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とある男の追憶―6

「……生きてる、のか」

 黄塵立ち込める円形の訓練場。新たに大きなクレーターの近くで、ライトは震える膝に鞭打って立ち上がる。

 彼は「土神」の攻撃意志が自分に向いた瞬間、間違いなく死んだと思った。死に物狂いで走ったが、あの拳に叩き潰されるイメージしか出てこなかったのだ。

 はっきり言って、躱せるかどうかは賭けだった。

 すぐ目の前に、自分の何倍もの大きさをした土色の拳がめり込んでいるのを見て、改めて恐怖を感じる。

 しかし、聞こえてきた警備員達のやり取りに、そんな意識はどこかへ追いやられる。

「おい、誰か治癒魔術を使えるやつを連れてきてくれ! 早くしないと……」

「……ッ⁉ おい、これはもう――」

「馬鹿、諦めるな! さっさと呼びに行け!」

 切羽詰まっているのが、声からでも分かる。誰のことを指しているのかもすぐに理解してしまった。

「……サイ先輩ッ!」

 声のする方へ駆け寄ろうとしたライトの前に、砂埃の中から出現した大きな人影が立ちふさがった。警備員の一人だ。厳めしい表情で、ライトの行く手を阻んでいる。

「君、一体どこから入った? さっきはまるで飛び込んできたように見えたが」

 その問い詰めるような口調から、怪訝そうに細められた目から、完全に怪しまれていると知れる。

 それはそうだろう、警備員が待機する通路でも使わなければ、普通はこの場所に居られるはずがないのだから。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではないだろうに。

 苛立たし気な表情を隠すのには、ライトはかなり苦労した。

「……結界が張られていない場所があるんですよ。多分、教師の手違いか何かで」

「何だと?」

 言われて、警備員が結界を睨むようにして見渡す。

 その言葉が真実だと分かったのか、しばらくして小さく頷き、彼は近くにいた同僚に目配せした。それを見た別の警備員男は、訓練場の端、呆けるような表情で突っ立っている教師の下へと向かう。おそらく、あの教師は懲戒免職だろう。手違いなどで済まされる失態ではない。

「……この事故はこちらで対処する。負傷した彼の心配もいらない、我々が必ず助ける。だから君は上に戻りなさい」

 事務的な口調でライトを追い出そうとする男。しかし、それで引き下がれるはずがない。

 事故、という言葉が引っかかったのだ。

「……これは、サイ先輩が制御を失敗したことで起こった、と?」

「違うかね?」

 それ以外に何がある、といった表情だ。ライトの言葉に、思わず熱がこもる。

「違う! これを操作したやつがいる。結界の隙間から『魅了』を掛けたんだ!」

 息巻いて吐き出された言葉に、警備員は呆れたように溜め息を吐いた。

 その態度に危うく激高しそうになったが、それが普通の反応なのだ。ライトでさえ、同じことを言われれば信じるはずがない。

 何故なら、魅了魔術の限界は広く知られているのだから。

 未だかつて、『土神』のような強大な存在はもちろんのこと、低級のアンデッドさえ完全に操れるものは存在したことがない。それも、召喚術師とのつながりを押しのけてまで成功させるなど、それこそ神業の域だ。

 結界の件も、召喚獣の暴走も、ただ偶然重なっただけ。そう考えてしまうことは責められない。しかしそうかといって、ここで諦めるライトではなかった。

「じゃあ、そいつのところに連れて行く。そうしたら信じてくれませんか」

「……正気か?」

 再び溜め息を吐く男だったが、その時別の入り口から警備員に連れられ、別の教師が入って来た。おそらく治癒魔術のために連れて来られたのだろう。

 それを横目で確認すると、男は自分が居なくても大丈夫だと踏んだらしい。渋々ではあったが、ライトの要求を呑んでくれた。


 どこかやる気のなさそうな警備員を連れ、訓練場から外へ通じる通路を走るライト。彼はライトを離れさせるつもりで付き合っているだけなので、ただの貧乏くじだと考えているらしい。

