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第二章 リージェント・ストリートの大天使 ~4~

 マズイ。マズイ、マズイ!

 ティンカーは、心の中で連呼していた。

 ただただ復唱しながら、同時に〝指輪〟作成後、ウェイト先生が教えてくれたことを回想し、反芻する。

「キミの〝ソロモン王の遺言〟は〝封印〟を司る魔導書だよぉ。発動条件は、対象の〝名前〟と〝能力〟の把握。及び、適切な〝呪文〟の詠唱ねぇ?」

 それが所謂〝儀式〟らしい。そして……、

「その三つの条件を満たすべく、〝簡易儀式〟が存在するの。〝詠唱〟による魔術の無効化がねぇ。ただし、三回限定なんだけど」

 要約すると、三回のチャンスで〝名前〟と〝能力〟と〝呪文〟を探り出せ。と言いたいのだろう。

 では、現状がどうか? 〝条件〟の把握数は皆無だ。

 ヤバイ! ヤバイ!! ヤバイっ!!

 こんなことなら、授業を真面目に受けときゃ良かった。後悔とは、こんな状況を指して呼ぶのだろう。

「お前の魔導書の効力は、魔術の無効化か。なるほど、中々張り合いがある」

 またしても、男の右腕が燃え上がる。――能力のストックは、残り一。


「だから、危ないって言ったでしょ?」


 透き通った声が、過疎状態のリージェント・ストリートに静かに響く。その声は最近になって身近となった、ルームメイトの声色だ。

 ララが、男の先にいた。


          ☆  ☆  ☆


 ストリートには、四つの人影がある。

 薄緑の髪と白い衣服が際立つ、大柄の男を戦場の中心として、彼の背後。西側に二人の青年。そして、彼の正面。東側には黄色い癖毛の少女がいた。

「一年ぶりかな? 〝グレイテル〟」

 彼女、ララは再会の意味合いを含んだ言葉を、大柄の男、グレイテルとやらに投げ掛ける。「ララ・バッテンバーグか。斯様なところで何用だ?」

「うん。後輩に対する責務だよ」

 後輩? と繰り返すグレイテルに、頷きを送ることで肯定の意味として、ララが彼の背後を人差し指で指す。

「そこにいる灰色頭の青年ティンカーは、ワタシのルームメイトでもあって……」

 その指を僅かに右にズラして、

「その、メガネを掛けた青年は、彼の友達」

 それから、指していた左手を腰元へとおろし、バチンと音を鳴らして〝魔導書〟を脱着する。表紙を捲りつつ、視線は真っ直ぐにグレイテルへと向けていた。

「何れにしても、ワタシは二人の先輩。後輩を護るのは、責務と言えるでしょう?」

 対峙する青年は、ク、と喉を鳴らして、

「なるほど。理に適っている」

 白の業火を射出した。

 ララがステップを踏む。方向は左。グレイテルから見て、右側だ。

 砲撃をスライドで回避しながら、

「〝教理篇〟を行使します」

 彼女は唱える。

『星の光よ我に答えよ』

 対応となる変化は、文字の羅列だった。ララの所持する魔導書から、微かな明かりを持った文章が、浮かび上がったのだ。

 現代風に表現するならば、その様はホログラムのように見える。

「〝大天使の右腕〟。正体は〝大天使ミカエル〟。大気成分の強制電離〝プラズマ〟の生成能力。即ち、大火力」

 無感情なままに彼女は解説していた。棒読みの響きだ。どうやら、現れた文章を朗読しているようである。

 ララの保持する〝高等魔術の教理と祭儀〟は、魔術の分析を能力としているようだ。

 彼女が、文字列から目を浮かせ、地を踏む。急遽の停止行動を取ったララの目前に、爆炎が打ち込まれた。

 爆裂音とともに石畳がバラバラに吹き飛び、砂塵が舞う。

 不機嫌そうにララが唇を尖らせた。

「……ルドルフ? ちょっと協力してくれるかな?」


          ☆  ☆  ☆


 ルドルフが覚えたのは、二つの疑問だ。

 一つは、何故彼女が、初対面の自分の名前を知っているのか? と言う、些細な謎。

 ティンカーから聞いたのだろうと、その疑問は置いとくとして、重要な疑問はもう一つの方だ。

 ――ボクも、何かするのっ――!?

 颯爽と現れて、ビッグマウスを叩くくらいだから、ジャンヌダルクのように救いを与えてくれると、勝手に期待していたから、自然と不満がこみ上げる。

「えっ? ララ、先輩? 何言って?」

「うん。ちょっと急ぎ足で、そこまで行ってくれる?」

 先輩が右の人差し指で示したのは、つい先程まで彼女が立っていた地点。登場時にいた場所だ。

 ――無茶言わないでよぉっ――!!

