─8─
「あら? あんた達は逃げないの?」
ドラゴンの上のアルカが僕たちを見つけた。
そっちの出現位置が近過ぎなんです。
「逃げるに決まってんだろ!」
クロードが再び僕の手を引いて走り出す。
しかし、僕たちの進行方向をドラゴンの尻尾が塞いだ。
「ねぇ、折角だからいたぶられていってよ。なんにもないんじゃ暴れてもつまんないわ」
この人は何を言ってるんだろう。
「ちょうどこの子の餌の時間なのよね。いたぶった後は、それでいきましょ」
それってつまり、最終的には『殺す』ってことだよね?
「くっ!」
「やっちゃっていいわよ、青銅竜。ただし、まだ『待て』よ」
「グルルルルルル……」
あのアルカって人、ドラゴン……、青銅竜をまるで犬みたいに手懐けている。
青銅竜の尻尾が動く。
僕たちをなぎ払うつもりだ。
「くそっ!」
クロードが右手を上に振り上げる。
すると地面から巨大な石柱が出現し、青銅竜の尻尾を止めた。
「あら、『ストーンウォール』」
「今のうちだ!」
僕とクロードは青銅竜から距離を置いた。
「ふぅん、もしかしてあんた達ランバート魔法学校の生徒? ふふ、これは少し楽しめそうねぇ!」
「逃げようユトちゃん! あんなの適わない!」
「うん!」
「逃がすわけないでしょう!」
青銅竜が息を吸う。
口元から青白い冷気が漏れていた。
ーーコアアァァァァァ……!
冷気を帯びた風、いや、これはあの青銅竜の息だ。
地面が凍り付き、巨大な霜柱が立ち上がり私たちの四方を取り囲んだ。
「さて、どうするのかしら?」
この状況、上にしか逃げ場がないわけだが、当然それは相手も分かっているはず。わざと残したのだ。
「ユトちゃん、上に逃げよう」
「で、でもそれじゃあ!」
「罠なのは分かってる。だが、それを逆手にとってやろうぜ」
クロードには考えがあるようだった。
「ユトちゃん、出来るだけ俺の後ろに………」
僕は頷き、クロードの後ろに隠れる。
「行くぞ!」
クロードが右手を振り上げる。
すると、足下の地面が隆起し始め、いっきに僕たちを押し上げた。
ストーンウォールが僕たちの足下に出現したのだ。
「あら? 罠だということくらい分かってると思ったんだけど?」
霜柱の壁がなくなった所で青銅竜の爪が既に僕たちをねらっていた。
「分かってるぜ!」
クロードが更に手を上に振り上げた。
ストーンウォールは更にその高さを伸ばしていく。
青銅竜の爪は石の壁に傷を付けた。
「ふぅん……」
石壁はかなりの高度で止まった。
おそらくこの位置なら、青銅竜が羽ばたかない限り攻撃が届くことはないだろう。
ブレスは怖いが、あれは予備動作が大きいので見てから対処ができるはずだ。
「こっからなら、あんたも狙いやすい!」
クロードは右手を開き、空をひっかくようにしてなぎ払う。
五本の石の槍が形成され、その全てがアルカに向かって収束するように飛んでいった。
「キャアアアア!」
石の槍は全てアルカに命中した。
「どうだ!」
二人して下をのぞき込む。
倒せた……、のだろうか?
「なーんてね」
「なっ!?」
アルカは石槍を埃か何かのように手で払いのけた。
「マジかよ! 確かに全部当たったはずだぞ!」
「ええ、当たったわ。でも残念。私、体だけは丈夫なの」
「うそ……」
アルカの体には傷一つついていなかった。
「ほら青銅竜、『よし』。餌の時間よ」
「グオォォォォォォ!!」
青銅竜が両翼を広げ飛び立つ。
「言っとくけど、もう遊びじゃないから」
青銅竜が石柱を引っ掻く。
いや、それはもうそんなレベルじゃなかった。
ーースパン!
石柱は綺麗に真っ二つに斬れたのだ。
石柱の上に立っていた僕たちは、斬れた石柱と共に落下していく。
その下には大きな口を開け、待ちかまえている青銅竜。
「くっそ! こっちは苦手なんだよ!」
クロード君が手を振ると、唐突に横風が吹き僕たちを吹き飛ばした。
「あら風魔法? 土特化って訳じゃないのね。でも安定してないわね」
青銅竜の尻尾が動く。
「うぐっ!」
尻尾は確実にクロード君を捉えた。
彼はそのまま地面に叩きつけられる。
「ク、クロード君! わっわっ!」
ーーガサガサササ!ベキ!
