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いちゃいちゃ回。
早朝。
修学旅行最終日は、丸一日かけての列車の旅。
昨日の会食の疲れと、現在の時間も合間ってみんなぐったりしている。
「よし、各班班長報告しろ。居ない班員は居ないな?」
駅のホームに先生の声が響く。
「そして班員報告しろ。居ない班長は居ないな?」
先生の問いかけはうちの班に向けられたものだろう。
全ての視線がうちの班長へ向けられた。
「お、俺を見るな! 俺を!」
幸い、この班の班長は僕らの目の前に立っている。
「よし、全員いるな? ならばさっさと乗れ! 乗らなくても構わないが、そのあとは自己責任だ!」
みんなが順序よく列車に乗り込んでいく。
「いいか? 出発したら後戻りはできないぞ! 忘れ物はないな!」
もう帰るだけ。
列車がゆっくりと動き出す。
とても長かった修学旅行の終わりだ。
◇
「ユトー!」
それは駅から出た途端だった。
日はすっかり落ちて真っ暗。列車も一日の仕事を終え、車庫に戻ろうかという時間。
「フ、フリア!?」
いきなり飛び付いてきたのはフリアだった。
「んもー! 三日間も会えなかったんだから、ユト分が不足しちゃって死にそうだったわ!」
「フリア……くるし……」
ぎゅーっとハグしてくれるのは嬉しいけど、力が強すぎだよ……。
つぶれ……。
「やだ。離さない!」
「ほ、ほら、みんな見て……ふぎゅ!」
フリアはさらに力を強める。
「そんなの知らない!」
いやいやいやいや、なんかみんなの呆れと憐れみにも似た視線を感じるんですけど。
「さあ! ユトはお持ち帰りよー」
「あ、ちょっと!」
僕はずりずりとフリアに引きずられていく。
「ユトちゃん、また学校でな!」
クロード、そんな笑顔で手を振らないで!
「私たちも帰りますわ」
「さよならですよユトちゃん」
ロザリーさんとカンナちゃんも帰っていく。
「……」
「……」
「……」
「……ト」
「ユトちゃんまたな!」
爽やかな笑顔でそう言いい、トーヤ君も去っていく。
のわあぁぁぁぁ!
逃げられたー!
「私たちも帰りましょ! ユト!」
「は、はい……」
◇
帰ってきた。
ランバート魔法学校の寮。
三日間だったけどとても久しぶりのような気がする。
やっぱり自分の部屋が落ち着くね。
「で」
「ん?」
「なんでフリアはここにいるの?」
「なんでって、当然でしょ?」
「当然じゃない!」
「えー」
「えーじゃない!」
「うー」
「うーでもない!」
「おー」
「怒るよ?」
「なによ! 修学旅行の思い出話くらい聞かせてくれたっていいじゃない!」
あー、そういうことか。
「だったら最初からそう言ってくれたらいいのに」
「だってユトをからかうのが楽しくて!」
この人は……。
「でもちょっと待って。疲れたからシャワー浴びてくるよ」
「はーい、待ってるわね」
僕は着替えを準備してシャワー室に向かう。
シャワーだけなら各部屋にあるから、フリアをあんまり待たせることもない。
さっと流してさっと出よう。
シャワー室は狭くて少し身動きは取り難いけど、『僕』がここに来てからは最初以外シャワーばかりだったから慣れたもんだ。
だってほら、大浴場だと他の人がね。
……まぁ、修学旅行初日の温泉で目の当たりにした以上、今さらって気もするけれど、男の遠慮というか、いやまぁ、体は女なんだけど……、あー、んっと、この思案は訳がわからなくなるからやめよう。
とにかく早く済ませて出よ……。
「ユト、私も一緒にシャワー浴びるわね? 時間がもったいないし」
「ふあ?」
シャワー室の戸があいて一糸纏わぬ姿のフリアが入ってくる、
「え、あ、フ、フリア?!」
慌てて自分の目を隠す。
「なに恥ずかしがってるのよ。っていうか、それだとユトの方が丸見えよ?」
「ひゃっ!?」
急いで手の位置を変える。
「んもう、なに恥ずかしがってるのよ。小さいときはよく一緒に入ったじゃない?」
昔の記憶がよみがえる。
これは孤児院にいた時の記憶だろう。