 思わず、リアルに絶叫しそうになる。心内で留めた自分を、誰か褒めて欲しいと思うほどだ。

 ララ先輩が言う、その場所に辿り着くには、大きな難関が存在する。

 言わなくても分かるだろうが、位置関係的にグレイテルと呼ばれる危険人物が、狭間に突っ立っている訳だ。

 つまり、彼の火砲から逃れながら、対岸を目指す必要があると言うこと。

 喘息持ちであり、その所為で運動音痴な自分の全力疾走で、迂回しながら向かうには絶望的としか表現出来ない。

「お願い。ワタシとティンカーの魔導書は、攻撃に向かないの。自然魔術を操れるキミだけが、頼みの綱なんだよ」

 彼女の言葉から、今度は一つの真実を知る。

 それは、男に抗う〝力〟を持っているのは自分だけと言うことだ。

 先輩の台詞はもちろんだが、発声からもその示唆を感じる。彼女の言葉が途切れ途切れで、合間に荒い呼気が交じっているからだ。

 二つの要素は、彼女の存在を以てしても、現状が極地であると告げていた。

「……う、あ、ああああぁぁぁ――――っ!!」

 覚悟を決めて。いや、決まっていない心を奮い立たせるように叫んで、出来得る限りの全力で石畳を蹴り、自分の体を跳ね飛ばす。

 弧を描く軌道を、ややもすれば転けそうな、前傾姿勢で行く。

 そんな自分の全力を嘲笑うかのように、笑みの顔付きで、男がこちらを睨んだ。

「クっ!! その程度の走力で逃れられると思ったか!?」

 男の右手が狙いを絞った。だが、もう止まることも敵わない。疲労で倒れ込みそうになりながら、喘息の発作が起きそうになりながら。それでも、走り続ける。

 炎が吠えた。右側面から来る。ルドルフは、悔いた。

 ……ああ、何でボクはこんなにも弱いんだよっ――!!

 悔いに悔いた。……だから、

『ソロモンの名において、汝、ひざを屈するが良い!!』

 詠唱しながら右脇に現れたティンカーが、守護神のようにすら映った。


          ☆  ☆  ☆


 ――これで、打ち止めかっ――!!

〝ソロモン王の遺言〟の簡易儀式。発動可能ストックの、最後の一回を用いて、プラズマの砲撃を掻き消す。

 今、自分に出来る最良はここまでだ。ルドルフの背中を追走して、彼を狙った攻撃から護る。ただ、それだけだ。

 だが、ティンカーは内心でガッツポーズを取った。自分に出来る最良を果たし終えたからだ。後は、ララの策とルドルフの魔導書に、全てを託そう。

 ルドルフが辿り着いた。

 息は切れ、足が震えている。それでも、自分のサポートによって、火傷一つない体でその地点に立った。

「唱えてルドルフ! そこはこの戦場においての東側。風の加護を受けるその場所なら、〝大天使ラファエル〟を召喚出来る!」

 ララの台詞に、グレイテルが鼻で笑う。

「フっ! 何をするかと思えば……。方角を決定しただけで、〝天使クラス〟を召喚出来れば、苦労はせんっ!!」

「方角だけじゃないよ?」

 しかし、ララは狼狽一つ見せずに、言い返した。

「今日は土曜日。時刻は大体一時。風属性の水星が支配する時間帯。総合的に見れば、儀式だって行える」

 ルドルフが魔導書を開く。

『弱きの癒やしよ、神の力よ、汝の名はラファエルなり、其の刃以て悪しきを滅せ!!』

 彼の呼び掛けから生じたのは、黄色の人影だった。悠然たる威厳と、大きな翼を持った、天使の姿だ。

 大天使が現れた直後、大気が震えた。それは、波紋のように広がり、水面に浸るのに似た感触を与えた。……だけだ。

 ――ふ、不発!?

 絶望すら漂う戦場で、グレイテルが右手をルドルフへと、構えた。


          ☆  ☆  ☆


 何も起きなかった。

 ルドルフが召喚した大天使の話ではない。グレイテルの右手である。彼の右手からは、何も生まれなかったのだ。

 と言うことは、〝ラファエル〟は何かを起こしたのだろう。

「……大気の支配。か」

 手相を見るかの如く、グレイテルが掌を眺めていた。

 グレイテルの能力は、大気のプラズマ化である。要するに、大気中を飛び交う原子を無理矢理に電離させているのだ。

 それが発現しない。

「この戦場の大気を御すれば、我とて炎は生めん」

 例えば、沸騰直前の水があったとしよう。その状態は水分子が激しく振動していることに等しい。その水を固体にするには、相当な苦労がいるだろう。

 戦場に起きた変化は、その状態に類似している。プラズマ化を妨げる状態を、風の大天使が保っていると言うことだ。

「だが、我は未だに、手の内全てを明かしてはいないぞ?」

 ラファエルが支配する空間に、再び緊張の空気が満ちる。三人の学生は、一様に魔導書を構えていた。

 男が愉快そうに口角を弓なりとする。

「しかし、三対一では多少なりリスクも生じる。お遊びはここまでとするか」

 笑みの吐息を小さく零して、彼は踵を返した。

「命拾いをしたな? 〝チーフチルドレン〟。それでも、慢心はしないことだ。次に我が現れる時は、〝真のクルセイダー〟とともにある」

 そして、グレイテルは去って行く。

「その時は、一人と残らず駆逐してやろう」

 彼は振り返りもせず、急ぎすら見せずに、平然とした速度で歩を進める。

 その後ろ姿は、王者のように見えた。

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