第三章 チーフチルドレンの真実 ~1~
「ね? 危なかったでしょ?」
帰還して耳にした、ララの第一声がそれだ。
扉を閉めた後、定位置であるデスクのイスに腰掛けて、ベッド脇に座る自分へと、小さな吐息を添えて。
確かに危なかった。何しろ、大規模テロ〝ジ・ハード〟に纏わる都市伝説が真実で、空想上の人物であった筈の〝クルセイダー〟から、強襲を受けたのだから。
迫り来るプラズマの炎。融解する窓ガラス。逃げ惑う民衆。――思い出すだけでも、背筋に冷たいものが走る。
こうして、無事に〝二〇三号室〟に帰って来られたこと自体が、奇跡のようなものだ。
「つうか、アイツは一体何者なんスか?」
ガシガシと頭を掻きながら、ララに尋ねる。
常識の範疇では、理解出来ない男だった。
だって、そうだろう。生物学上、人間はプラズマを生成することは不可能だ。加えて、精神面においても、理解し難い。
公衆の面前。ユナイテッドキングダムの主要都市。そんな場所にて、プラズマ砲をいきなりぶちかます奴は、真面じゃないと言い切れる。国に喧嘩を売るような行為だ。
犯罪心理学を持ち出す必要もないくらいあからさまな、危険人物だった。
「ララは、あの男。――〝グレイテル〟だっけ? のこと、知ってるぽかったスけど」
ララは言っていた。――一年ぶりかな? と。
どこで出会ったか定かではないが、想像上では、ろくでもないシチュエーションしか思い描けなかった。
男は再会の挨拶代わりに、彼女を焼き殺そうとしたのだから。
「うん。二、三年生はみんな知ってるよ? 彼は一年ほど前に、この学園を襲撃してるから」
「……襲撃?」
物騒なフレーズだ。そんな言葉を、ララは平然と口にした。自分の架空イメージは、大当たりのようだ。
しかし、その事実を加味するとしたら、出掛ける前に彼女が言った、狙われる。との忠告も適切になるだろう。
ここは〝魔導師〟の学園だから。
「九月二四日の昼頃だったよ。いきなり現れて、プラズマ撒き散らして大暴れ。戦闘系の魔導書を持ってる学生たちで対抗してね? 幸い死傷者は出なかったけど、衝撃的ではあったね」
「な、何が目的で? そもそも、あの能力は何なんスか!?」
「目的はサッパリ分からないよ。……ただ、能力の正体は〝ワタシの眼〟が映している」
ララが間を挿んで、言った。
「彼は。……いや。多分〝クルセイダー〟を名乗るものたちは、みんな〝天使の体躯〟を持っているんだよ」
☆ ☆ ☆
「〝天使の体躯〟?」
ララが何故、そのことを知っているかは、一先ず置いておくとして、話の焦点は聞き慣れないキーワードについて、にしたい。
「ティンカーは、魔導書に綴られた術式が〝コンジュレーション魔術〟だってことは、知っているね?」
「ああ。〝霊体〟に指示を出す魔術のことっスよね?」
「うん。〝天使の体躯〟って言うのはね? 〝天使〟の肉体のことなんだよ」
……は?
思わず、口を開けていた。彼女から見たら、締まりのない間抜けな顔と評されるだろう。
文字にしたら当たり前のことを、ララは口にしていた。〝体躯〟を〝肉体〟に置き換えただけの、とてもシンプルで、説明されるまでもないような類似表現。
それでも、理解が追い着くまでには、異様に時間が掛かった。
天使の肉体。魔導書の説明を前置きにしたのなら、つまり、こう言うことか?
「つまり。〝天使の体躯〟ってのを持つ奴は、〝天使〟が起こす〝コンジュレーション魔術〟を操れるってことスか?」
開いた口の端が引きつっていた。
何せ、ララの言葉を冷静に分析すると、〝クルセイダー〟とは、天使の肉体の一部を保有していて、コンジュレーション魔術において高等な〝天使クラス〟の魔術を、儀式不要で使えると言うことになる。
信じられない。正確には、信じたくない話だ。――そんな危険な存在が、敵対しているなんてことは。
だが、ララは首を縦に振った。
「だとしたら、オレたちが狙われている理由は!? 魔導師だからっスか!?」
言わずもがな、グレイテルとティンカーに面識はない。
それでも自分が狙われたのは、〝アントロポソフィー学園〟の身だしなみをしていたから、ではないだろうか?
学園の方が襲撃されていたのだから、そうとしか考えられない。では、根源として如何な確執があるのだろうか?
