─38─
虚像が消え、本物のアルバートが現れた。
「いくよ、アルシャマさん!」
アルバートが両腕を前に突きだし、手を開く。
僕の周りに小さな光の玉が出現した。
さっきより数が多い。
「わっ!」
またあれが来る!
僕は後ろに飛び退き、さらに距離をあける。
光は収束し、二つの光の玉になった。
「距離をあけてくれてありがとう」
アルバートは野球の投手のようなフォームで右腕を振り抜いた。
光の玉の一つがもの凄い速さで僕に向かってくる。
でもそれは見てから判断できる程度の速さだ。
光の玉は難なくかわすことができた。
ただ、アルバートの魔法がこれで終わる訳じゃないだろう。
「はっ!」
アルバートが腕を引く動作をする。
「!?」
背後にとてつもない殺気を感じ、僕は横に転がった。
その直後、僕の居た場所を光の玉が通過していった。
「ほらっ!」
戻ってきた光の玉をアルバートはもう一つの光の玉で打ち返す。
まるでテニスみたいに。
「そういう……」
だから距離をあけてくれて……なんて言ったのか。
確かにこれは間合いを詰められてるときには使いにくい。
それなら間合いを詰める!
打ち返した後、引き戻すまで時間があるはず。
その間に!
「いいかいアルシャマさん」
アルバートが左手を翳す。
「提示された選択肢を選んだ時点で」
その動きにもう一つの光の玉が追従する。
「君は完全に僕の術中だ!」
僕は強く地面を踏み止まろうとするが。
「そこは間合いだ!」
アルバートが左手を開き、光の玉が弾ける。
光の玉が散弾となり周囲に飛び散る。
誘われた!
どうしよう?
避けられない。
「くっ、そ!」
できるかどうかなんて知らない。
できなかったとして結果は同じ。
自棄だった。
右手を振り上げる。
それはストーンウォールの詠唱動作だ。
この状況、身を守るためにはそれしか思いつかなかった。
痛みに備え目を瞑る。
「った……!」
体に痛みが走る。
やっぱりだめだったか……。
「フフッ、流石だよアルシャマさん。あの状況から咄嗟にストーンウォールで防ぐなんて!」
「え?」
目を開けるとそこに石の壁があった。
「え、ええっ?!」
驚いて思わず声が出た。
「ど、どうしたっていうんだい?!」
アルバートも驚いた僕に驚いていた。
「は、え?」
な、なんでできたの?
ぶっつけ本番練習なしなのに。
「うそ」
腕をぐいと動かしてみる。
「…………」
結果、なにも起きなかった。
「……ま」
まぐれえぇぇぇぇぇっ!?
「フッ、僕も少し楽しくなってきたよ。君の立ち回り、状況をよく見て動いてる。弱いなんて謙遜だね」
「いやいやいやいや、まぐれ! まぐれだよ!」
「本来の力を隠し、相手の意表を突く。僕としては騙し討ちというものは好きではないけれど、強者を相手にするにはとても効果的な手段だ。見事な作戦だよ」
深読みしすぎっ!
ヤケクソなだけだよ!