僕は公園の木の上に落下した。
木の枝がクッションになって衝撃は和らいだ。
でも、体中が痛くて泣きそうだ。
僕は体をなんとか起こした。
「あらあら、そっちの役立たずの方が元気なの? つまらないわねぇ。立った方をいたぶろうと思ってたんだけど。あんたすぐ壊れちゃいそうだし? あっはははは!」
少し離れたところにクロードの姿が見える。
生きてるかどうかわからない。
「クロード君!」
名前を呼んでみるが、彼からの返事はない。
「あらあらあら、情けないの。あんたも魔法学校の生徒なんでしょ? もう少しなんとかならないの?」
「クロード君!」
「ああ、うっざ。そいつは殺してないわよ。青銅竜は死肉は食わないのよ」
「死んで……ない……?」
「そうよ。満足? じゃ、あんたから死ね!」
ドラゴンの爪が僕に向かってくる。
そうか、死んでないのか。
それなら多分気を失ってるだけなんだね。
でも、急がないといけない状況には変わりない。
今こそ使うときだ。
今しかない。
今使わなければ意味がない。
とりあえず、あのアルカって女に攻撃するのは後回しだ。
あのでかくて邪魔な蜥蜴をぶっ飛ばす。
“ドラゴンにも負けない力を!”
ーーガッ!
その音はアルカにとって、とても理解しがたい音だったろう。
青銅竜の腕は何かに引っかかって止まっている。
それが、自分が先程役立たずと言い切った相手なら尚更だ。
青銅竜の爪は僕の左手一本で止められている。
「な……、な、な!?」
アルカの表情が驚きと忌々しさとが混ざり歪む。
「なんなのよあんた!? なんの魔法使ったらそうなんのよ!」
アルカから先程までの余裕に満ちた口調が消えた。
「ひーみーつ!」
と、挑発の意味も含めてぶりっこしてみる。
我ながら気持ち悪い。
でも挑発としては効果あったようだ。
「ざっけんな! このクソビッチがぁっ!」
酷い言われようだ。
でも時間がない。
制限時間があるからだ。
受け止めていた爪を引き抜き、手を弾くと、青銅竜の腕が鞭のようにしなり、大きく仰け反る。
ドラゴンの体は強固な鱗に覆われている。だがここ。腹部に鱗はない。ここも確かに強靱な筋肉がついているのだが、鱗よりはるかに柔らかい。
そこめがけて下から拳を一発。
青銅竜の巨体は僅かながら宙に浮く。
ぶっ飛ばしはしない。
ちょうど蹴りやすい位置に浮かせ、もう一発、殴ったところと同じ所に足刀蹴りをぶち込む。
ハグベアのようにはいかないけど、青銅竜が吹っ飛んだ。
巨体が木々を薙ぎ倒しながら転がっていく。
「せ、青銅竜! しっかりしなさいよ! あんなクソガキにしてやられたままでいいの?!」
アルカは必死に青銅竜を起こそうとしているようだ。
そうはさせない。
アルカとの距離はかなり開いていたが、今なら一瞬で詰められる。
「青銅りーー!」
間合いを詰め、引き抜いた青銅竜の爪でアルカを斬りかかる。
ストーンウォールを真っ二つにした爪だ。生身の人間が受ければ致命傷は免れない。
「ーー!?」
悪い予感は少しあったんだ。
だからこそ、僕は彼女に攻撃できたのかもしれない。
アルカがクロードの魔法を受けたとき、全く避けようとしなかった。
あれは避ける必要がなかったからだ。
体が丈夫だと彼女は言った。
本当にそんな事で?
今、ドラゴンの爪を振りかぶった瞬間、彼女の口元が僅かに上がっているのが見えた。
アルカは絶望してはいない。
虎視眈々とその時を待っていた。
ーーカァン!
「ーーっひ!」
ドラゴンの爪が弾き飛ばされる。
「っひっひっひ! あーっはっはっは!」
「うっ!」
アルカの腕が僕の首を掴む。
「ばかばかばかぶぅわぁーかっ!」
アルカの愉悦に浸る表情。
「殺せると思った? ねぇ思ったの? ねぇ、ねぇ、ねぇ?!」
アルカの腕を引き剥がそうと試みるが、まるで動かない。
ドラゴンを軽く吹っ飛ばせる力を持ってしてもだ。
「青銅竜の爪を受け止めたときにはヒヤヒヤしたけど、思わなかったの? 私がドラゴンなんかより遥かに強いって? なんで私がドラゴンを従えてるか考えなかったの? ばか、ばかばかばかばかっ!! 調子のんじゃねぇぞ!!」
「……くっ!」
「苦しい? 死ぬ? 死んじゃう? 死ねよ。今死ね! すぐ死ね! ここで死ね!!」
アルカが手に力を入れる。
このまま僕の首をへし折るつもりなんだろう。
「……かはっ!」
僕が馬鹿だった。
多分……、いや、このアルカって女は……。
「ん? あっ、そっかぁ! そうかぁ!」
アルカが何かに気付いたような素振りを見せる。
「あんた、私と同じ匂いがする」
匂い?
「なん……の……」
アルカが顔をぐいと僕に近づけニタリと笑った。
「あんた『転生者』ね?!」