 それでも、もしフレッドが犯人だと知れば変わるかもしれない。あの男が素直に白状するとも思えなかったが。

 上を見た時には、既にフレッドの姿はなかった。おそらく外へ出たのだろう。今ならまだ間に合うかもしれないという楽観のもとにこうして走っている。

 はたして、彼はその通路にいた。

「――フレッド!」

 既に人気のない通路の中程。その壁にもたれかかるようにして、その男は佇んでいた。その後ろにはウィオルの姿もある。僅かに青ざめて見えるのは、サイの状態を知っているからだろうか。

 だが、今はどうでもいい。

 フレッドは涼しげな笑みを浮かべてライトの方を見やり、次いで困惑した表情の警備員へと視線を移す。

「まいったなぁ。ライト、部外者をまきこんじゃ駄目だろう?」

 その苦笑からは、言葉とは裏腹に余裕しか感じ取れない。

「……君が、この子の言う魅了魔術を行使したと?」

「そうですよ」

 間断のない肯定に、むしろ警備員の方が表情を引きつらせている有様だ。

 だが、さすがはプロというべきか。すぐにその眼光を鋭いものへ変貌させる。

「話を聞きたい。同行してもらおうか」

「嫌だと言ったら?」

「……言わずとも分かるだろう」

 ライトは隣の男から、とてつもない魔力が噴出するのを感じた。まるで肌を刺す様なその鋭さに、思わず味方である自分が怯んでしまう。

 一方で、やはりフレッドは焦りを微塵も見せない。ただ、面倒くさそうに首を振るだけだ。

「やれやれ。一つお聞きしても言いですか?」

「……何だ?」

「警備員というのは、実力のある傭兵が引き抜かれるという話を聞きました。ならば、もしかするとあなたは平民の出ですか?」

「それがどうした」

 相手の言葉一つ一つに、どんな意図があるのかを読み取ろうとする男。しかし、それに意味はなかった。

 警備員の言葉に、フレッドはまたも苦笑する。

「そうですか、平民……ははっ」

 おもむろに取り出すは、例の心臓を思わせるオブジェクト。それを、ライト達の方へ掲げる。


「――国の家畜風情が、僕に命令するな」


「なっ……⁉」

 瞬間、そのオブジェクトが淡く輝いた。

 見えぬ力がその場を蹂躙した。魔力によって生み出された風が、ライト達目掛けて叩きつけられる。

「ぐっ……何だ」

 目を庇うように腕を交差させるライト。吹き飛ばされないように立っているのがやっとだ。

 その風は、ほんの数秒後には収まった。

 見れば、フレッド達も変わらずそこに立っている。一体何だったのか、そう考えた時だ。

「俺は、何を……?」

 隣で、抑揚のはっきりしない声が聞こえた。そこに立つ警備員は、明らかに様子がおかしい。先ほどまでの鋭い眼光は消え去り、まるで夢でも見ているような、そんな呆けた表情をしている。

