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「はあっ、はあっ……」
「早くついたろ?」
死ぬかと思った……。
トーヤ君の風で飛ばされた僕たちは、無事?にクラウス魔法学校の前に着地した。
「風の魔法って移動に便利だよね。覚えようかな」
ニキはけらけらしているけど、僕は二度とごめんだ。
「さて、とりあえずアルバートの様子を──」
「ああっ! 愛し君よ! 無事だったんだね!」
どこで待機していたのか、唐突に現れたアルバートが僕に抱きつく。
「きゃあああっ!?」
「ごふぅっ!」
思わず声をあげて殴り飛ばしてしまった。
っていうか「きゃあっ!」ってなんだ、「きゃあっ!」って……。
残念ながら大分板についてきたようで……。
「アルバートはやっぱりふわふわマンだねぇ。なんか心配して損した気分」
ニキが転がっているアルバートをジトリと見下ろす。
「フフッ……。情熱的な拳だったよ」
「あ、ごめんなさい……」
「さて……」
アルバートは体を起こすと、そのまま正座をした。
そして頭を地面に着け。
「アルシャマさん、君には本当に申し訳ないことをした」
え? え?
僕が困惑してオドオドしていると、呆れた様子でニキが口を開く。
「ああもう、ほんとクソ真面目なんだから」
「偽物とはいえ、僕が君に酷いことをしてしまった。僕が君を傷つけるなど、例え世界が滅亡しようともあってはならない話だ!」
え? つまり、偽物のアルバートが僕を誘拐しようとした事で謝ってるの?
「あ、あなたは悪くないよ!」
「いや、だめだ! 僕が偽物に不覚をとらなければ君に恐ろしい思いをさせずに済んだんだ! やはりどう考えても僕が悪い!」
それはそうかもしれないけど、同じ理屈ならそもそもアルバートを襲った偽物が悪いということになる。
「そうだ! 僕を殴るといい!」
「はぁ?」
「この憎き顔を思いっきり殴ってスッキリするといい!」
いやいや、何言ってるんだこの人。
さっき殴ったとき打ち所が悪かったんだろうか?
「Mか」
「ドMだよ」
「違う! これは僕なりのケジメの付け方だ!」
「思いを寄せてる相手に殴られることがか?」
「どのみち変態だよ」
「さあ! 殴りたまえ! さあっ! さあっ!!」
アルバートは歯を食い縛りながら僕に顔を近づける。
「で、でも……」
「さあっ!!!」
むー、そこまで言うなら……。
僕はアルバートから距離をとった。
彼には色々悩まされた。
この際だから本気で殴ってやろう。
『死なない程度に相手を吹っ飛ばせる力を!』
「いきますよ?」
「ああっ!」
助走をつけてアルバートまで走り、すれ違い様にアルバートの頬に向け右の拳を思いっきり振り抜いた。
バァンっと心地よいほどの乾いた音がして。
「ぶべらぼふっ!」
笑いを狙っているかのような悲痛な叫びが遠くへ吹っ飛んでいった。
それは十メートル……いや、二十メートル近く飛んで、ごろごろと地面を転がった。
「……」
「……」
トーヤ君とニキが唖然とその光景を眺めていた。
「ちょっとやり過ぎちゃった。てへっ!」
「み、見事な拳……だ。流石、僕の……アルシャマ……さん……」
その後アルバートがもう一度保健室に運ばれたのは言うまでもない。
◇
僕が誘拐されたという話は、トーヤ君、ニキ、アルバートだけの秘密とした。
保健室にアルバートを運んだ後、再び会食の場に戻ってきたのだが、そこは何事もなかったかのような賑わいの中にあった。
「あっ! ようやく帰ってきたんですか!」
「ユトちゃんてよく倒れるよな」
「そうですよ! 虚弱体質は改善しないとダメです!」
「でも、無事でよかったですわ」
「つうか、本当に大丈夫か? 無理はしてねぇよな?」
「大丈夫大丈夫」
苦笑いしながら答える。
「そういえば、あの変態紳士はどうしたんですか?」
「あー、ふわふわマンは保健室で寝てるよ」
「何故ですの? ユトさんを運んだ方がなぜ寝てるんですの?」
「ユトちゃんに変なことしようとして返り討ちにあったとかじゃないですか?」
ある意味合ってる。
「あれは見事に吹っ飛んだな」
「あー、ほんとほんと!」
「はは……」
「え、ほんとなんですか?!」
「ほほぅ、我らが班のアイドルのユトちゃんに手を出すたぁ見上げた根性だぜ……!」
クロードが手をパキパキとならした。
っていうか、いつの間に僕はアイドルになったんだろう。
「ふふっ、あの野郎ぶっ殺してやる! ですわ!」
「え?」
ロザリーさんのらしからぬ発言に一同が凍りつく。
「あら? 使い方間違えたかしら?」
いや、間違ってはいないと思うけど、なんだか意外だ。
というかロザリーさんなんかふらふらしてるけど大丈夫かな。
「ん? ロザリーちゃん、何飲んでるんですか?」
カンナちゃんもロザリーさんな異変に気付いたようだ。
「そこにあったジュースですわよ? あっ!」
カンナちゃんがロザリーさんからグラスをひったくり一口着けてみる。
「……これアルコールですね」
「え……」
なんでこんなところにアルコールが並んでるの?
「ああっ! お前らか!」
そのへレニー先生が現れた。
「それは私のだ! お前たちにはまだ早い!」
先生がカンナちゃんからグラスを取り上げた。
「って、ほとんどないじゃないか! 誰が飲んだ?」
みんなが一斉にロザリーさんを見る。
「あれぇ? なんれみなさんわたくしをみてるんれすの?」
呂律が回らなくなってきている。
あれだけで酔ってしまうということは、ロザリーさんは相当弱いみたいだ。
「先生?」
「……わかった。これは私の責任だ。エルスマストは私が面倒を見よう」
「せんせー? どこいくんれすの?」
「外で少し夜風に当たろう」
「まぁ! なんれろまんりっくな!」
ロザリーさんはにこにこしながら先生についていった。
「はぁ、最後の最後でロザリーちゃん……」
「にしても、明日はもう帰るだけなんだよな」
クロードがそんなことを呟いた。
この旅行を思い返すと、いろんなことがあった。
ありすぎた。
ユト・アルシャマとしての生活。
その裏での転生者嵐山優斗の運命。
使命。
それが僕に重くのしかかる。
アルカには明らかな敵意を向けられていた。
だから戦えた。
自分の身を守るために。
でも他の人はどうだろう?
話を聞く限り、確かに過去に過ちはおかしているようだけど、今は違う。
……と、思う。
僕に彼らを滅ぼすことができるのだろうか。
そしていくつかの不安。
トーヤ君が探している『ユウト』のこと。
今日、僕を誘拐しようとした何者か。
そして、世界の滅亡。
「ユト、表情が暗いよ? どうかした?」
前で手をひらひらさせながら、ニキが僕を見上げていた。
「なんでも……。ううん、ちょっとね」
多分一人では解決できないことなんだろう。
「お、相談に乗ろうか?」
「大丈夫、そこまでじゃないから」
とびっきりの作り笑いでそう答えた。
「ふぅん……」
巻き込めない。
簡単には。
誰であっても。
「それじゃあ、本当に困ったときに相談してね!」
「うん」
「それじゃあ、時間一杯までたのしもう!」
「そうだね!」
そうだ。
まだ、今じゃない。
まだ……。