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とある男の追憶━12

 視界の端で、閑散とした廊下にいる学生たちの姿が流れていく。

 どこかへ移動中の者も、友人と談笑していた者も、通り過ぎざま、皆一様にライトへと視線を向けてきた。そして、誰もが怪訝な表情を浮かべるのだ。

 今まで、ライトはこれほど必死になったことはなかった。両脚に身体強化の魔術を掛け、出せる限りの力での疾走。

 頭にあるのは、守ると決めた少女のこと。彼女を想うにつれて、踏み出した足がより強く床を蹴りつける。

 途中、何度か学生とぶつかりそうになった。

 途中、学院内での魔術禁止という校則を破っているところを見られたらしく、後ろから教授の怒鳴り声が聞こえた。

 それでも、もごもごと謝罪を口にし、あるいは呼び止める声を振り払って。

 フレッドの魔手が届く前に。ただそれだけを考えて走り続けた。

 彼女やキッシュのいる講義室は、皮肉にも、物置からは正反対の場所だ。ライトにはそれが偶然ではなく、仕組まれているようにしか思えなかった。

 廊下の突き当りを折れ、その先を更に直進。その奥に、リズ達がいる大講義室がある。

 まだ講義は終わっていない。フレッドといえども、まさか多くの視線がある講義中にリズを狙うことはないだろう。

 思わず安堵の息を吐きかけるライト。

 しかしそれが儚い期待だったと分かったのは、講義室付近にできた人だかりを見た時だった。

 耳をなぶっていた風音が徐々になくなり、視界の流れも次第に緩くなる。代わりに聞こえてきた声に、鮮明になる視界に、ライトの表情は凍り付いた。

 心配そうに声を掛ける人々の中央。そこに、よく見知った少年が倒れていた。

「――キッシュ!」

 いつの間にか止まりかけていた足を動かし、ライトは輪の中に飛び込む。隙間を縫うようにして学生たちの間をすり抜けていく。少ししてからキッシュの友人だと気が付いたのか、数人の生徒が道を空けるよう言ってくれた。

