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ポロリもあるよ!(よいものではない)
「……」
「そんなに警戒しないでくれたまえ。別にとって食おうというわけではないんだから」
アルバートは優しく微笑むが、彼には何となく苦手意識が強く、体の力を抜くことができない。
このままじゃ体の節々がいたくなりそうだ。
「……フフ、やはり引かれているのかな」
「わ、悪気はないんです」
最初ので苦手意識がついたのは事実だけど。
「ところで話ってなんですか?」
「ん? ああ、愛しき君とおしゃべりがしたい。ただそれだけだよ。今後、会えるかどうかも分からないからね」
「それ、誰にでも言ってるんじゃないですか?」
「まさか! アルシャマさんだけだよ」
アルバートはにこりと笑った。
「ふーん……」
「まぁ、これでも飲みたまえ。落ち着いて話そう」
アルバートはテーブルからジュースを取り上げ、僕に渡す。
それはオレンジジュースのようだ。
「安心したまえ。毒など入っていないよ」
ジュースをまじまじと見つめる僕を見て、アルバートが苦笑する。
流石にこれは失礼だった。
反省してジュースに口をつける。
「別れる前に、君のことをもっと知っておきたいんだ。いいかい?」
「答えられる範囲ならかまいま──」
あれ?
「どうかしたかい?」
アルバートが心配そうに僕の方を見ている。
「アルシャマさん?」
なんだろ……、急に、眠……。
「アルシャマさん!?」
「おいどうした!」
「先生! ランバートのアルシャマさんが急に! 保健室まで連れていきます!」
「ああ、頼んだぞジェルミー」
「はい!」
おぼろげな頭で最後に聞いた会話だった。
◇
「ああ、予定通りさ。約束は──」
揺れている。
ゆさゆさと。
時折高く跳ね上がり、体が軽く打ち付けられる。
目を開く。
薄暗い明かりのもと、人影がひとつ。
「ん……んん!?」
口が開かない。
口の中になにか詰められている?
手足も動かない。
縛られてるみたいだ。
「おや? 気付いたみたいだねアルシャマさん」
アルバートの声がした。
「かなり強めの薬を用意したんだけど……。馬車は多少揺れるから、仕方ないことだね」
「んーんんー?!」
薬だって?
ちょっと待って、訳がわからない。
なぜ彼がこんなことをする必要があるんだ?
「フフッ、ある人からのお願いでね。君を捕まえてほしいと、ね」
僕を捕まえる?
どうして?
なんのために?
「悪いけれど、理由は僕も知らないよ。誰に頼まれたかも言えない。まぁ、対価がとても魅力的だったからね。受けることにしたんだ」
僕はアルバートの何を知ってるわけではないけど、変わってるけどとても誇り高い人物のように思えた。
その彼を心変わりさせるような対価って、なんだろう。
「大人しくしていてくれたまえ」
ダメだ。
彼がどうしたかなんてことは今どうでもいい。
逃げないと。
手足のロープはほどけそうにない。
「無駄だよ。簡単にはほどけない。何より、僕が見てるからね」
あ、そうだ。
こういうときこそ能力!
『人並み外れた身体能力を!』
「…………」
あ、あれ?
おかしいな。
能力が使えない?
なんで?
「……」
時間切れ?
今日、能力を使ったか?
使った記憶はない。
それならどうして?
「おや? 急に大人しくなったね。諦めたかい?」
「……」
「いや、そういう訳じゃなさそうだね」
その通りだ。
けど、彼に僕が何をしようとしているかなんて……。
「フフッ、聞いてるよ?」
分かるわけが……。
「君の何らかの『能力』については」
「!?」
な、な、な!?
「残念だけど、君の手かせ足かせには細工がしてあってね。それでその能力を封じることができるらしい」
能力を封じる?!
神様からもらったこの力を!?
そもそも僕らみたいな転生者、転移者なんてのはこの世界にとっては異物だ。
まして神様から貰った能力なんて人智を越える代物。
それを封じるなんて、それこそ同等かそれ以上の……。
「……!」
え?
まさか。
僕以外の?
「そういうわけだ。諦めたまえ」
誰だ。
誰が……。
僕のことを知ってるのは、現時点で三人。
グリフ・ローウェル。
ルミリア・フェルデイン。
そして、トーヤ・サザナギ。
この三人だ。
けれど、多分トーヤ君はない。
アルバートを唆して僕を連れ出す意味が全くないからだ。
仮にトーヤ君であるなら、もっと簡単なやり方がいくらでもある。
それなら残りの二人は?
いや、彼らも同じだ。
面識はあるんだし、何だかんだ理由をつけて僕に会えばいい。
あれ?
それじゃあ怪しい人なんて……。
『君が行く世界にもそういった者が五人いる』
神様がそう言っていたのを思い出した。
そうだ。
この世界で目覚めたときに情報を整理したじゃないか。
この世界には、転生者、転移者が僕を含めて六人居るんだ。
アルカ・ラカルト。
グリフ・ローウェル。
ルミリア・フェルデイン。
トーヤ・サザナギ。
ユト・アルシャマ。
これで五人。
あともう一人、会ってない誰かが居る。
──ガッ!
急に馬車が止まる。
「どうしたというんだい?!」
馬車の外を見たアルバートの顔が歪む。
「追い付いてきたのか!?」
舌打ちをして外へ飛び出した。
そして次の瞬間、猛烈な風と炎が馬車の後部を吹き飛ばした。
「んんー!!」
「くっ!」
空いた所からアルバートが飛び込んでくる。
そしてどこからか刃物を取り出すと、僕の首に押し当てた。
「そこまでだ! それ以上抵抗するなら彼女の命はない!」
「んー!」
こいつは本当にあのアルバートなんだろうか?
彼がこんな下らない人間だったなんて……。
「出てこい!」
アルバートが叫ぶと、暗がりから大きな影と小さな影が現れた。
それはトーヤ君とニキだった。
「ユトちゃんを解放しろ!」
「そうすれば、こちらも悪いようにしないよ?」
「フフッ、笑わせないでくれたまえ。この状況、君たちは上からものを言える立場ではない」
刃が僕の首に食い込む。
「投降はしないか」
「ああ、とうぜ──」
「なら救済の余地はない」
その瞬間トーヤ君がアルバートの後に立っていた。
「は?」
──ゴトリ……
そんな音をたててアルバートの首が僕の目の前に落ちてきた。