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白狼と少女━10

「――イルミナ!」

 バスクは倒れた少女に駆け寄る。といっても脚がまだ完全に動くようになったわけではない。膝がうまく曲がらず、数歩歩くごとに転びそうになる。それでも、全力で走った。

 抱き起すと、少女は痣の残る顔で小さく笑った。

「私、上手く魔術使えてたかな?」

「……あぁ、よくやった」

 頷き、先の戦闘を思い出す。

 ウィルとラオの投げた樽から噴き出した水。あれはイルミナが魔術によってその体積を増やし、男に纏わりつかせたものだ。結果として男はバスクを見失い、その間に反撃することができた。

「――はは、父の役目が取られてしまいましたな」

 遅れて駆けてきたウィルも、ようやく二人の元へたどり着いた。イルミナの隣にしゃがみ込み、「よく頑張った」と、愛おしそうに娘の頭を撫でている。


「すまない……守るなどと言っておきながら、彼女に怪我をさせてしまった」

「いえ、バスクさんのせいではありませんよ」

 謝罪に対し、それを否定するウィル。この策を提案し、娘を危険に巻き込んだ張本人であるにもかかわらず、彼はそれを責めようともしない。

 実力が足りなかった。彼女を守り切れなかった理由はそれしかない。バスクを助けようとしなければ、彼女はこのような傷を負うことはなかったのだから。

「それよりも、今の内に早く村の外へ」

「あぁ、分かっている」

 バスクは門の向こう、アンデッドの群れの方に顔を向ける。

 吹き飛んできた赤いローブの男に巻き込まれた死の集団は、門の辺りを中心に、彼の発する冷気の鎧によって凍り付いていた。今ならばその間を抜け、妨害を受けることなく脱出できる。狙い通りに事が進んだことに、バスクは安堵の息を吐いた。


 イルミナはウィルが背負い、四人は門へと駆ける。先頭はバスク、そしてウィルとイルミナ、最後にラオと続く。

 あの男は凍り付いたアンデッドの群れの中にいるのか、姿が見えない。バスクは走りながら、自らの凍傷になりかけた右腕に目をやる。

 渾身の一撃。それをまともな防御もとらずに喰らったのだ、たとえあれほどの実力であれ相当なダメージを負っているはずだと確信していた。今までの経験からそう判断した。

 だが、この時彼はまだ気が付いていなかった。いや、赤の教団という集団がほとんど知られていなかったのだから、無理はない。だが、この事実に気が付いていれば迎える未来は変わったかもしれないのだ。

――彼らの身体能力は、常識で測れるようなレベルではない、と。


「――なッ!?」

 彼らの進む道を塞ぐように、屍を吹き飛ばしながら出現したもの。それは、いくつもの巨大な氷柱だった。バスクは砕き突破しようと考え再び拳を硬質化するも、後ろから聞こえた少女の悲鳴がそれを中断させる。

 振り返れば、最後尾のラオがゆっくりと倒れるところだった。

 その背後に、まるで幽鬼のように佇むあの男。右手には赤く染まった刀が握られている。

「化け物が――ッ!」

 唸り、イルミナ達を守るべく走り出す。しかし、距離としては男の方が彼らに近かった。イルミナを傷つけるを案じてか、男は刀を使わなかった。無造作に振るわれた腕が、二人を吹き飛ばす。バスクの目に、咄嗟にウィルがイルミナを庇ったのが見えた。

 自分の認識が甘かった、とバスクは心の底から後悔する。あの男は周りで転がる屍よりも不気味だった。あれほどの攻撃を受けていながら、そのダメージを気にしている素振りすら見せない。明らかに、異常だ。

追撃に掛かろうとする男の前に、今度こそバスクは割り込むことに成功する。正面から拳を腹に叩き込み、沈んだ上体へと組んだ両拳を叩きつける。

だが――。

 何か冷たいものが、骨を軋ませるほどの力でバスクの腕を掴む。

 死人のように血の温もりを感じさせない五指が、硬質化したにも関わらずバスクの左腕に食い込んでいる。振りほどく間も与えずバキバキと凍結されていく腕を見てさえ、バスクにはこれが現実だと思えなかった。


「――お父さん!」

 遠くで、イルミナの叫ぶ声が聞こえる。倒れたまま目を開けぬ父を、嗚咽交じりに呼ぶ声が。


――お前は、また失いたいのか?


