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明日、戦地へまいります

作者: 大鹿

 拝啓、隣の隣の村のお姫様。


 ちゃんと飯は食ってますか? 野に突っ伏して寝たりしてませんか? わがままばかり言ってませんか? それから……俺のことおぼえてますか?


 あなたに、会いたい————












 隣国との異能力戦争が始まって早3年、田舎に住む農家の次男坊である俺にでさえも兵役の命が下った。


 国中の高度な能力者を集めた国営の軍はほぼ壊滅状態。しかし皇帝陛下はこの戦を終わらせる気はないらしく国民のなかでも異能力を持つ者は戦へ駆り出すことにする方針を打ち出した。街や街に近い村では革命軍なるものが動き出しているようだ。

 戦なんて俺の住む、街からも国境からも遠く離れた田舎では関係のないことだと思っていたがそういうわけにもいかなくなった。


「行きたくねー」


 藁の上で寝転がりながら空を見上げる。さやさやと風が吹けば、雲が流れ麦が揺れる。こんなのんびりとした暮らしも明日終わる。明日国から迎えが来れば俺は戦地へ行き国軍となりそして散っていくのかもしれない。


「ハインー! ちょっと来てくれやぁ」


 納屋から母さんの声がする。起き上がって母さんのもとへ向かう。


「どうしたさ?」


「悪いんだけどねぇ、隣の隣の村に住んでるアンナおばぁのところに牛の乳とチーズを持って行ってくれるかい」


「は? アンナおばぁって誰さね?」


「ほら、お前がちっちゃいころによく遊んでくれたじゃないか。じゃあ頼んだよ」


 牛の乳とチーズの乗った台車を渡すと母さんはどこかへ行ってしまった。引っ張ってみるとこの台車、なかなか重かった。俺は重量を変える能力は持っていないため、こんな時に楽することはできない。


(母さんは重量変化させるの得意なんだから自分で行けばいいのに。明日戦地へ行くっていう息子にお使い頼むか?)


 心でつぶやくだけつぶやいて、俺は隣の隣の町への旅を始めた。




 この国に住むほぼ全員、何らかの能力が使える。能力といったって小さいころから持っているものなので自分の手足を自由に動かせたり物を持ったりすることができるのと同じようなことなのだ。それでも他国の民にとっては十分気味の悪いものらしく、そのためかよくこの国は攻め込まれる。能力なんて個性の一つだと思うのだが、ほかの国の人々はそうは思わないらしい。

 国営の軍隊に所属している人たちは、刀から光をだしたり大きな岩を持ち上げたりすることができたり、強い人たちらしい。それに比べて俺の能力は、自分の手のひらに収まる大きさのものを瞬間移動させることができる、という使い道があるのかないのか微妙なもの。国営の軍がやられたのに俺みたいなやつが戦場へ行ったって何もできない。そんなことは考えてはいけないのだけれど。


 そんなことを考えている間に目的地に着いた。隣の隣の村といえば戦闘能力の高い村としてここら辺でも有名な村だ。戦争で多くの若者がいなくなったと聞いている———よくある話だ。

 そしてアンナおばぁというのはこの村でも一番強い人らしい。きっとむきむきで強そうな人なんだろうな。

 村の門には屈強そうな男が立っていた。見張り台にはよぼよぼのおじいさんが鍬を片手に座っている。


「少年、この村に用があるのか?」


 村の門番が俺に訪ねてくる。片手には槍を持っていていかにも強そうなのだが、目線は台車の上にのっかっているチーズにある。この門番も腹が減っているんだな。ちょうど太陽が真上に来ているし。

 厳つい顔をした門番に向き合う。


「まあ。アンナおばぁって人に牛の乳とチーズを渡してこいって母さんに言われて」


 アンナおばぁの顔を出した途端、門番の顔がぱあっと明るくなった。さっきまでの厳つい顔はどこへやら。槍を地面に置いて村の門の扉を開いた。


「おお! アンナおばぁの知り合いか! 突き当りの大きな家がアンナおばぁの家だからそこへ行くといいよ。アンナおばぁは鍛錬でもしてるかもな」


 門番は大きな手で俺の肩をバシバシたたきながら通してくれた。なかなかのたたき心地だ。

 手が付けられてなさそうな畑を横目で見て、草の生え切った崩れそうな家も何件か通り過ぎ、村の最奥部まで来た時にアンナおばぁの家はあった。崩れかけた家が多い中でアンナおばぁの家だけはしっかりと手入れが行き通っていて凛とした趣がそこにはあった。

