9心の準備
夕飯の準備が済むと信乃は様子を気にしながらも帰って行った。絢汰は玄関の鍵を閉めると涼風を呼びに来て食堂で仲良く分けあって食べた。
「いつもこんな感じなの?一人で?」
「色々だよ。父さんは忙しいから夕飯は休みの日くらいかな。朝はたいていいるけど。でも………俺も大きくなったし母さんも用事をあまり断らなくなったかな。普段は姉さんもいるんだけど、ちょうど連休だし友達とグアムに行った。あ、着替えは姉貴のを借りたらいいよね?後で部屋案内するから自分で選んで」
「ええっ……あ、あの……」
「下着とか新品の予備が結構あるはずだから気にしなくていいよ」
小学生の弟が何故そんなこと?そんなこと把握してて良いのか?聞けば姉は涼風と同い年の大学生だと言う。涼風は顔を真っ赤にしてあたふたしてるというのに絢汰は平然とし過ぎていて、過剰に意識している自分が恥ずかしい。
なんでそんなことに気が回るのか、とにかく何をしていてもあれやこれやよく気が付く。
食後は二人で軽く片付けると姉の部屋のクローゼットまで案内し、下着パジャマに翌日用の服まで一式涼風に選ばせると二階の浴室まで連れて行く。姉のシャンプーやボディソープ、化粧品一式やヘアクリップ等の入った引き出しを教えて出て行った。
しばし呆然としていた涼風だが、気を取り直しシャワーを浴びることにした。
温かいお湯は麻痺して固まった心をゆるめ、ずっと我慢していた涙と一緒に流れていく。不安だった。とにかく不安で不安で訳がわからなくてどうしていいかわからない。
あそこで絢汰に出会わなかったらどうなっていただろう?18年昔の過去に来ていたことに気付かず行動し夜自宅に戻って、何もない更地の家があったはずの場所で途方に暮れていたに違いない。
どうしよう……
どうしよう……
いくら考えても何も思い付かず不安で真っ黒に染まりそうで、涼風はそれを振り払うかのようにシャンプーに手を伸ばし手を動かす。甘い薔薇の香りが優しく包み込むように心をなだめてくれて少しだけ落ち着いたのか涙も止まっていた。