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第四章 石畳上のゴッドチャイルド ~2~

「大丈夫? ティンカー」

「え? 何が?」

 本日、儀式実践の授業は〝北の棟〟付近で行われる。

 移動の道すがら。ルドルフは、ここ三日ほどの疑問を、ティンカーにぶつけてみた。

 そうと言うのも、最近のティンカーはどこかおかしい。前々から授業に馴染んでいない感じはしていたのだが、現在の彼の様子はちょっと違って見える。

 何と表現したら良いだろう? やる気がないような、スイッチがずっとオフになっているような、何かを諦めているような、そんな感じだ。

 ちょうど、〝五月病〟と言う日本語があるらしいけど、こんなのを指すんだろうか?

「いや、最近元気がないように見えて……。どうかしたの?」

「ああ、ちょっと先行き不安で……」

 友人の苦笑は、見るからに作り笑顔で、深刻さがヒシヒシと伝わって来る。

 確かに近頃、緊急事態な出来事はあった。テロリスト〝クルセイダー〟との遭遇だ。

 衆人環視の真っ只中。自国を代表する大通りにて襲われたのだから、トラウマになっても仕方がない。

 リージェント・ストリートですら安心出来ないなら、国内に安全な場所はないことになる。不安以外の何ものでもない。

「〝ジ・ハード〟のこと? 確かに怖いよね。でも、三人掛かりでどうにかなったし、この学園には総勢一六名の魔導師がいる。ボクらも勉強を続ければ戦力になるよ」

 戦力で見たら、有利なのはこちら側だろうし、伸びしろだってある。だから、ケセラセラで大丈夫。

 そう、励ましたつもりなのだが、どうにもティンカーの顔付きが、より険しくなった気がした。

 ――あれ? 失言したかな――?

 分からない。自分たちがもっと〝魔導師〟らしくなれば、困難にも立ち向かえる筈なのだが……。

「さて。では、儀式実践を始めるとしましょう」

 ティンカーに再び声を掛けようとしたところ、ストロング先生の声が差し込まれた。

〝北の棟〟エントランス手前。儀式を行うべき場所に着いたのだ。


          ☆  ☆  ☆


「先程、授業で話したように、魔術と惑星には密接な関係があります」

 北の棟の玄関口。

 一年生たちを前にして、ストロングが授業を始めていた。

「〝自然魔術〟に限らず、惑星が支配する時間・日付には、適した魔術が存在するのです」

 惑星が支配する時間・日付。例を挙げると、曜日がそうである。

 魔術とは、大凡自然界の霊体によるところが大きい。特に、〝コンジュレーション魔術〟となれば、尚更だ。

 そして霊体たちには、各々に最高の力を発揮する、相応しい時間帯が存在する。それが曜日と時刻なのだ。

「例えば、〝月〟が支配する月曜日には、愛と和解の魔術。〝火星〟が支配する火曜日には、戦いに関連する魔術が相応しい。――この授業では、分かりやすく〝自然魔術〟の儀式を実践しましょう」