「……それは、ハッキリとは言えないよ」
今度は横に振る。ララの言葉は歯切れの悪いものだった。
☆ ☆ ☆
アントロポソフィー学園の北側に、四角形の建物がある。レンガ造りの壁面に緑の蔦が絡んだ、独特の雰囲気を持った建物だ。
建物は、学園関係者から〝北の棟〟と呼称されている。
二階にも、三階にも、四階にも。唯一、一階を除いて例外なく、本棚が、入り組んだ迷路を作っている。
北の棟の役柄は、図書館であった。
二階の本棚は、文庫を抱え込み、三階と四階の本棚は、専門書で敷き詰められている。
ユナイテッドキングダム特有の文化が生んだ、〝小説新聞〟のバックナンバーはもちろん、料理本などの身近なものから、ギルガメッシュ叙事詩やマジックポーションなど、ディープでオカルトな書物もカバーしている。
流石は〝魔導書〟を扱う学園の図書館だ。
その〝北の棟〟一階に、ティンカーがいた。書物に事欠かない施設内で、それでも彼は、3D画面と睨めっこしている。
ズラリと並んだ、3D対応の最新型パソコンの数々は、デジタル方面も完備しているとの主張だろう。
彼がパソコンに頼っているのは、推測するに、本棚の迷路を彷徨うよりも、慣れない3D対応型パソコンで検索した方が、苦労はいらないと思ってのことだ。
ティンカーが首を鳴らして、欠伸した。
結局のところ、酷く疲れた様子で、彼が呟く。
「情報、出て来ないスねえ……」
☆ ☆ ☆
――このままじゃあ、休日潰れるなあ……。
折角の日曜日が台無しになろうとしている。
それでも、ティンカーは調べずにはいられなかった。昨日の出来事が、昨日の出来事だっただけに。
久しぶりの息抜きを楽しもうとしていたところに、横槍。いや、トマホーク入れられたのだから、危機感を覚えずにはいられない。
無知は罪だと常々言うが、身を以てその意味を痛感したのだ。更に、彼の男はアイルビーバック宣言をしている。
何れ、また現れるらしい〝天使の体躯〟保有者。〝天使クラス〟の魔術の脅威。
その情報が少しでも欲しい。
一年前の経験者である、ララですら知らないことだから、こうしてネットの力を頼っている訳だ。
と言うことで、休日を返上して、検索作業を繰り返しているのだが、
――ろくな情報出やしないんスよねえ――。
成果は得られていない。
〝チーフチルドレン〟とか、〝ジ・ハード〟とか、〝クルセイダー〟とか打ち込んで、画面に現れたのは、「ジ・ハードなう」や「クルセイダーgkbr」などの、アジア由来のネット用語が組み込まれた、〝つぶやき〟くらいだった。
うん。それは分かってるんだ。当事者だからね。
……そういやあ、この学園にも現れたんだっけ――?
ふと思い出して、今度は〝アントロポソフィー学園 クルセイダー〟と、たどたどしく人差し指で、キーボードをタイプする。
だが、
「ダメだ。アントロポソフィー学園の〝A〟の字すら出て来ねえ……」
との検索結果で、いい加減、頭の中まで肩こりになってしまいそうだ。
イスの背もたれに寄り掛かって、ストレッチする。パキパキと骨の鳴る音が聞こえる辺り、相当な疲労が溜まっているんだろう。
「…………ん?」
ガバっと上体を戻して、再び目の前に浮いている画面を見詰める。
右の人差し指で上へ下へと、何回かスクロールさせながら、明らかにおかしなことに気が付いた。
「何で出て来ないんだ?」
画面には、〝アントロポソフィー学園〟の文字がない。出ていないんだ。一件も。
☆ ☆ ☆
「……おかしくないスか?」
憮然とした気分で、言を落とす。
ここアントロポソフィー学園は、魔導書の〝翻訳〟を行う学園だ。
その目的のために、〝契約〟やら推薦人すらも利用して、ティンカーはほぼ無理矢理に入学することになった。……だと言うのに、
「推薦入学までしてるのに、どうしてネット上に出てないんだ?」
数と確率の簡単な話だ。
魔導書の解読には〝読む〟才能が必要だと、そう聞いた。……となると、推薦入学は利口な手段なのだろう。
しかしながら、入試でも行えば、その才能は見出せないか? ただ、読ませれば良いだけだろう?
寧ろ、そうした方が可能性は高まる筈だ。数を集めれば、その中には才あるものがいて然り。確率が上がる。
だってのに、今時の世の中に逆らうように、ネット上での募集すらしていない。逆に、情報規制をしているとさえ感じる。
――そもそも、〝読む〟才能って何だ――?
魔導書はその著者にしか読み解けない。
それを読めると言うならば、ティンカー・コードウェルは、〝ソロモン王の遺言〟の著者である。とした、等式な証明が成り立つ。
だが、当然ながら自分は、下層の都市住民〝コードウェル家〟の人間であって、ご先祖様が〝魔導師〟だったと言う話すらも聞いていない。
ブックホルダーに収まった魔導書に触れながら、思う。
……ってことは、オレはコイツの著者と同じ感性を持ってる、とか?
分からない。サッカーのフォワードを目指していた男が、魔導書なんて高尚そうな書物を綴った人間と、同じ何かを持っている。そう言うのか?
再びイスにもたれ掛かって、顎に指を添えて、思考を巡らす。
頭を捻って、低めのうなり声を発していたところ、視界の端で、見慣れた黄色い癖毛が揺れた。
「……ララ?」
先輩ルームメイトが、〝北の棟〟の中央部分。らせん階段に向け、歩いていた。




