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第四章 石畳上のゴッドチャイルド ~1~

 耳を疑うとは、このようなことなのか。

 ティンカーは、こんな事態にも関わらず、妙な納得を覚えた。

「……は?」

「聞こえなかったの?」

 聞こえている。聴覚は至極平常だ。だが、意味が分からない。いや、もしかしたら聞き間違いじゃないか? うん。そうに違いない。

 乾いた笑い声と一緒に、確認を取る。

「い、いや。オレたちが、魔導書著者と同じ〝脳〟を持ってるとか、げ、幻聴が、聞こえたようで……」

 んな訳ないっスよねえ? と、笑い飛ばそうと思っていたのだが、

「うん。そう言った」

 容赦のない、首肯が来る。

「え……っと? ララは、どこからそんな情報を?」

 示す人差し指が、震えていた。

 質問を送ったのは、多分、どこか綻びが出ないかな? と言う、淡い期待ではないだろうかと、そう思う。――断定は出来ない。そんな余裕はなかった。

「ワタシの両眼は、〝ジ・ハード〟に捲き込まれて損傷した後、移植されたものなの。〝イノセントアイ〟って言って、超能力者の眼球みたいでね? この眼が映す、対象物の〝本質〟と〝真名〟が、ワタシには見えるんだよ」

 ルドルフの名前を呼んだこととか、グレイテルが〝天使の体躯〟を持ってると分かっていたのは、彼女の両眼が為せる業のようだ。

 そんな種明かし、今はどうでも良い。と思いながらも、〝イノセントアイ〟とやらに、そのような効果が内包されていて、効果が本物なら話は違う。

 回想してみると、実際に伏線のような出来事が多々起きていて、ことごとく〝イノセントアイ〟の能力を実証させていた。

 それは、ララの眼には〝本質〟が見えていると言うことで、彼女の話す全てのことに、疑いの余地は許されない。そんなことに繋がってしまう。

「だから、〝チーフチルドレン〟の本質も見えているの。チーフチルドレンは、〝魔導師〟の〝脳〟を持っている。要するに……」


「〝オリジナル〟の脳を〝移植〟された、〝第二世代〟の〝魔導師〟。それが、ワタシたちの正体」


          ☆  ☆  ☆


「ワタシは、〝エリファス・レヴィ〟の脳を移植されたチーフチルドレン。羞恥心があまりないのは、男性脳だからかもね」

 ララの言葉が陽炎のように揺らいでいる。

 上の空で聞いていた。酷く現実味がしない。うそぶいていると判断したのか、それとも逃避と言う名の対処なのか。

「ティンカーが、最初の魔導書。〝ソロモン王の鍵〟を読めなかったのは、脳の違いかもしれない。聞くところによると、〝ソロモン王の遺言〟と〝ソロモン王の鍵〟の著者は別だそうで、〝ソロモン王〟が綴ったとされるのは、遺言の方なの。だから、その噂が本当だったんだよ」


「ティンカーは、ソロモン王の〝第二世代〟だし、彼の著書〝ソロモン王の遺言〟の方を読めたんだね」


 心臓が高鳴る。

 ララの発する声が、急に鮮明さを帯びた。逃げていたこちらの思考に、制裁を与えるかの如く、断定形でやって来る。

「な……、バカな。〝魔導書〟が綴られたのは、大昔なんスよね? んな時代の脳みそを、現代まで保存出来る訳……」

 必死になって、否定材料を探す自分がいた。

 仄かに、同情を含んだ目付きで、ララが見ている。――その双眸に〝オレ〟の〝真名〟は、どんなスペルで映っている?

「冗談じゃ、……ないんス、ね?」

 彼女の目付きが本気だったから。その眼差しのままに頷くから。もはや、逃げられないと悟った。

 逃げ道を絶たれ、改めて考えると、辻褄が合う。

 ――何故、オレは〝魔導書〟を読めるのだろう――?

 それは、オレが〝著者〟と同じ脳みそを持っているから。

 ――アントロポソフィー学園の目的は――?

〝第二世代〟の魔導師を集め、魔導書を翻訳すること。

 ――オレの過去に何があったのか――?