 知っての通り。と、彼は続ける。

「先日、反社会的組織の一人が、ドルトンくんとコードウェルくんに接触しました。これは由々しき事態です。キミたちには、自分で自分を護れる力を付けて欲しい」

 どうやら、教師ストロングの本懐はそこのようだ。

 ある種、仕方ないことだと思う。本来なら、教師である彼は、自力で教え子たちを護りたいだろう。

 だが、彼は魔導書を読むことは出来ない。彼は一般人なのだ。

 だから、自分の知識を与えること。つまり、儀式の手法を伝えることで、魔導師としての戦い方を教えたいのだ。

「そこで、既に儀式を経験したドルトンくんに、お手本を見せて貰いましょう。宜しいでしょうか?」

「はい!」

 ルドルフを指名したストロングは、腕時計に目を遣った。時計の針が示す時間帯は一一時である。

「本日、金曜日の現時刻は、〝土星〟が支配する〝地〟属性の時間帯。そして、ここは〝アントロポソフィー学園〟と言うフィールドで見ると、〝北〟にあたる」

 ルドルフが〝オカルト哲学〟のページを捲った。

 以前、召喚を行った彼ならば、方角と時刻の組み合わせで、儀式を執行出来ることは承知済みだろう。

「方角と時間帯が〝地〟に属する現状なら、〝詠唱〟によって、〝天使クラス〟の霊体を呼ぶことが出来ます」

 適切なページに辿り着いたルドルフが、綴られたスペルを言葉でなぞる。

『神の炎よ、魂の守護者よ、汝の名はウリエルなり、其の剣掲げ光を護れ』

 ストロングの言葉を証明するかの如く、深緑のゆらぎが姿を作った。

 大いなる両翼と、一振りの剣を持った大天使。〝ウリエル〟だ。

「さて。このように、フィールドの条件を満たすことは、儀式の厳密さを高めることです。これは、より上位の……」

 異変が起こったのは、思い掛けないタイミングだった。

 召喚された大天使が、その手に握る両刃の剣を、逆手に持ち替えたのだ。

「ウリエル?」

 疑問形を浮かべた術士、ルドルフを歯牙にも掛けずに、緑の巨影が刃を地に突き立てる。――主を無視して。

 刹那。大地が大きく震撼した。


          ☆  ☆  ☆


 アントロポソフィー学園の本校舎二階。

〝基礎教育〟のクラスにいるララは、その震えを感じていた。

 窓の外にある光景は、自分にも目視可能だ。〝北の棟〟近くにて、レンガが暴風雨のように飛び回っている。

 そしてまた、何が原因かもハッキリと分かっていた。

――大天使、ウリエル?

 そう。緑色の大天使がもたらしているとしか、考えられない。

「霊体の暴走か!?」

 教室内に、クラスメイトのざわめきが旋回する。

 自分も同意見だ。

 地属性の〝上位霊体〟。ウリエルの能力は〝重力操作〟。先の揺れは重力のたわみで、現状は重力のベクトルを変換し、レンガを振り回しているのだろう。

「マズくないか? 天使クラスの暴走なんて、シャレになんないだろ?」

「それこそ、実戦経験のない一年生じゃ、太刀打ち出来ないよね?」

「私、援護に行って来ます!」

 席を立ったのは、〝簠簋内伝金烏玉兎集ほきないでんきんうぎょくとしゅう〟の保有者〝ヨウコ〟だ。

〝東洋式魔術〟の使い手。戦闘系魔導師の彼女に任せておけば、問題はないだろう。

 ……でも、

「ワタシも行く」

 と志願した。

「ワタシの魔導書の〝祭儀篇〟は〝儀式介入〟だから、こう言う時は役に立つよ」

 ウリエルの暴走が、儀式の失敗によるものだと仮定したら、その儀式そのものに介入して効力を変更する、〝祭儀篇〟が適切だと思う。

 ヨウコは優れた魔導師だが、万一がある。戦力が多いに越したことはない。

「分かりました! 行きましょう、ララ!」

 納得した顔付きで、ヨウコが頷いた。


          ☆  ☆  ☆


 ――何故……?

 ストロングには、その光景が信じられなかった。

 目の前で舞い踊る、石畳の欠片。

 いや、吹き荒ぶと表現した方が適切か。その風景は、嵐とも見間違う激しさを、持っているから。

 ストロングには、その光景の正体が分かっていた。

 これは、ルドルフが召喚した、大天使〝ウリエル〟の能力の一つ。

〝四大天使〟とも呼ばれる、上位霊体。地属性を司る大天使の力は、〝重力〟だ。

 彼の天使は、石畳に掛かっている〝重力〟の向きを制御して、宛ら、惑星が衛星を振り回すかの如く、回転させているのだろう。

 それでも、ストロングはにわかには信じ切れなかった。

 先の感想が何を意味するか?

 ――何故、反抗などを起こしている――!?

 それは、言葉にするとそうなる。

 方角、時刻、詠唱。全ての要素に間違いはない。だからこそ、〝ウリエル〟はルドルフの呼び掛けに応じて、この世界に現れたのだ。

 儀式は成立している。では、何故、大天使は暴れていると言うのか?

 不十分な儀式ならば、そもそも〝天使クラス〟は召喚出来ない。おいそれと、邂逅してくれるようなことはない。

 これは矛盾だ。

 ややもすれば、疑うべき要素が見えて来る。

「まさか……、何者かの介入が……!?」

 ルドルフの儀式が成功しているならば、第三者からの悪意ある行動が、儀式を妨害した。そんな結論。


「そうであるよ。講師くん」


 結論を肯定する者がいた。

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