 どこからか聞こえる、自分の声。頭の中で生まれたそれは、痛みを伴って反響する。

 脳裏に浮かぶは、貴族たちに奴隷として使われていた時の記憶。幼いころ刻み込まれた、血と暴力に塗れた忌まわしい映像だ。

 飛び交う怒声、そして嘲笑。限界をこえて尚その体を酷使させられた仲間たちは、一人、また一人と倒れ、もう二度と動くことはない。見知った者も、話したこともない者も、次々に消えていく。


「嫌だ……」

 掠れ、ともすれば呼気とも間違うような呻き。一瞬バスクはそれが自分の漏らしたものだと気が付かなかった。

「これ以上は……もう……」

 ならば、どうするか。


――壊せ。


 心の中にわだかまる、どす黒い感情。かつての自分が持っていたものだ。しかし、やがてその愚かさに気付くことで抑え込んだ――はずだった。

 それが今、忌まわしい記憶と共に、溢れるような勢いで心を満たしていく。


――お前にできるのは、壊すことだけだ。忘れたのか? あの憎しみを。晴らすことのできなかった恨みを。


「そんなはず……だが、俺はもう……」


――守る? お前は何も守れていないじゃないか。


 痛いところを突かれ、その苛立ちに歯をむき出す。

 イズン、ラオ、そして今、ウィルを失おうとしている。このままではイルミナもそうなるかもしれない。

何かが、自分の中で嗤う。偶然か、その声は自分を物としてしか見ていなかったあの貴族と同じことを言った。


 両親が貴族に連れて行かれ、戻らなかった日。怒りのままに暴れ、まだ未熟だった自分は連れてこられた傭兵に痛めつけられて簡単に取りさえられた。そんな身動きができない自分を前に、その貴族の男が言った言葉。


――結局、お前は負け犬なんだよ。


 瞬間、何かが闇に飲み込まれるのを感じた。


 ●


 イルミナは、一心に父の名を呼び続けた。喉を枯らすほどに叫んだ。

 時に優しく、時に厳しく接してくれた父の顔が浮かぶ。しかし今、彼は何度呼びかけても目を開けない。何かの魔術によるものか、氷が少しずつ父の体を覆っていった。

 不意に、何かが背後に立つ気配を感じ、振り返る。

 少女の目に映ったのは、半分が腐り落ちた顔。アンデッドだった。気付けば、自分の周囲を囲むようにして死者が集まり始めている。男の冷気で凍らされていなかった〈ゾンビ〉達だ。

 目の前にいる女の屍が、慌てて銃を構えようとするイルミナにのしかかった。生者への憎しみが、万力のような力となって首を絞める。

「……ッ!? この――!」

 咄嗟に引き金に掛かる指に力を込めた。照準を合わせる余裕もなかったが、運よく弾丸は女の頭部を吹き飛ばす。

 しかし、問題はそこからだった。力を失った肉体が、イルミナを覆う形で倒れてきたのだ。

 必死に押し返そうとするが、魔術が使えても所詮は幼い少女。あっけなく地面に押し倒される。その拍子に銃が手から零れてしまった。

 しかも目と鼻の先に、次のアンデッドが今にも喉笛を食いちぎろうと迫っていた。

 

