─30─
体中が痛い。
呼吸も苦しくて、気分も悪い。
指一本動かない。
視界もぼやけていて最悪だ。
それに記憶も曖昧で、僕自身何をしていたのかよく思い出せない。
「おめでとう優斗君」
そんな中、剽軽な声がする。
「君は一人転生者を滅ぼした。今が約束の時だ」
ずいぶんと聞いていなくてはっきり言って忘れかけていた神様の声だ。
あれ? 割と最近聞いた気がするけど、まぁ気のせいか。
「……もしかして忘れてしまったの?」
忘れかけていたけど絶対忘れられない声だ。
だってこの神様のせいで僕は今こんな目に遭ってるんだから。
とりあえず忘れてないという事を伝えようと思ったけど、僕は声もまともに出せない状況だった。
「んん、そうか。とりあえず治そうか。まともに話せないんじゃこっちもやりにくいしね」
神様が指をパチンと鳴らすと、体の痛みは消え、不調だったところも調子がよくなった。
「あ、ありがとうございます……」
僕は立ち上がって頭を下げた。
「いいんだよ。君はしっかり使命を果たしてくれているんだから」
辺りを見渡してみると、ここはあの時と同じ真っ白な空間のようだ。
一帯真っ白なので正直同じかどうかなんて見た目では分からないけど、雰囲気というか、空気というか、そういう物が同じだった。
「それにしてもあんな抜け道があったなんてね……。私のミスだったよ」
神様は腕組みをして顔を伏せる。
ぼんやりだけど覚えてる。
時間制限を気にしないで能力を使い放題のあの状況。
ただ、やっぱりあの瞬間の僕は、確かに僕だけど僕じゃないような、よく分からない状態だった。
そういえば、初めてアルカ・ラカルトと戦ったときもそうだった。
僕らしからぬ言動には自分でも驚いたんだっけ。
「時間を止めてしまえば時間制限なんてあってないようなものだよね。それじゃ意味がないよ」
神様は顔を上げ、真面目な表情で口を開いた。
「私が君の能力に制限を設けた理由は伝えたよね?」
「能力にとらわれて馬鹿をしないため」
「そう。それともう一つ理由があったんだ。君はもうそれを体感したから分かってるとは思うけど、君の能力は体に掛かる負荷が強いんだよ。君の体は何一つ強化されてない一般人の体だ。それで能力を使い続けたら忽ち体はボロボロ。下手をすれば死に至る。さっきも相当危なかったんだよ?」
死んで転生して、転生する際にもらった能力で死んだなんて事になったら目も当てられない。
「一日一回、10分間。人間としての限界だね。まぁ、今回は運良くあのアルカ・ラカルトを滅ぼせたからよかったけど」
「そういえば、アルカ・ラカルトはどうなったんですか?」
僕が何かしたようだけどよく覚えてない。
「ん? ああ、彼女は消滅した。正確には彼女の前世の記憶だね。彼女は転生者だ。こちらの世界での在り方は優斗君、君と同じ。魂をこちらの世界の輪廻に移され、こちらで転生し、あるときに前世の記憶が戻った。記憶は前世での人格を成し、アルカ・ラカルトは誕生した。つまり、その記憶が無くなった時点で彼女の人格は消滅し、こちらの世界での本来の人格、ミコが蘇った。まぁ、そのミコの人格もアルカ・ラカルトに体の主導権を渡して眠っていただけだから、目覚めたと言うのが正しいかな」
「……え、それって」
ちょっと待って。
それじゃあ、もしかしてさっきまでの僕は……。
「……それも君にとっては大きな問題になるかもしれないね」
「やっぱり……」
「説明するまでもないと思うけど、さっきまでの君は君であって君じゃない。あれはユト・アルシャマ本来の人格だ」
「ま、待ってよ! そんなのフリアやクラスの皆の話と違う! 僕が聞いたユトはあんな人間じゃなかった!」
「みんなの話から推察できるユト・アルシャマ。それも間違いなく彼女なんだと思うよ。ただそれは『能力を使っていないとき』のね」
「!」
「ユト・アルシャマは何をやっても失敗するような人物だったという話だったよね? それが、いつから気付いたのかは知らないが、なんでも思うがままに出来る能力を手に入れた。……力に溺れるには十分な理由だろう」
「で、でも! 記憶は共有してるはずだよね!? 僕にそんな記憶は一切……!」
「そこが問題なんだよ。おそらく、ユト・アルシャマには嵐山優斗としての記憶が蘇る前に、既に二つの人格が存在していたと考えるべきだろうね」
「二重人格!?」
「違うよ」
神様は首を左右に振る。
「『普段の』ユト・アルシャマ、『能力を使っているときの』ユト・アルシャマ。そして『嵐山優斗』。君の中には三つの人格がある。つまり正確には多重人格だ」
「多重……」
「今は嵐山優斗が人格の主導権を握っているけど、能力を使用したときはさっきの彼女の方が人格を乗っ取ってしまう可能性がある。……正直なところ、これが今後どう影響するのか私にも想像がつかない」
青銅竜が言っていた邪悪なる者というのは、力に溺れたユトのことだったのか……。
「世界の秩序を取り戻してもらうためにこちらの世界に転生してもらったのに、君がこんなに不安定な要素になるとは思わなかったよ。……ああ、いや、そんなに睨まないでくれ。君を責めているわけじゃないんだ。責任が全部私にあるのは分かってる」
神様は深くため息をついた。
「しかし……」
神様は顎に手を当て眉をひそめる。
「そうなると、あのトーヤという少年はよくない。今回の件でもそうだったけど、彼は君を滅ぼすかもしれない。それに、君の不安定さに拍車をかけるファクターだからね。幸い彼は自分が転生者であることを自白した。これで心おきなく使命を果たせるはずだ」
僕はビクリとした。
あの時と同じ、有無を言わさぬ神様の表情、態度、オーラ。
とても逆らうことは出来ない。
「次はトーヤを滅ぼしなさい」
名指しでの指定。
これはもはやお願いとかそんなかわいいものじゃない。
命令だ。
使命という名の命令
「この世界に秩序を取り戻すため。使命を果たしなさい。恐れることはない。君は神様の加護を得ているのだから」
「……」
「さあ行きなさい」
「あ! ちょっと待っ──」
僕の視界が暗転した。
「……ああ」
トーヤ君がユウトを探しているということについて聞き損ねた。
久しぶりというのは私も同じでして。
神様の雰囲気ってこんな感じだったっけ?