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第三章 チーフチルドレンの真実 ~2~

 ティンカーはララの後ろ姿を、僅かな距離を保ちながら追っていた。

〝北の棟〟は四階建ての図書館だ。

 だが、利用者の人口で話すと、一階と二階が過密なのに対して、三階と四階は過疎状態と表現される。

 一階には最新鋭のパソコンが並び、読書・勉強スペースが設けられ、二階の本棚は文庫本や小説新聞で充実している。

 そのため、現代っ子であり、まだ若者と呼べる学生たちに取っては、専門書オンリーの三、四階よりも魅力的に映るのだろう。

 結果、一、二階に人気が集中しているのだ。

 それでも、幼いとすら呼べる容姿をしたララの歩は、二階で止まらず一歩一歩、三階を目指していた。

 ――日曜日だってのに、勉強家なんスねえ――。

 自分の知る範囲では、ララは優等生だ。

 部屋にいる時は大抵、机と向き合っているし、こちらの疑問に対しても、生きている辞書のように即答してくれる。……もっとも、キャラ的にはボケを担当しているのだが。

 そんなララの知識の根源が、現在の行動に見えた。

 休日にも関わらず、専門書を読みふけようとするならば、比例関係で知識も増えるのは、当然だろう。

 らせん階段を上り行く彼女を目で追いながら、感心する。

 なんてことを思っていたら、彼女の足の付け根がチラリズムしそうで、ギクリとした。ここが学生たちの場であることを、失念していたからだ。

 ――これはある種の軽犯罪――!!

 らせん階段特有の現象。角度的に、見上げるのは〝ノゾキ〟に相当する。

 即、目を背け、視線を泳がせた。ぶっちゃけると隠蔽工作にあたる。

 生足を覗いてしまったのを、誤魔化すためだ。後々考えると、そっちの方が挙動不審に見えるんだけど。

 幸いなことに二階の利用者たちは、文庫の内容に溺れ、その先を求めてひたすらにページを進めていた。

 ティンカーは、自分の赤らんだ顔とかに着目している学生がいないことに、安堵の溜め息を吐く。

 二階で留まった自分を置き去りに、ララは上の階に行ったようだが、精神的に疲れたから、それ以上追うことはしなかった。


          ☆  ☆  ☆


 空が黒ずんでいる。

 今日もまた、目立った成果を得られずに、無駄な時間を過ごしたのかと、若干の後悔と深い疲れを持って、自室へと戻った。

 欠伸をしながらも、ルームメイトの着衣関連の問答だけは忘れない。体に染み付いたのだろう。

 了承を得て、それからもう一度確認してから、開扉する。

「今日も遅かったね?」

 扉を開けると、ララは小首を傾げながらそう言った。

 いつものポジションである、窓際のデスクに鎮座しながら、それでも半身はこちらに向けている。

 机の上にあるランプが点灯しているのは、やはり勉強をしていた証拠だ。

「ララはデスクワーク慣れてるんスね。本当にリスペクトするっスわあ……」

 心の底から敬服する。

 こちらは授業終了後の二、三時間で、首と肩が限界寸前なのに、彼女はそれを日課にしているのだから。

 結局、休日一日を浪費して、更に、昨日と今日の放課後も費やしたのだが、徒労に終わってしまった。

 ただ、酷い肩こりを患っただけだ。

 気絶するような格好で、ベッドにダイブすると、ララは不思議そうな面持ちを、こちらへと見せた。

「ここ三日ほど、疲れているね? どうしたの?」

 そのまま眠りに落ちてしまいそうな意識を、必死に保ちながら、うめき声を上げつつ答える。「ちょっと、調べ物してるんスよ」

「……土曜日のこと?」

「そうっス。でも、いくら調べても〝クルセイダー〟のことは分かんねえし、新しい疑問も出て来るし」

 深い嘆息をした。

「〝アントロポソフィー学園〟って、何をしようとしてるんスかねえ……?」

 答えの得られない疑問だ。


「〝チーフチルドレン〟を集めていることだけは、確かだね」


 しかし、傍らから答えが来た。

 したり顔すら見せないで、常識を話すような声色で、ララが答えたのだ。

「…………知ってんスか?」

 ララが首を縦に振った。


          ☆  ☆  ☆


 勢い良く起き上がって、尋ねる。

「な、何で知って……!?」

「うん。〝ワタシの眼〟で分かるから」

「いや! てか、それならそうと言ってくれたって……」

 引きつり笑顔になるこちらを、何故そんなに興奮しているの? と言わんばかりの目で、ララが見る。

〝チーフチルドレン〟。グレイテルが、自分やルドルフ。更に、ララも含めて呼称した、恐らく〝魔導師〟に纏わる名称だ。

 どう考えたって、キーワード。アントロポソフィー学園とも絡んでいるならば、少しは情報をくれたって良いじゃないか。

「聞かなかったよ?」

「察して欲しいんスよ!!」

 変なことは言ってない。常識的な見解だ。空気を読んで欲しい。それなのに、ララは頬をむっくりとさせる。

「ワタシは、〝テレパシー〟とか使えない」

「そう言うことでなくっ!!」

 こんな人だと分かっていたが、認識が甘かったかもしれない。

 両肩に重石が置かれたような疲弊感と、二日酔いになったような頭痛を覚えた。もう少しで胃潰瘍になりそうだ。

 ――ここ三日のオレ、本当に報われねぇっ――!!

 時間を返して下さい。と、裁判を起こしても良いだろう。

 まあ、一先ず、自分が持つ疑念に答えが与えられるだけ、マシとしよう。何度目かも分からない溜め息をカウントして、聞いた。

「で? この学園は、なんのために、その〝チーフチルドレン〟ってのを集めてるんスか?」

 だが、ララは、

「知らない方が良いよ」

 と、何時になく真剣そうに断定した。


          ☆  ☆  ☆


「知らない方が良い。知ったところで、状況が変わることはないの」

 それは自分なりの気遣いだった。

 自分も、この〝眼〟を手に入れ、そのことを知った時は、それはそれは狼狽したものだ。

 世の中には知らない方が良いことがある。……だから、ララは真実を話すことを、躊躇っていた。

「ワタシたち〝チーフチルドレン〟の宿命は、半端な行動で変えられものじゃない」

 ティンカーが息を呑む。

 彷徨うような目線だ。逡巡の意味を持つ、右往左往。

 やがて、決意したようにつばを飲む。その音だけが聞こえた。

「……でも、オレは知りたい」

 彼が続ける。

「自分がどうして襲われるのか。それが分からないで抗って行くことは、よっぽどツライんスよ!」

 ティンカーは追い詰められた顔をしていた。それでも、睨むような目が、強い。

「分かんないんスよ! 何で魔導書が読めるのか? 何が目的で、この学園に入学させられたのか? 過去に何があったのか? 自分は何者なのか? 知らないことが多過ぎる!」

 語気は荒く、自分の無知を恥じるような色味。

「……後悔するよ? 良いんだね?」

 ティンカーは迷うことなく、肯定の頷きを返した。

 ……でもね? ティンカー。

「〝チーフチルドレン〟は……」


「〝オリジナル〟の魔導師。魔導書著者の〝脳〟を持っているの」


 もっと悩むことになるんだよ?

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