 割れていく人の波。その先に、力なく横たわった友達の姿。

 額から流れた血が緩くカーブを描き、弱々しく閉ざされた目の近くを流れている。幸い出血自体は大した量ではないようだったが、苦悶に歪められたその表情が痛々しい。

「キッシュ……」

「待って、動かさない方がいい」

 その体を起こそうとしたライトを、後ろから伸ばされた手が制した。振り返れば、先ほど道を空けるよう指示を飛ばしてくれた青年の姿。どうやら上級生らしい。

 彼はライトの肩に手を置くと、安心させるように微笑んでみせた。

「大丈夫。今、医務室の人を呼んできてもらっているから。それより止血した方がいい」

 そう言うと、彼はキッシュの傍まで進み出た。

 驚いたのはライトだ。その青年は明らかに高級そうな、金糸で縁取られたハンカチを傷口へとあてがったのだ。

「そんなに血は出ていないし、心配はない。あとはじっとしていれば――」

「ちょっ……何やってんすか⁉ わざわざそんなもの使わなくても!」

「ん? だってこれしか持ってなかったし」

 唖然とするライト。その肩を、近くにいた女子生徒が呆れながら叩いた。

「コイツ、結構いい家の出だからさ。物の価値ってのが分かってないのよ。小貴族の私らに取っちゃ皮肉よねー」

「……え、これ高いやつなのかい?」

 その言葉に、青年は笑みを引きつらせる。

「馬鹿ね。レース地のものなんて私たちでもそう簡単に手に入らないわよ」

「うわ……参ったな、また父さんに怒られそうだ」

 そのやり取りに、周囲で苦笑が生まれる。緊張した空気が僅かに緩まったのを、ライトは感じ取った。

「まぁ、とりあえずこの子は大丈夫ってことだ。君は友達かい?」

 急に向けられた問いに、慌てて頷くライト。

「そ、それより……どうして、こうなったんすか?」

「それは……僕にもよく分からない。多分、足を踏み外したんじゃないかな」

 青年が指し示した方に、ライトは顔を向ける。そこは二十段近い階段になっており、そう考えるのが妥当だと思える。

 しかし、何故キッシュは講義室ではなくここにいたのか。講義を抜ける必要があるほどのことがあったのなら、それは何か。

 その答えは、呻きと共にもたらされた。

「ライ……ト……?」

「ッ⁉ キッシュ!」

 薄く開けられた目が、ライトの方へ向けられていた。ただ、瞼を持ち上げているのもやっと、といった様子だ。

「君、ちょっと動かない方が――」

「駄目だ……ッ!」

 止めようとする先輩の手を振り払い、キッシュはライトの腕を掴む。動くのもやっとに見えるのに、彼の目は強い意志を覗かせていた。

「キッシュ動くな。お前、その怪我――」

「リズさんが……連れていかれた」

 声と共に、その気力を吐き出すように声を荒げるキッシュ。

「……そうか」

 ライトは伏し目がちに応答する。

 この状態のキッシュを見てから、薄々感づいてはいたのだ。おそらく、リズに何かがあったのだろうと。そして、それを止めようとして彼はこの怪我を負ったのだ。

 キッシュの掠れた叫びは、近くにいるライトにも辛うじて聞き取れる程度だ。しかしその必死さは表情を通してはっきりと伝わってくる。

 彼にあまり無理をさせたくないというのが本心だが、何かを伝えようとするその意志が、その考えを押し留めた。

「落ち着いてくれ、何があったんだ。リズがどうした」

 なだめながら、ライトはさらに情報を聞き出そうとする。隣で先輩が非難の目を向けてくるのを感じるが、それを意識の片隅に追いやった。

 息を乱しながら、更にキッシュは言葉を続けていく。

「どうやったのかは分からない……でも、あれは〈魅了〉だった。それを止めようとして……そしたら、誰かが――」

「突き落とした、ってことか」

 ライトの言葉に、キッシュは僅かに頷いた。

 十中八九、犯人はフレッドだろう。ライトだけではなく、全く関係のないキッシュやリズを巻き込む方法に、ライトは拳をきつく握りしめる。

「ライト、よく聞いて……」

 キッシュの声が震えはじめ、その意識が遠のき始めたのが分かった。こころなしか、ライトの腕を握る手からも少しずつ力が抜けていく気がした。

「そいつは言っていたんだ。ライトに……屋上に来るよう伝えろって」

「分かった……分かったから、もう話すな」

 ゆっくりと、キッシュの体を横たえる。それでも、キッシュは口を閉じようとしなかった。

「ごめん……リズさんを、守れなかった」

「気にすんな。お前は悪くない」

 ライトは苦笑し、軽くその肩を叩いた。

「戻ったら、またあの酒場に行こうぜ。今度はリズも一緒にさ」

「……うん」

 キッシュが目を閉じたのを確認すると、ライトはゆっくりと立ち上がった。それに合わせ、隣にいた先輩も腰を上げる。

「後は、お願いしてもいいすか?」

「君はどこに行くんだ」

「どうも、待たせてる人がいるみたいなんで」

 その言葉に、尚も食い下がろうとする青年。だがその首根っこを、あの女子生徒が捕まえた。

「諦めなさいって。どうも彼、訳ありみたいよ?」

 彼女の言葉にも何か言い返そうとする素振りを見せたが、青年は諦めたように溜め息を吐いた。

「そうか……分かったよ」

 それを聞き、頭を下げてから去ろうとするライト。しかしふと立ち止まり、再び振り返った。

「先輩たちは……何で、助けてくれたんすか?」

「ん、信用できないのかい?」

「あ、いや……」

 苦笑する先輩に、ライトは慌てて首を振る。フレッドのような自己の利益しか考えない連中があまりにも多いこともあって、つい思い付きで発した質問だ。考えてみれば、とても失礼に当たる言葉だったことに今更ながら気が付く。

 だが、彼は特に気にした様子もない。

「よく言われるよ、貴族らしくないって」

「じゃあ何で……?」

「大した理由じゃないよ。ただ、威張り散らしてる貴族なんかが、頑張って働いてる人達よりも偉いように思えなくてね。貴族に生まれたなら、それに値する人間にならなければいけないだろう?」