「おい、ウソだろ……」

 あの教師と同じ表情。魅了魔術に掛かっている者のそれだ。当然この警備員は警戒し、魅了など絶対に掛からない条件にあったにもかかわらず、だ。

 そんな驚愕を遮り、フレッドの声が響く。

「早く事件の収拾に当たらなくていいので? 職務を怠るべきではないと思いますが」

「あ、あぁ……そうだ、そうだな」

 ふらふらともと来た場所へと戻ろうとする男。ライトに、それを止める術はなかった。

 完全に、フレッドの言いなりになってしまっている。

「お前、何やったんだ。今の何だよ⁉」

「何となく分かるんじゃないかい?」

 そう言って、フレッドは右手に持つ奇妙なオブジェクトを見せびらかすように揺らす。間違いなく、あれが原因だろう。

「……どこで手に入れたんだ。そんな物」

「貰ったのさ、知らない男からね。まだ試作段階とは言っていたが……十分だ」

 クク、と笑うフレッド。何かを思い出すかのように、中空を見上げる。

「言っていることはよく分からなかったが、やっていることは面白いと思ったよ。人間、獣人、エルフの支配。最高じゃないか!」

 狂ったように天を仰ぐその姿に、ライトはある種の恐怖を覚えた。今まで、確かにこの男は悪人ではあった。それでも、ここまで頭のねじが飛んだ発想はしていなかったはずだ。

 いや、本来隠されていた部分が、何かの拍子に顔を出したのかもしれない。

「それに、サイを始末することはお前のためにもなるんだよ? やつの家も高位だったからね」

「……そればっかりじゃねぇか!」

 爵位、家柄、身分。今回の事件さえも、それが根だったのだ。

 怒りに叫ぶライトに、フレッドは表情を曇らせた。

「……何故、分からないんだ? 本当に出来損ないだなぁ、ライトは」

 僅かに、その体が沈む。それが突進の前兆だと気づいた時には、もう遅かった。


「――じゃあ、お前も消えるか?」


 十メートルほどの距離。

 地面を蹴り抜くような、たった一歩の踏み込み。

 それが、いともたやすく彼我の距離を詰めた。

「マジかよ……ッ⁉」

 回避は不可能。

 僅かに引かれた右足を見て、咄嗟に腕を防御の形に組むライト。

 その中央に、恐るべき脚力が叩きつけられた。

「か、っは……ッ⁉」

 防御すらもぶち抜かれ、衝撃が腹を押し潰す。転がり、何度も床に叩きつけられて、ようやくその体は静止した。咳と共に吐き出された赤い飛沫が、冷たい床を斑に染める。

 昨夜のものとは比べ物にならない。

 正真正銘、フレッドという化け物の、本気の一撃だった。

「力もないのに粋がるな。いつも言っているだろう、強くあれと」

 カツン、カツンと近づいてくる音。

 それがすぐ耳元で聞こえた時、ライトは目を閉じた。『土神』の時よりも絶対的な死を、まざまざと感じ取ったのだ。

 

 ――チクショウ、ここで終わりかよ。


 フレッドの計画も阻止できず、サイの仇も討てずに、ここで呆気なく果てる。そんな運命を、少年はただ呪った。

 結局、何もできなかった。何かを守りたいと願い、戦って、それでも力は及ばない。

 己のやってきた努力は、血反吐を吐くまでに磨き抜いた力は。

 才能というたった二文字の前に崩れるほど、脆いものだったのか。

 

 実際、ライトの実力は決して低いわけではない。むしろ、剣技のみで戦えば、同学年で彼に勝てる者はいないだろうというまでの域に達している。

 ただ、フレッドという存在が規格外すぎるのだ。

 生徒としても。

 そして、人間としても。


「――ライトッ!」


 朦朧と揺れる意識が、誰かの叫びを捉えた。

「……まぁ、今日は許してあげようか。でも次はないからね」

 まるで子どものようにそう呟くと、先ほどの足音が遠ざかっていく。入れ違いのように、軽い足音が聞こえる。

 誰かに、抱き起された。

 視界に入ったのは、汗で額に張り付いた赤い髪に、揺れる澄んだ瞳。かなり急いできたのか、呼吸が荒い。

「リズ……?」

 滲んだ視界の先で、少女が頷いた。

「もういいよ……もう、ライトは傷つかなくていいんだよ」

 ――どういうことだ?

 問おうにも、意識が遠ざかっていくのが分かる。

 鮮明さを失っていく視界の中で、弱々しい笑みだけが見えた。

「私が、ライトを守るから……ッ!」


 その言葉の意味も、心の奥底から滲むように生まれた不安も、意識と共に闇に飲み込まれていく。

 それでは、いけないと分かっているのに。

 

 気が付いた時には医務室で寝ていて、保険医から許可をもらってそのまま家に帰った。そのころには、もう学院は閉まっていたから。

 翌日、他の生徒が話しているのを聞いたところ、サイは何とか一命をとりとめたらしい。『土神』の一撃が、直撃する寸前で僅かにその勢いが弱まったのだとか。主人だということを、あのゴーレムは無意識のうちに認識したのかもしれない。

 そうして、まるで何事もなかったかのように、その日は過ぎていった。

 しかし、たった一つだけ、ライトの近くから失われたものがある。

 リズが、彼の近くにいないのだ。結局その日彼女に会えず、その更に翌日。

 

 ――ライトは、フレッドと話しながら歩く、リズの姿を見た。


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