 アンナおばぁの家にガラガラと台車を引きながら入る。


「アンナおばぁこんにちはー。母さんのお使いで牛の乳とチーズを届けに来たハインだよー」


 しばらくすると納屋のほうから小さなおばあさんが出てきて、俺のほうに近寄ってきた。ひ弱そうで触ったら折れてしまいそうなくらいかぼそい方だ。


「おやハインかい。おおきくなったもんだねぇ」


「え!? もしかしてアンナおばぁ!?」


 想像とは全然違う人だった。アンナおばぁは裾で手を拭いてから背伸びして俺の頭に手を乗せた。もちろんちゃんとかがんだ。


「ハインも大きくなったねぇ。お使いご苦労様だったね」


 そういうとアンナおばぁはおもむろに台車を持ち上げて運び出した。アンナおばぁは確かに強かった。俺が重い思いをしながらえっちらおっちら運んできたものを楽々持ち上げてしまうのだから。見た目に騙されてはいけない。


「そうそう」


 アンナおばぁは振り向いてニコッと笑った。


「裏の草むらに子供たちがいるから遊んでやってくれや。若い男衆はみんな戦地へ行っちまったから遊び相手がこの村のお姫様しかいなくてねぇ」


「お姫様?」


「そうさ。この村で一番偉いひとさね。優しい方だ。後であたしも行くから先に行っててくれな」


 そう言ってアンナおばぁは去っていった。アンナおばぁが一番強いから一番偉いのだと思っていたけれどそうでもないんだな、と心の中でつぶやきながら興味と好奇心を持って俺は草むらへと向かっていった。お姫様なんてたいそうな言い方をして、どんな人なんだろうか。とても能力の強い人なのかもしれない。


 裏の草むらに着いたとき俺が見たのは子供と子供の中心に座って花冠を作っている天使だった。


「天使がおる……」


 思わず大きな声でつぶやいてしまい、子供たちはいっせいに俺のほうを向きその天使————いや少女もこちらを向いた。風にそよぐ亜麻色の髪の毛に、田舎の村に住んでいるとは思えないほどの白くきめ細かい肌。そして大きく見開いた深緑色の瞳。




 おそらく俺はこの少女に一目ぼれをした。




「姫さまは天使じゃないんだよー」


 俺の足元にはさっきまで少女のところにいた子供たちが群がっていた。少女に気を取られていたせいでこの子たちに全く気が付かなかった。一瞬驚いて声をあげてしまう。


「いや、別に天使とかじゃなくてその———って姫さま!?」


 少女は立ち上がり、俺のほうへ手を差し出した。


「はい。わたしはこの村の村長ですよー。村長のアティカって言います。あなたは?」


 彼女と握手をする。暖かい手だ。


「俺はハイン。隣の隣の村からアンナおばぁに届け物があって、やって————」


「ハインの手は冷たいんですね。緊張しているのですか? それとも何か怖いことでもあるのですか?」


 少女———アティカは手を握ったまま間髪入れずしゃべりだした。彼女は俺の目をじっと見つめてくる。なんだか胸がどきどきする。例えるなら近所の奥さんの服が汗でへばりつき体のラインが見えてしまい、そこに目がいってしまったとき……そんな感覚だ。ドキドキもするしなんとも言われぬ背徳感というものも感じる。


「む……村長っていうのはなんでもお見通しなんですねー。そうなんですよ、実は俺、明日戦地へ行くことになってて緊張してるんですよねー」


 言えない……! あなたに一目ぼれしました、なんて。とっさに口からはこんな言葉が漏れ出していた。へらへらと俺が笑っていると村長アティカは俺の手をそっと離し困った顔を浮かべた。