 もうだめだ、と迫りくる恐怖に少女が目を瞑った、その時。

 耳を塞ぎたくなるような、肉を打つ湿った音が聞こえた。

「……え?」

 目を開けると、アンデッドの額から槍の穂先が飛び出していた。どさり、と崩れ落ちる死体の代わりに見えたもの――それは、緑色の隊服に身を包む男だった。

「おい、大丈夫か? ここで何が起こってるんだ」

 上の忌々しい屍を退けると、男はイルミナの顔を覗きこむようにして見る。不機嫌そうな面をした、壮年の男だった。

「あ……」

 突然のことにうまく言葉が出ない。

 男の視線がちらりとウィルの方に移った。それだけで得心が言ったのか、小さな舌打ちが聞こえる。

「クソが……どうも間に合わなかったらしいな」

 安心させるためか、男が厳めしい相好を崩し微笑む。

「もう大丈夫だ。君の安全は、俺達王国騎士が保証しよう」

「王国……騎士?」

 問いかけに、男は大きく頷く。その背後、同じような格好の男達がアンデッドと格闘しているのが見える。数にして六人。

 助かったのだ、という安堵が吐息となって漏れだした、瞬間。


 突如、聞いたこともない叫びが後ろから響いた。物理的な威力を持つかのようなそれは、叩きつけられるたびにイルミナ達の体を震わせる。

「ッ!――何だ!?」

 騎士が視線を巡らせる。

 だが、イルミナにとっては見るまでもなかった。

「バス……ク……?」

 探せば、確かに離れた場所に彼の姿が見える。だが、そこにいつも見るような自信に満ちた彼はいなかった。

 獣が、そこにいた。


 凍り付いた両腕を気にも留めず、ただ壊すためだけにそれを振るう。それは、赤いローブの男をたじろがせるだけの威力を秘める。あの男もかろうじて躱しているようで、時折掠めた爪がローブの生地を裂いた。

 あっ、とイルミナが声を上げると同時、男が反撃に移る。一度大きく後退し、左手を大地に当てた。生え出た氷柱がバスクの右肩と左足を貫く。

 だがそれでも猛獣を止めるには足りなかった。

「オォオオオオオオオ!」

 傷口から血液が勢いよく吐き出される。バスクが全身に力を込めたのだ。

 氷柱が堪えられなくなり、刺さった箇所があっけなく折れた。

 男を殴り飛ばし、同時、バスク自身も四肢を使いしなるように跳躍する。宙で男に追いつくと、その体にさらなる打撃を加えた。


「あれは……」

 呆けたように呟く男の元に、若い騎士の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ハーネスさん! 間違いありません、あれは我々の討伐対象である獣人です!」

 その報告を耳にし、ハーネスという男のバスクを見る目が鋭く細められる。

「まさか、あいつが――」

「待って、違うよ! 悪いのはバスクじゃない!」

 騎士たちの考えが誤った方向に向かっているのを感じ、即座に否定する。

「悪いのはあの赤いやつだよ! あいつがお父さんや村の人を――」

 誤解を解こうとした言葉は、再びの咆哮に遮られた。荒々しく、恐ろしいまでに暴力的。それは熟練された騎士たちの身を竦ませるほどのもので、当然少女もそれ以上の恐れを抱いた。


 しかし、違う。

 怒り、敵意、殺意、憎悪――。

 その中に、イルミナは僅かながら別の感情を感じ取った。

 嵐に激しく波打つ海原の、その奥深くの暗い海底。静かではあるが光の刺さないそんな場所で、小さく揺れる感情。

 怯えだった。

 奪われることを恐れ、失うことを拒み、救えなかったことを後悔する。いつもは見せないあの獣人の弱さを、そこに見た気がした。

「――バスクも、同じなんだよね」

「なっ……おい!」

 駆けだした少女を止めようと、慌ててハーネスが手を伸ばす。しかしその手は空を切った。


 気が付いたら体が動いていたのだ。何も、少女に彼を止められる確信があったわけではない。ただ、自分が止めなければと、そう思っただけだった。

「今度は……私の番だよ」

 イルミナは大地を蹴る脚に力を込める。

 村の者の偽りの感情に怯え、彼らに従うことが正しいのだと考えていた少女。

 そんな彼女を励まし、味方だと言ってくれたバスク。しかし彼も同じように苦しんでいた。目の前で大切な人が奪われていくのに、それをどうしようもできない己に不甲斐なさを感じていた。

