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序章 コードウェル家の青年

「キミは、〝コードウェル家〟の人間であって、そうではない。特別な存在だからだよ」

〝ティンカー・コードウェル〟は言葉を失った。

 突然の来訪者が、ここ〝コードウェル家〟に現れたのは、時間にして一五分前。

 この国〝ユナイテッドキングダム〟の伝統文化とも言える〝アフタヌーン・ティー〟の時間帯だった。弟と妹たちは外出中。そこを狙い澄ましたようなタイミングだ。

 開口一番。礼儀知らずどもは、

「キミを〝アントロポソフィー学園〟に推薦したい」

 と偉そうに告げた。

 社会的にも生活的にも〝下層〟な、コードウェル家の人間にしては上品に、当たり障りのないよう断ったのだが、どうしてか彼らは食い下がる。

 とは言え、一介の下層民なりに、サッカー選手の夢を持っていた自分は、大学入学準備期間。通称〝シックスス・フォーム〟にて猛勉強の後、名門〝シルフィード大学〟に入学。そんな未来設計をしていた故、折れる訳にはいかなった。

 もうお互いに、敬語を失念してしまう回数、堂々巡りした末に、ついに飛び出したのが、その台詞だ。

「ちょっ……! どう言う意味っスか!?」

 多分。いや、推薦したいなどと、上から目線に権力的なのだから確実に。彼らは、上流階級〝ジェントリ〟だろう。

 だとしたら、横暴過ぎやしないか? どこがどう〝英国紳士〟なんだ?

「いや。すまない、少し熱くなり過ぎた。だがそれでも、キミが特別な存在であることに、違いはない」

「何言って……!!」

 言葉を遮ったのは、父の手だった。

 隣に座る父が、宛ら、静かにしてくれ。そう言うように、自分の肩に手を置いている。

「……父さん?」

 そこで気が付いたのだ。

 自分の息子に、先述の失礼千万な言葉を投げ掛けるような礼儀知らずを、未だに追い出さない。来訪時の、詐欺紛いにすら聞こえる推薦に、反対もしない。

 ――もしかして、初めから知っていたのか――?

「ご両親は了承して頂けますね? もっとも、そのような〝契約〟だったのですから、当然ですよね?」


          ☆  ☆  ☆


 コードウェル家のリビングダイニングは、静寂に包まれていた。

 家族共有である液晶テレビの画面も、今は真っ黒だ。別に壊れてはいない。確かに3D対応が普通な近年にしては、中古も良いところの安物だが。

「落ち着いて聞いてくれ。ティンカー」

 一家の大黒柱は、先程の客人が言うには息子ではない、我が息子に対してそう前置きした。

 ティンカーと呼ばれた青年は、平凡な容姿だ。

 跳ねっけのあるミドルの灰髪。つり気味の両目は緑色。

 束ねられた長めの後ろ髪が、特徴となりそうだが、別段モデル体型でないし、美形なこともない。

 とてもじゃないが、〝特別な存在〟には見えない青年は、神妙な面持ちで、父親だと信じる男を凝視していた。

「……お前は、一度完全に死んでいる」

 青年は、ただ息を呑んだ。呆然とした目をして。

「……オレは……、オレは生きてるじゃないか! 訳分からないこと言うなよ!! 父さん!!」

 ティンカーが、机を叩き鳴らした。

 カップに注がれたミルクティーに、波紋が生じる。市販のティーパックで煎れて、低脂肪乳を用いた、安い安いミルクティーに。

「そうだ。生きている。生後間もなく亡くなったお前は、それでも施術によって、戻って来たんだよ」

 ティンカーが生を享けたのは、西暦二〇二二年。

〝英国〟こと〝ユナイテッドキングダム〟は先進国だ。一時期、他国の工業化によって、優位性を失ったものの、近年〝遺伝子工学〟の分野で頭角を現している。

「死んだオレが、……蘇った?」

 道徳的な話ではないが、人間は神様にはなれない。当然だが、天に座する主の御前から、戻って来られる人間はいない。

 いくら生物学を突出させても無理だ。たとえ、医療に優れたユナイテッドキングダムの技術水準でも、人が人である限り、無理なのだ。――それでも、ティンカー・コードウェルはここにいる。

「その施術の対価が〝契約〟だ。お前が一六才。つまり、〝シックスス・フォーム〟に進学出来る歳になったら、指定した学園に入学させると言う〝契約〟だ」

 そこまで話して、ティンカーの父親は額を覆った。苦悶そうな顔色が窺える。

「私は、言わなかった。言えなかったんだ、ティンカー」

 彼の意見は、至極全うではないだろうか?