 気恥ずかしそうに頬を掻く青年。その姿に、ライトはある種尊敬に似た感情を抱いた。それはそのまま、笑みとして表情に現れる。

「俺、そういうのカッコいいと思いますよ」

「はは……ありがとう。とにかく、この子は任せてくれ」

「お願いします」

 もう一度だけ礼を言うと、決着の場へと、ライトは階段を駆け上がっていった。


 ■


 屋上に通じる扉を吹き飛ばすような勢いで蹴り開ける。すると、即座に聞き慣れた声に纏わりつかれた。

「へぇ、偉いね。一人で来たんだ」

「……当たり前だろ。お前との決着は俺が着ける」

 入り口とは反対側の、正方形の一端。外周を囲むように巡らされた柵の上に、フレッドは涼しげな表情で腰掛けていた。そのすぐ左側には二つの影。

 静かに佇むウィオルと、縛られ、両腕の自由を奪われたリズの姿。彼女はライトと視線が合うと、僅かにその顔を下向けた。

「ライト……何で、来ちゃったの」

 沈痛の表情で呟く彼女に、ライトは小さく苦笑を浮かべる。

「心配してくれてありがとな。こいつらすぐぶっ倒すから、ちょっと待っててくれよ」

その途端、哄笑が響き渡った。

「ハッ、倒すだって⁉ 僕に一度も勝ったことがないお前が?」

 額に手を当て、さも可笑しそうに嗤うフレッド。彼は足を振って軽やかに屋上の床へと着地した。

「まぁ、誰か連れてきたらこの子に代償を払ってもらうつもりだったけど。よかったね、リズさん」

「……黙れ」

 きっ、と睨み付けすごむその姿に、フレッドはわざとらしく肩を竦めて見せる。

「まぁいいさ、そんなことを言っていられるのも今の内だけ……ウィオル」

 名を呼ばれた男は、リズの拘束を解かないようにしながら、フレッドへとあるものを差し出した。

 必要最低限の装飾のみを施されたそれは、ラスティア学院が貸し出している訓練用の剣。特別な講義や大きな催し物の演武などでしか使用されないはずのそれが二本、フレッドの手へと渡された。