「ごめんなさい。ハインは戦地へ行ってしまうのね。それなのに私はこんな野原で子供たちと草遊びなんかしていて……。私と同い年くらいなのにハインは命をかけてくる。強い勇気の持ち主なのね」


「いやいや、国に呼ばれたから行くだけですよ。そんな勇気なんて持ち合わせていないから」


 村長アティカは草むらに仰向けに寝転がった。俺もつられて寝転がる。雲が流れ風がそよぐ、平和な空気。しかしアティカがいるだけでその空気が少しだけ引き締まる。なぜだろうか。彼女が都言葉だから? 彼女が美人だから? 彼女の持つ特有の気配がそんな気にさせているのかもしれない。


「……私ね」


 アティカが空を見上げたまましゃべる。


「この村の人はみんな知っていることなのだけど。この村の長なのに戦闘能力はおろか能力すらなにも持っていないの」


「え!?」


 驚いてアティカの顔を見る。眉を八の字にしながら笑っている。


「少し特別な事情があってこの村の村長になったのだけど……。能力がないから私は戦争に呼ばれることはない。同世代の友達や仲良くしてくれた人たちはみんな戦地へ行ってしまって私は彼らの背中を見送るだけで。いつも寂しい思いをしていてね。この村にはもう年寄りと小さな子供しかいないことに気づいた?」


 思い返してみるとこの村はやけに静かだった。働き手の声や牛の鳴き声、台車を引きずる音、そういった生活の音がほとんど聞こえなかった。


「ここまで来るとき少し寂しいなとは思った。手が付けられてない畑とかあったし」


「やっぱり気づくよねー。どうしようもないことなのだけれど村長としても私個人としても寂しいわけでして。つまり何が言いたいかっていうと、


 ハイン。あなたがこの村に来てくれたこととっても嬉しい。


 明日戦地へ行ってしまうのにこんなとこまで来てくれてありがとう。ただのアティカとしてあなたと友達になれたこと、嬉しく思うわ。私のことを忘れないでほしい。そして生きて。生きてまたのんびりとここでお喋りしましょう。私は待ってるから」


 隣に寝転ぶアティカの顔は涙をこらえているかのようで、会ったばかりの俺なんかにこんな話をしてよほど寂しかったのかそれとも何か事情があるのか……。俺には深いことは分からなかったけれど今日の少しだけでも彼女の心の支えとなれたのかもしれない、そう思うだけで深く心にしみるものがあった。初対面なのに守ってあげたくなる、その雰囲気こそが彼女の能力なのかもしれないと頭をよぎった。




 日が傾くまで俺たちは花冠を作ったりかけっこをしてみたりとまるで子どもに戻ったかのように遊び、笑い続けた。アティカは子どもたちと手を取ってとても良い笑顔をしていた。彼女の抱えている闇など表面に全く出さない。彼女が村の人に(そして俺に)好かれている理由はこういうところにあるのかと思った。


 空が茜色に染まるころ、俺はアティカの手を取った。


「アティカ、今日はありがとう。明日から俺はどうなるかわからないけれど、もし生きて帰れたら真っ先に君の元へ戻るから。君も幸せに生きてね」


 アティカはうなずいてそのまま下を向いていた。俺もつられてうつむいた。目からぽろぽろとしょっぱい水が流れていったのは二人だけの秘密だ。


(明日、戦地へまいります。どうかどうか俺のことを忘れないで)


 言葉に出すことはためらわれた。心の底で強く、強く叫んだ。









 次の日、国からの迎えが来て俺は村を離れた。
















 拝啓 隣の隣の村のお姫様。


 ちゃんと飯は食ってますか? 野に突っ伏して寝たりしてませんか? わがままばかり言ってませんか? それから……俺のことおぼえてますか?


 あなたに会える日はおそらく無いと思います。戦争はひどくなっていくだけで、俺もそろそろ重要な任務が与えられます。会えなくても、あなたと友達になれてよかった。


 ただ一つ後悔しているのは、あなたに気持ちを伝えられなかったこと。


 さようなら、どうか元気で————……… 

初投稿緊張します……。ご意見ご感想待ってます。

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