今週の連絡事項を簡潔に述べる。

 誰も質問もしないで静かに聴いているが、まあ、とっとと終わって欲しいだけだ。


「――あっと、もうすぐ実力テストだが……赤点取るんじゃねえぞ~……」


 ぎく! そう言いながら先生が目を向けたのは私だ、さっきの溜息はこれか。

 名指ししないのは気遣いなのか嫌味なのか……すいません、このクラスで赤点なのは私だけです。


 グ~……。


 不意に小さな音が鳴り、千鶴が反応した。

 真後ろの山崎も気づいたかもしれない。

 私の胃袋が空腹に悲鳴をあげていた。

 恥ずかしい。

 喜屋武先生もチラっと目を向けている。

 やはり気づかれたかな?


「おお、それと忘れるところだった。もうすぐ……なんつったっけ?

 まあ例の「災害」から25周年つー事で、避難訓練が有る。

 詳しい日時は発表しないんで、いつ非常ベル鳴るかわかんねーから気ィつけとけよ」


 伝え忘れていたことを告げ、先生は教室を後にした。

 避難訓練の日は簡単に特定できる、今の時期なら3年生が全員揃う今週末あたりだろう。

 時間は……私の苦手科目の時だといいな。


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