「離れてるのが勿体ない。踊ろうか、アルシャマさん?」
アルバートはくるりと回って一礼をする。
「『ダンシングソード』」
すると、彼の周りに十本の光の剣が現れた。
どう見ても接近特化の魔法だ。
いや、あの長さなら中距離までいけるかな。
「舞え!」
アルバートが体を動かすと光りの剣がその動きに合わせて揺れる。
まるで輝くマントを翻しているように見える。
「わわっ!」
器用に剣を操り、身を翻すその姿は本当にダンスを踊っている様だ。
観客席からも歓声と拍手が起こり、立ち上がる人まで居る始末。
なるほど確かに、彼の舞う姿は綺麗で繊細でそれでいて力強さがある。
なんだか悔しいけど、魅了される人が居るのも頷ける。
でも僕は見とれている余裕がない。
アルバートのダンスは全て僕に向けられているものだから。
「ととっ!」
かわすのがやっとで反撃の余地もない。
魔法とはいえ剣だし受けることもできない。
「どうしたんだいアルシャマさん! 逃げてるだけじゃ、状況は変わらないよ!」
そんなことは分かってる。
「ほらっ!」
だから逃げるんだ。
「む!」
アルバートが動きを止めた。
「なるほど……」
木々の乱立した場所。
ここは観客席から確認することの出来たあの林の中だ。
ここまで逃げてきた。
「ここじゃうまく踊れないね。フフッ……」
とはいえ、ずっとここに居るわけにもいかない。
あの剣に対抗するには……。
えっと、なにか、なにかあったっけ……。
「集え……」
アルバートが光の剣に手を翳す。
「……そんなの、あり?」
剣が一つに収束し、一本の巨大な剣になった。
「アルシャマさん! 君なら避けてくれると信じてるよ!」
そんな信頼いらないよ!
「はあっ!」
大剣が横に振り払われた。
まるで草でも刈るみたいに木々が薙ぎ倒されていく。
ふざけた破壊力だ。
でも今しかない!
「……!」
倒れる木々に紛れ、アルバートとの間合いを詰める。
あの大剣、取り回しは悪いはず。
勢いよく振り抜いた今なら。
「どうか……」
指を二本立てる。
話に聞いただけの魔法。
使えるか?
指先に水が収束する。
いける?
「やあああっ!」
水は刃となった。
「アクアブレード!?」
アルバートに斬りかかる。
──カァン!
しかし、水の刃は途中で動かなくなってしまった。
いや、受け止められたのか。
そこにあったのは普通サイズの光の剣。
「すごいよアルシャマさん! 三属性も使えるなんて! 予想外だ!」
「偶然……、だよ。貴方こそ、ここまで読んでたなんて……」
「フフッ、あの大剣は大振りだからね。いつも保険で一本は残してるんだよ」
「……」
「本当に状況をよく見てるよ。魔法の狙いどころもいい。学年最下位なんて嘘みたいだ」
魔法に関してはまぐればっかりだけどね。
「でも、今度こそチェックメイトだよ」
アルバートは大剣に翳していた手を下ろす。
大剣は再び九つの剣に分離して僕を取り囲み、その切っ先を僕に向ける。
「ここからの打開策はあるかい?」
「……」
「どう?」
アルバートはにこりと笑う。
「参りました……」
ない。
もう何も出来ない。
『勝者はアルバート・ジェルミー!』
歓声が沸き起こる。
「アルシャマさん」
光の剣が消されたので、僕もアクアブレードを解く。
「いい試合だったよ」
「だといいけど……」
アルバートは首を横に振った。
「成績なんて関係ないんだ」
「……まぐれだよ」
アルバート苦笑する。
「アルシャマさん、もっと自分に自信を持った方がいい。たとえまぐれだとしても、出来たことには変わりない。出来ることなんだよ」
その言葉にはなんとなく救われた気がした。
まぐれでも出来た。
それは出来ることか……。
「そうかな……」
「ああ」
アルバートがぐいと僕に近付く。
「君はもっと、自分の可愛さと強さに気づいた方がいい」
ち、近い……。
それにしても、近くでまじまじと見てみると、きれいな顔だなぁ。
性格はあれだけど……。
「おや? 顔が赤いようだけど、大丈夫かい?」
「……!」
急いでアルバートから離れる。
「フフッ、本当に素敵だよ、アルシャマさん」
「う、うるさい!」
言い返す言葉が見つからず、そんな反撃しかできなかった。
「それじゃあ、今夜の約束、楽しみにしてるからね」
アルバートはしれっと手を振りながら去っていった。
「あー……」
そうだ。
そんな約束してたんだった……。
ちなみに、アルバートの性格などの参考にしたのは花マン。
これで伝わる方は、一緒においしいお酒が飲めそう。