 彼に守ってもらうということは、その苦しみを再び味わわせるかもしれないことを意味していたのだ。


 目の前で、ずたずたに変わり果てたローブを纏った男にさらなる一撃が加えられる。見舞われた拳は容易く男の体を吹き飛ばし、既に氷塊へと変わり果てた家屋に轟音と共に叩きつけた。衝撃で家屋が崩れ、辺り一帯に礫となって降り注ぐ。

 だが、バスク自身もかなりの深手を負っていた。血と氷に覆われた体は直視できないほどに痛々しい。既に言うことを聞かない左足を引きずりながら進むその姿は、一見すればアンデッドのようだ。

 そんな彼に、迷うことなくイルミナは飛びつく。突然のことに驚いたのか、その巨体がびくりと揺れた。その機を逃さず、叫ぶ。

「バスク、もういいよ……もう、いいから」

 もし彼の攻撃に巻き込まれようものなら、この少女は一瞬にしてその命を失っていただろう。だが、不思議と彼女にそんな恐怖はなかった。

「イル、ミナか……?」

 荒い呼吸を繰り返す口から、か細い声が漏れる。目には僅かに理性の色が戻っていた。

 だが、まだ歪な感情はそこに色濃く残っている。

「駄目だ……あの男を殺すまで、俺は――ッ!」

「そんなことしたら、バスクが死んじゃうよぉ!」

 イルミナの叫びも聞かず、再び男の方へと進もうとするバスク。

 しかし不意に、その肩に少女のものとは別の手が乗せられた。

「――私からも、止まっていただけるようお願いしてもよろしいですかな?」

「ッ!?」

 その声に、獣人だけではなくイルミナも驚いた顔で振り向く。

 そこには、ハーネスの肩を借りて立っているウィルがいた。それを護衛するようにして、他の騎士たちの姿も見える。

 ウィルは苦しげに浅い呼吸を繰り返し、その眼は僅かに焦点が合っていない。しかし、その顔には小さな笑みが浮かんでいる。

「ここであなたが死んでしまったら、誰がイルミナを守るのですか……?」

 その言葉に反応したのは、バスクではなくイルミナ。言外に込められた意味を鋭く察し、表情を強張らせる。

「そんな……嫌だ! お父さんも一緒だよ!」

 そんな娘にも穏やかに微笑むだけで、何も言わずに再びバスクへと視線を戻すウィル。その柔らかにも思える視線には、しかし有無を言わせぬ力があった。

「私からの最後の頼み――どうか、聞いてはいただけませんかな?」

 イルミナは、ぎりっ、と何かが擦れる音を聞いた。それはバスクが葛藤に歯を擦ったものだと、彼が絞り出すような声で「分かった」と頷いた後に知った。

 その笑みを深め、父は娘へと向き直る。

「いいかい、イルミナ……これからはバスクさんの言うことを、ちゃんと聞くんだ」

「……お父さんは?」

 今にも泣きそうな顔で、少女が問う。自分が望まない答えが返ってくるだろうと知っていながらも、もしかしたら、という一縷の望みにかけて。

「心配ない……母さんと一緒に、ずっとお前を見守っているよ」

 そう言って騎士から手を放し、ままならない体でどうにか屈むと、イルミナを胸に迎え入れる。そして伸ばされた彼の手が、愛おしそうにイルミナの頭を撫でた。母から譲り受けた、羽の形をした髪留めが小さく揺れる。