「……盗んだのか?」

 そう簡単に持ち出すことが出来ないはずのそれを見て、ライトは怪訝そうに目を細める。

「まさか。気前よく貸してくれたよ?」

 そう言って、フレッドは懐からあの不気味なオブジェクトを取り出した。心臓を模したようなそれは、以前見た時よりも色合いがくすんでいるようにも見える。

 それを眼前に掲げ、フレッドは魅入られたかのように、恍惚とした表情を浮かべた。

「本当に、どうやってこんなものを作ったんだか……そうそう、最近発見したんだ。どうも特定の条件下で〈魅了〉の効果を発動させることもできるらしくてね。例えば――」

 フレッドは言葉を切り、弓なりに目を細める。その視線は隣にいる少女へと向けられていた。

「僕との誓いを破ればここに来るようにさせる、とかね」

「……やっぱり、そういうことか」

 ぎしっ、と歯を軋ませるライト。やはり、あれは破壊しておくべきだったと後悔するも今更なこと。

 すると、ライトへと一振りの剣が放られた。緩い放物線を描いたそれを、難なく受け止める。

「それを使いなよ。貴族の決闘といえば、これがあった方がいいだろう?」

 そう言い放ち、音も高らかに鞘から剣を抜き放つフレッド。それを見て、ライトもゆっくりと、確かめるように白刃を露わにしていく。

「ははっ、警戒してるみたいだけど、別に何も細工なんてしてないよ。お互いに正々堂々と戦おうじゃないか。ウィオルも、手を出すなよ」

「……了解しました」

 首を垂れるウィオルから、リズ、そしてフレッドへと視線を移すライト。

 先ほどの言葉を信じたわけではないが、残りの半分ほどの刀身を一気に抜き放った。西に傾き始めた陽光に照らしてみるが、確かに細工らしいものは無いように思える。

 しかし考えてみれば、フレッドのレベルになればライトが気付かないよう仕掛けを施すくらい造作もないことだ。だとすれば、彼の言うとおりにするしか道はない。

 その情けない事実に溜め息を洩らしながら、ライトはその剣先をフレッドへと向ける。

「魔術は?」

「好きなだけ使うといい。……まだこの間のことを気にしているのかい?」

「当然だろうが。急に酸弾なんかぶっ放しやがって……」

 言いながら、鞘をベルトの部分に括り付けるライト。それが終わるのを見届けてから、フレッドも剣を構えた。

「それともう一つ。ぜひ、僕を殺す気できてくれ。そうでもしないと、お前に勝ち目はないぞ?」

 その言葉に答えず、ライトは魔力を全身に巡らせていく。その沈黙を肯定と受け取ったのか、フレッドが薄い笑みを浮かべた。


「それはよかった――僕も、そのつもりだったからさ」


 瞬間、轟音と共にフレッドのいた地面が爆ぜた。視覚で、聴覚で、それを知覚した時には、彼我の距離は消え、既にその剣はライト目掛けて振り下ろされている。

 その恐ろしい速度は、初見では誰も反応することが出来ないだろう。

 だが、ライトは違う。既に同じ一撃を何度も叩き込まれ、そのたびに敗北を喫してきたのだ。何も考えず、のこのことやってきたわけではない。

 フレッドが消えたのを見るや、ライトは掲げるようにして自らの剣を突き出していた。その角度は迫る剣戟に対して水平ではなく、剣先を下げるように。

 刹那を経て、剣を握る腕に響く衝撃。

 だが、まともに受けるつもりはない。重心を移すことで、ライトはそれを受け流すことに成功した。

 そして小さく円を描くようにして、素早く左から回り込む。

「くらえッ!」

 背後を取るや否や、ライトは逆袈裟に剣戟を撃ち出す。だがその切っ先は虚しく虚空を斬るに終わった。

 フレッドはその攻撃を読み、中空へと跳び上がっていたのだ。

「そんな簡単に、後ろを取らせるかって」

 宙で身を反転させ、にこやかにそう言い放つ彼の右手の先。魔弾の兆候である淡い光が、ライトをその射線上に捉えていた。

「うおッ⁉」

 ライトが身を投げ出すのと、酸弾が射出されたのはほとんど同時。一直線に突き進んだ酸の塊は、きわどいところでライトの真横を通り過ぎていった。

 即座に立ち上がったライトの視線の先で、濃縮された強度の酸が音をたてて地面を溶解させている。

 じゅうじゅうと未練がましい音と共に気化していくその光景に、思わずライトは表情を引きつらせた。あんなものをまともに喰らったら、生きていられる保証はない。

「ほら、よそ見していていいのかい⁉」

 気が付けば、フレッドがすぐそこに迫っていた。十分に引き絞られた剣が、斜めの銀弧を描いてライトを襲う。

 何とかそれを受け流すも、同じ手は何度も通用するものではない。ライトの視界の端で、その切っ先が鋭角に跳ね上げられた。

 その狙いはライトの首。

「ぐ……ッ⁉」

 咄嗟に上体を逸らせれば、何とかそれを回避することに成功した。髪を剣線が掠めていく感覚に、背筋を冷たいものが抜ける。

 更に、フレッドの連撃は止まらない。あらゆる角度から襲い掛かってくる剣を、ライトはひたすらに避けて、いなし続ける。

 これなら魔術を使われる心配もないが、フレッドは剣技においてもずぬけた才覚を持つ。

 まともに防ごうとすれば、その剣ごと押しつぶされる。それだけの威力を持った一撃を、フレッドという化け物は、まるで造作もないかのように繰り出してくるのだ。

 途切れることの無い応酬。一瞬でも気を抜けば、次の瞬間には命はない。そんな極限の状態で、改めてその圧倒的な力量の差を思い知らされた。

 歯を食いしばって、ライトはひたすらに耐え続ける。その一方で、フレッドは余裕すら感じられる笑みを浮かべていた。

「ハッ、頑張るねぇライト! リズが見ているからかなァ!」

「……ッ⁉」

 僅かにライトの剣がぶれ、すかさずフレッドの剣がその刀身を弾く。その隙間目掛けて突き出された直突。それが胸を串刺しにする寸前で、ライトは肘を打ち付けて切っ先を逸らした。