僕もフリアもまだ小さく、二人で楽しげにお風呂に入っている。
「そ、それはそうだけと……」
本当のこと言うと、まあ、女の子の裸を見る見ないは温泉で諦めたところがある。
だから、百歩譲ってそこはよしとしよう。
だけど、最初に言った通りこのシャワー室はあまり広くはない。
「気にすることないわよ、ね?」
息がかかる位置からの声。
そう、狭いがゆえに二人の距離がほぼ無いのだ。
こんな場所で動こうものなら、どうあがいても体が触れてしまう。
逃げることも考えたけど、シャワー室の戸はフリアの後ろ。フリアがいるかぎりたどり着くことはできない。
詰んだ……。
「ほら、いつまでそうしてるの。風邪ひくよ」
フリアがシャワーを手に取り、それを僕に向けて蛇口を捻る。
「冷た!」
「ふっふっふ!」
「今風邪がどうとか言ったばかりだよね?!」
「ユトが風邪ひいたら付きっきりで看病してあげるわ! お粥作ったり、濡れタオル変えてあげたり、代わりにお洗濯したり、汗ばんだ体をすみずみまで拭いてあげたりー、添い寝したり、ね!」
看病してくれるのは嬉しいけど、なにやらねっとりとした下心のようなものが見えるのでちょっと嫌だ。
「……ふんっ!」
「あっ!」
フリアからシャワーを奪い取り、シャワーの温度を下げてフリアに向ける。
「ユト、冷たい!」
「お返し」
「んもう! 風邪ひいたらどうするのよ!」
あなたがそれを言いますか。
「フリアが先に……へっくちっ!」
「あれ……?」
「冗談はやめてちゃんとシャワー浴びようよ……」
「そ、そうね」
シャワーがようやくお湯になる。
これでとりあえず風邪をひくことはなさそうだけど……。
「んっふふー」
フリアは鼻唄混じりにシャワーを浴びている。
その姿はなんだか楽しそう? いや、嬉しそう、かな?
なんとなく、ぼーっと、フリアの姿を見ていた。
裸の女の子を凝視するのまどうかとは思うけど、いやらしい気持ちはこれっぽっちもなくて……。
「ほらユトも……って、どうかした?」
「えっ? あ、なんでもない!」
慌てて顔を背ける。
「ははーん……」
フリアが意味深な笑みを浮かべている。
「な、なに?」
「さてはお姉さんの身体に見とれていたわね!」
「……」
具体的には違うけどある意味当たってるので言い返せない。
「え、当たりなの? ま、それならそれで嬉しいからいいけど! ほら、後ろ向いて。背中流してあげる」
「あ、うん」
フリアが後ろから僕の背中をタオルで擦る。
「……」
あれ、なんだろ。
これすごく落ち着く。
「かゆいとことかない?」
「うん、ないよ」
自然な会話。
自然な空気。
自然な仕草。
「ああ、そっか」
「どうしたの? ユト?」
「うん、小さいときもよくこうしてもらったなと思って」
「そうね。ユトはあまえんぼさんだったから、ね」
「そ、そんなこと……!」
小さなプライドが否定しようとしたけど。
「あるね……」
それは無駄な気がした。
「あらら。素直だね?」
「そうだね。たぶん」
フリアとの思い出はいくつもある。
楽しいときも、嬉しいときも、悲しいときも、寂しいときも。
思えばいつも一緒だった。
僕とフリアは孤児で、きっと心に同じような深さの穴を持ってるから、分かるし、分かってもらえる。
だから心地いい。
安心できる。
「ねえ、フリア」
「なあに?」
「今日一緒にねよう?」
「ええっ?!」
驚いたフリアがタオルを落とした。
「だめ?」
「い、いやいや、全然ダメじゃないわよ!? むしろ私は添い寝する気満々だったし! っついうかどうしたの今日、ほんとに」
「どうしたのかな。なんだか……」
たぶん、不安なんだ。
この修学旅行の間にいろいろありすぎて。
どうしたらいいか分からなくて。
「うん、ちょっと甘えたいだけ」
「そ、そうなの?」
「……うん。あ、フリア、私先に出るね」
「え、うん、分かった」
フリアがスペースをあけてくれたので、僕はシャワー室から出た。
言っておいてなんだけど、本当は恥ずかしくなって思わず逃げ出しちゃったんだ。