 そこまでが、少女にとっての限界だった。

 くしゃ、と歪められた顔から、堰を切ったかのように涙が頬を伝っていく。

「嫌だ……嫌だよぉ……」

 泣きじゃくる我が子につられたのか、ウィルの目からも一筋の雫が流れた。

「ごめんなぁ……どうか――どうか自由に、お前の選んだ道を、強く、生きて……」

 声は、ここで途切れた。

「ぁ――」

 腕がイルミナから外れ、力を失った体が、ゆっくりと傾いていく。

「っと!?」

 慌てたハーネスが何とかその体を支え、そっと地面に横たえる。

 苦しみから解放されたその男の表情は、相変わらず微笑んでいるようにも見えた。


「――ハーネスさん、あれを」

 近くにいた騎士が村の方を指さす。警戒を伴うその声にハーネス達が視線を向けると、三つの影が彼ら目掛けてゆっくりと進んでくるのが見える。

 茶褐色の体毛で覆われた胴体。そこから伸びる四本の逞しい脚の先に生え出た、鋭い爪。真っ直ぐに彼らを見据える黄色の目は、飢えによるぎらぎらとした光が湛えられている。

「〈サーペント・ウルフ〉……狼型モンスターの高位種じゃねぇか。死肉の臭いでつられてきたのか」

〈サーペント・ウルフ〉は戦闘能力において決して侮ることのできない高位種。さらに、村を囲んでいたアンデッドもその後ろを従うようにして彼らの元に迫ってきている。戦うよりも逃げる方が賢い。

 おそらく部下に撤退の指示を出そうとしたのだろう。ハーネスが息を吸い込み、部下たちの方を向く。しかし、その目が呆れたように細められた。

「馬鹿か……何をやってんだよ」

 溜め息を吐き、迫る狼に向かって踏み出そうとしていたバスクの胸を、彼は槍の石突で小突く。あまり力は入れてなかったようだったが、それだけで巌のような巨躯はよろめいた。

「この脚で逃げきるのは難しいだろうからな。お前たちのために時間を稼ごうと思っただけだ」

「俺達にこの子を預けて、か?」

 ハーネスの言葉に、イルミナの表情が固まる。バスクが何を考えているのかを理解したのだ。しかし口を開いたのはハーネスの方が早かった。


「またその子を泣かせるつもりか? これ以上罪を重ねるなよ」

 ひらひらと手を振り、ハーネスは前へ――アンデッドの方へと踏み出す。

「なっ!? お前……」

「うるせぇ、やりたくてやってんだ。だから気に病む必要はねぇぞ」

 最初は呆気にとられたようにその男の背を見ていたが、ようやく決心してイルミナの方へと急ぐ。俯く彼女を抱きかかええると、その小さな手は強くバスクの体に巻き付いた。

「バスクの……馬鹿」

「……すまない」

 痛みと疲労で上手く動かない足に鞭打つ、走る。ふと、これだけは言っておかなければならないと思うことがあった。

「イルミナ」

「……ん」

「あれが、お前の憧れた王国騎士だ……カッコいいか?」

「……バスクよりも」

 その答えに、思わず苦笑を漏らした。

 

 ●


「さて、と……」

 ハーネスは槍を首の後ろに回す。数十メートル先には死の集団。

 だが、彼が目に見据えるは〈サーペント・ウルフ〉のみ。緩慢な動作で進む〈ゾンビ〉達ではたとえ獣人が負傷していても追いつけないからだ。だから、特に気にする必要はない。

 身体能力の強化魔術を行使するために精神を集中させる――前に。


「お前らも、行っていいんだぞ?」

 振り向くこともなく、後ろで佇む部下たちに告げる。彼らも一様に武器を構え、戦闘態勢をとっているのだろう。そして、顔には自分と同じ覚悟がある。

「あんなの見せつけられちゃあ、ねぇ?」

 若い騎士が苦笑し、その隣の騎士も頷く。

「俺もあれくらいの子どもがいるからなぁ……」

 声が僅かに掠れている。もしかしたらその目には涙も浮かんでいるかもしれない。

「まぁ、もっと早く来てあげていれば、って後悔もありますし」

 そう言って、全員がハーネスの横に並ぶ。

「はぁ……今更、引けと言っても聞くわけねぇよな」

 深々と溜め息を吐くハーネス。その顔が上げられたときには既に、強化魔法を全てかけ終っていた。


「――総員構え! 我らが騎士の誇り、死肉を漁る獣ごときには折れぬことを示せ!」

 叫ぶ騎士達。

 

 たとえそこに勝機がなくとも。

 たとえその先に未来がなくとも。

 彼らは信じ続ける。

 それがあの二人の、さらにはもっと多くの人々の笑顔を守る行動であったと。

 


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