「お前は一度死んだ人間だ」

 とか、

「だから、代価として夢を見るな。お前の未来は決まってる」

 などのカミングアウトは、情操教育上宜しくない。良心を持つ親ならば、決して口に出来ないだろう。

 父の苦しげな姿を見て、ティンカーもまた、何も言えないようだった。

「だが、これだけは言えるティンカー。お前は、間違いなくコードウェルの人間だ。誰が何と言おうと……」


「お前は、私たちの自慢の息子だ」


          ☆  ☆  ☆


 その夜。ティンカーは二階にある自室にて、荷造りを始めていた。〝アントロポソフィー学園〟とやらへの、引っ越しの準備だ。

「結局、あんたみたいな選手には、なれないんスね……」

 目前には、とあるフォワード選手のポスターがある。ボール扱いが秀逸なスコアラー。自分の目標だった、プロのサッカー選手だ。

 いずれは、彼のように得点を量産して家族を助けたいと、そう夢見て来た。

 ――その夢も、見納めか……。

 深く深く、溜め息を吐いた。

 隣とその隣の部屋では、三人の妹と一人の弟が、安らかに寝息を立てているだろう。庶民派な我が家においては、食わせて行くだけでも骨の折れる人数だったと思う。

 それでも、父と母は自分を育ててくれたんだ。夢を見させてくれたんだ。一度だって反対しなかったんだ。感謝しなければならない。

 もう一度、今度は苦笑交じりに息を落とす。

「夢は叶わなかったけど、目的は、果たせる」

 聞くところによると、〝アントロポソフィー学園〟に入学した者には、自動的に〝ジェントリ〟の資格が与えられるそうだ。

〝ジェントリ〟とは〝貴族〟のことを指す。〝ジェントルマン〟とか、近年で言う〝ジェントルレディ〟も定義に入る。

〝議会〟に〝貴族院〟があることを加味すると、発言力も強い、一括りに表すと勝ち組に近い存在だ。

 少なくとも、茶葉で煎れてちゃんとしたクリームを注いだミルクティーと、上等のお菓子で、生活の活気になるようなティータイムを楽しめる。その程度の未来は約束出来るだろう。

 そう思ってティンカーは、ポスターをゴミ箱へ捨てた。


          ☆  ☆  ☆


「――ここが、〝シティ・オブ・ウェストミンスター〟か」

 九月八日。天気は晴れ。

 ロンドン地下鉄の階段を上り終えたティンカーは、まず、空気の匂いが気になった。

 気候の違いか、人々の活気か、ただ自分が慣れていないだけかは分からない。

 しかし、自宅のある〝リーズ〟とは、明らかに異なる匂いがする。……なんて言ったら、田舎者だとバレるだろうか?

 ユナイテッドキングダムの首都〝ロンドン〟の中心部、〝シティ・オブ・ウェストミンスター〟は、否定を許さないほど都会だ。

 大都会の人混みと喧噪の中、自分は目抜き通り〝リージェント・ストリート〟を、キャリーバッグ片手に進んでいた。

 通りを走り行く車の群れが、新調の制服を靡かせる。

 ジッパーで止めるタイプの、フードが付いた黒い制服。その胸元には銀の刺繍が施されていた。

 蛇と書物をモチーフにした〝紋章〟だ。正式に〝紋章院〟にも登録されているらしい。即ち、〝ジェントリ〟の証。――聞いた話に間違いがなくて、良かった。

 リージェント・ストリートの様相は、噂に違わずインテリジェントだ。

 ズラリと並んだ、自分ではまだ手が出る筈もない、ファッションブランド取扱店の数々。

 老舗の百貨店には人が溢れ、オモチャ販売の旗艦店では、子供が親の服の裾を握って、せがんでいる。

 毎年秋に開催される〝リージェント・ストリート・フェスティバル〟では、F1のデモンストレーションや、ロックバンドのライブが行われたらしい。

 大好きな〝Sushi〟の店もあったら良いなあ。

 などなどと、結構楽しみつつ歩を進めて行くと、いよいよその姿が主張して来た。

 主に、レンガと大理石を主成分とした、ユナイテッドキングダムらしい伝統的で上品な造りの建築物。

 校舎の形状は円柱型の塔。四階建て。白に近い灰色のレンガで組み上げられ、小窓も多く、日の光が良く通ることだろう。

 東西南北に一棟ずつ、建物が従者の如く建てられており、西に位置した紺色の建物が、学生寮にあたると聞いている。

 石畳を踏みしめながら、ティンカーは〝アントロポソフィー学園〟の本校舎を見上げて、呟いた。

「ここで、オレの新しい学園生活が、始まるんスね」


          ☆  ☆  ☆


 ――この日から、〝ティンカー・コードウェル〟の、波乱に満ちた奇妙奇っ怪な日々が、始まることになる。

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