〝ティンカー・コードウェル〟は死亡して、その入れ物に新しい〝脳〟が移植された。それが、〝今のオレ〟。蘇ったのとは訳が違う。

 ただ一つ。どうしても分からないことがあった。

「だったら……。オレは〝誰〟なんスか?」

 オレと言う人間は、何者だ?

〝ティンカー・コードウェル〟と名付けられた〝死体〟に、ソロモン王の〝脳〟を移植された人間。

 宛ら、継ぎ接ぎされた人造人間。フランケンシュタインのような、〝このオレ〟は何者なんだ?

「……ティンカーは、ティンカーだよ? それは、ワタシが保証する」

 何もかもが揺れ動いている。意識も存在もない交ぜに。頭の中も心の中も、ぐちゃぐちゃだ。

 こちらの両の虹彩を、ララが断固とした視線で見据えている。

 暫しの沈黙が部屋に満ちた。


          ☆  ☆  ☆


「……くん? コー……ルくん?」

 外を見ていた。

 別に意図がある行動ではない。景色に見取れていることはなく、放課後は何をしようかな?とか、建設的な行動計画を練っていることもない。

 指先でシャープペンシルを弄ぶような、手持ち無沙汰なものだ。

「ティンカー?」

「……え?」

「え? じゃないよ。先生呼んでる」

 頬杖を突いたまま、何気なく。実質的に何の気もなしに、窓の方を向いていた自分に、ルドルフが言った。

「あ、えっと、なんスか? 先生」

「なんスか? ……ではなくてね? コードウェルくん。ワタクシは、〝四大元素〟に対応する〝惑星〟を列挙して欲しいのですが」

 慌てること一つなく、漫然とした動きで立ち上がる。

 怒っているよりも、困惑していると言った様相で、〝アイザック・ストロング〟先生が頬を掻いていた。

 どうやら完全なまでに、先生の呼び掛けを無視していたらしい。

 現在の時間割は〝儀式実践〟の一つ前で、〝魔術基礎〟の授業中だ。次の授業の準備段階として、儀式の基礎をおさらいしているのだろう。

「えっと、すみません。分かんないス」

 こんな返答は、叱咤されて当然なのだが、それでも灰色オールバックの〝自然魔術〟の講師。ストロング先生は、

「どうかしたのかな? コードウェルくん? 少し気が抜けていたようですが。テレサさんの朝食を詰め込み過ぎたのかな?」

 と言って、みんなの笑いを誘った。

 クラスメイトたちの笑い声が伝播する中、それでも苦笑すら出来ず、席に座る。

「それでは、ワタクシが話すとしましょう」

 ストロング先生が、メガネの位置を修正しながら、キーボードをタイプした。呼応するように、3D映像の形で七つの惑星が宙に浮かぶ。

「まず、火属性の惑星なのですが……」

 既に、聞く姿勢が崩れていた。右耳から入った情報が、左の耳へと抜けて行く。そんな自分の思考を支配していたのは、三日前にララが告げた真実。

 ――みんな〝チーフチルドレン〟なんスよね――。

 ストロング先生を除いて、このクラスには〝脳移植〟を受けた人間しか、いない。

 ゲーテルも、その左隣にいる悪女ノアも、横にいるルドルフも、もちろん自分も。

 みんなみんなみんなみんな。ちぐはぐなんだ。

 知った後でも、ララの態度は変わっていない。気を遣う様子一つ見せずに、何時も通りの対応を取っている。

 でも、

 ――オレは、今まで通りなんて出来ねえよ……。

 誰を恨むか。文句を言うか。そんな気にもならないくらい大きな、運命の悪戯。

 この気持ちすらも本物なのか分からない。――〝オレ〟は、グレイテルの言ったように〝紛い物〟なんだから。

 その中で〝オレ〟を定義付けしてくれるものは、何もない。

 ララが保証してくれると言ったが、それでも、自分が何か分からない。〝ティンカー・コードウェル〟なのか、〝ソロモン王〟なのか。あるいは……?

 うつらうつらとした目付きで、重苦しい吐息を落とした。

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