 だが、それもただの偶然。

 このままでは押し負ける。そう直感し、ライトはあえて距離を取った。フレッドが魔弾を放つ前に、詠唱を終える。


「――〈不可視化(インビジブル)〉ッ!」


 瞬間、ライトは瞬く間に空間へ溶け込んだ。

 不可視化の魔術。詠唱者の持ち物も含め、自らを透過させるその魔術はかなり高度な技術だ。相手がその影も残さず消えてしまえば、普通は狼狽える。

 だが、この男は違った。

「へぇ……面白い魔術を使うね」

 そう呟くと、即座に酸弾を辺りに放射する。標的を定めぬ魔弾など、身体能力を強化したライトには容易く避けられる。だが、フレッドの狙いは別にあった。

「ほら、出ておいで」

 強力な酸によって腐食させられた地面。その生み出した蒸気が、フレッドの周囲に立ち込める。

 彼は、不規則に揺らめく影を見逃さなかった。

「そこだ!」

 抉るように振られた銀線が、硬質な音を響かせる。更に間髪入れずに叩き込まれた回し蹴りが、何かを捉えた。

 骨の軋む感触に、フレッドの口角が吊り上がる。

「がっ、ぐあっ!」

 数度地面が削れ、その先でようやく地に伏したライトの姿が浮かび上がってきた。

 左手で胸を押さえて立ち上がる様子に、フレッドは楽しそうに笑う。

「驚いたなぁ、お前がそんな魔術を使えるなんて。でも、それが切り札なわけないよね?」

「はっ……当たり前だろうが! まだまだ隠し玉ならあるっての」

 叫び返し、再び剣を構えるライト。だが、フレッドはそれが虚勢にすぎないことを理解していた。

「つまらないな……終わらせようか」

 呟き、彼はライトへとその凶刃を振り上げた。



「ライト……」

 再び始まった金属音の連音に、心配そうに少年の名を呼ぶリズ。だがその想いとは裏腹に、時間が経てば立つほど少年が傷ついていく。

「ふん、話にならないな」

 背後から洩らされた侮蔑の声に、彼女は自分の背後に立つウィオルを睨んだ。

「ライトが勝つって言ったんです! 勝ちますよ!」

「言っていて虚しくならないか? いい加減諦めろ。奴は負ける」

 冷徹な視線で見下ろしてくる男の言葉に、唇を噛みしめ、悔しそうに俯くリズ。

 ウィオルはこれで諦めただろうと考え、その視線を再びフレッド達の方へ戻そうとした。

 だが、そこに少女の声が割り込む。

「……それで、いいんですか?」

「何だと……?」

 思わず苛立ちを帯びてしまう声。視線の先で、少女がゆっくりと顔を上げた。その表情にはまだ怒りの色合いが残されていたが、ウィオルは別のものも混ざっていることを認めた。

 それは、憐憫のように思われた。

「なっ……」

 何故、この少女はこんな表情をするのか。

 ウィオルの動揺に気付いていないのか、彼女はさらに言葉を紡いでいく。

「あの人は……フレッドは、潰れますよ。自分の強さに溺れて、きっと、もう後戻りが出来なくなる。唯一の歯止めになっている、ライトを倒してしまえば……」

「――それがどうした! 俺はあの方の強さに憧れたのだ。もしそうだとしても、あの方が望むのならば俺は付いてゆくまで!」

「……そうですか」

 一瞥し、彼女は未だ激しく切り結ぶ二人の方へと視線を向けてしまう。

 だがその時の失望を浮かべたその瞳が、ウィオルの心を激しくかき乱した。

 ――何だ? 何故俺は、こんなにもこいつの言葉に惑わされている⁉

 自らに問いかけるも、その答えは出ない。ただ頭の中には、ここに来るまでに目にしたフレッドの姿が何度も甦っては消えていった。


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