─27─ アルカ(ミコ)
そこは深く、暗い地下室だった。
岩がむき出しの床、壁、天井。
鋼鉄製の分厚く重々しい扉。
手がようやく入る程度の小さな窓が僅かに明かりを取り込んではいるが、外までは遠いらしくこちらの声は届きそうにない。
まぁ、大声を出した時点で見張りがやってきて止めさせられるのだが。
「おなかすいた……」
食事は与えられなかった。
「のどかわいた……」
水も与えられなかった。
あいつらは何とかして私を死なせたいらしい。
私の力は怪我を治す。
物理的には殺せないと、そう踏んだのだろう。
今のところ、餓死が狙いのようだ。
監禁されてどれくらい経ったか分からないけど、私はまだ生きてる。
「……」
足は鎖で繋がれて動けるスペースは少ない。
脱出は試してみたけど、今までみたいな力が出せなくてどうにもならなかった。
今、町はどうなってるんだろう。
お母さんは死んで、お母さんを慕っていた人達も死んだ。
今はあの町長が町を取り仕切っているんだろう。
あいつにはある程度いい思いをして貰っていないと困る。
いつかあいつをどん底へ突き落としてやる。
そのときの顔を拝んでやりたい。
そう考えるだけでわくわくした。
だから私は死なない。
死んでやらない。
「っひ……」
変な引き笑いがこみ上げてきたけど抑えた。
まだ笑う時じゃない。
うずくまって体を縮める。
「おい」
見張りの男が扉からなかを覗く。
「お前がここに入ってから一ヶ月が経った。その間お前は飲まず喰わすだったな」
お前等がそうしたんだろ。
何を今更。
「お前は身体的には殺せない。そういう結論が出た」
扉が開く。
「好きにしろ、ということだ」
そこには何人かの男が居た。
そいつらはぞろぞろと中に入ってくる。
「……や」
彼らは私を押さえつけ、もともとぼろぼろだった服を更に破いていく。
「これからなにされるかくらい分かるだろ?」
「やめ……」
気持ち悪い。
触るな。
怖い。
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
◇
来る日も、来る日も……、来る日も来る日も来る日も、それは続いた。
殺してやる……、殺してやる……、クソムシめ……、捻り潰してやる……。
「こいつ、もう反応しねぇな」
「人形とやってるようなもんだ」
「生きてんのか死んでんのか?」
私は死んでいた。
◇
「ぎゃああああああああああ!」
遠くから何か聞こえた。
「ドラゴンが襲ってきた!」
「ひいぃぃぃ!」
ドラ……ゴン……。
「助けてくれ!」
近くで何か音がするがそれがなんなのか分からない。
「頼む!」
何かが体に触れる。
「死にたくない!」
暖かい何かが体をつたう。
「どんな怪我でも治せるんだろ!?」
私は笑う。
「な、何笑ってる……!」
それは私が望んでいたもの。
「……いいよ」
私は手を差し出す。
「ほ、本当か!」
そいつの腹はぱっくりと開いていて、ピンク色の芋虫がひょっこりと顔をのぞかせていた。
「出してくれたら……」
「わ、わかった、出られるようにしてやる!」
確かに約束した。
「……こっちきて」
「あ、ああ……」
はみ出した部分をさっと手でなぞる。
すると、そこは何事もなかったかのように、綺麗な醜い腹になっていた。
「お、おおっ! 助かった! 傷が塞がった!」
「じゃあ、私を……」
「これで逃げられる! 助かる!」
舞い上がってるのか私の話を聞いていない。
「約束を……」
「あ? あぁ、そうだな。ここの扉は開けといてやるからいつでも出ていいぞ」
「足の鎖を……」
「はぁ?」
「約束が違う」
「何言ってる。ちゃんと出られるようにしてやっただろ?」
ふざけるな……。
「じゃあな。うまく逃げ出せたら、また会えるかもな」
屑……。
「……っひ……」
私から奇妙な笑い声が漏れる。
「っひっひっひ! あーっはっはっは!」
「な、何がおかしい!?」
実を言うと分かってた。
全部分かってた。
能力のことも。
こいつが約束を守らないことも。
分かってた。
「気味が悪いんだよ! 喋るなこの!」
顔を蹴られる。
でもそんなもの関係ない。
痛みなんてとうの昔に感じなくなった。
「町長? あんたは高いところから突き落とされたとき、どんな顔をするのかしら」
傷を治してやった。
「なんの、ことだ……?」
もう私はこいつに触れることはできない。
けれど触れる必要もない。
「ただ傷を治しただけだと思ってるの?」
私のこの能力は『再生』。
傷が治るのは結局は細胞分裂して増えていくから。
でも、それがいきすぎるとどうなるかな?
「ぐぷっ……」
「あーっはっはっ! おもしろい顔!」
町長の体はふくぶくと膨れ上がっていく。
しぼみかけ野風船を中途半端に膨らませたような、簡単に言えば異形の化け物。
普通なら嫌悪感を覚える醜い姿だが、私にとってはこれ以上なくおもしろい。
「やべぼ……、ばずべぺ……」
「何言ってるのかぜんぜん分かんない」
「びぶぶ……、ぼぺ……」
肉だるまの動きが鈍くなる。
細胞分裂には限界がある。
限界がくれば、その先にあるのは当然。
「死ね」
肉だるまはただの肉塊になった。
「あー、でも出れないなぁ……」
扉は開いてるのに、まるで身動きがとれない。
鎖が外れたらなぁ。
「だれかー!」
遠くからはまだ声が聞こえる。
そういえばドラゴンがどうとか言ってたなぁ。
まぁ、ここなら大丈夫だとは思うけど……。
──ズシン……
真上から音がする。
──ズズン……
あ、もしかしてここもばれてるのかな。
──カラン……
天井から石ころが落ちてくる。
ああ……、やっぱり来るのか……。
まぁ、喰われるのもいいか……。
……あ、私死なないのか。
──ドッ……
岩の固まりが落ちてきて肉塊を潰した。
天井にぽっかりと空いた穴から、光りが差し込み、砂埃の柱を照らし出す。
私は思わず目を細めた。
眩しすぎる。
いつぐらいぶりだろう。
「あ……」
光りに影が入る。
穴からぬぅっと、まるで蛇みたいにドラゴンの頭が入ってきた。
そして、私を見つけるとその口を大きく開き、パクリと私に食い付いた。
幸か不幸か、私の足は切断されて、鎖から逃れることができた。
ただここはドラゴンの口の中。
いくらか食事した後なのか、少し生臭い。
噛み切られるか、飲み込まれるのか、どちらにせよよくない結果しかない。
私はただ待つしかなかった。
「……」
しかし、いくら待っても何も起こらない。
そのことに逆に不安を覚え始めた頃、不意に視界がひらけ、私は外へ押し出された。
「……た!」
足を治してないせいで、私は無様に転がった。
なんとか止まって顔を上げると、青い鱗のドラゴンが私をまじまじと見つめていた。
「……食べないの?」
ドラゴンは目を閉じ、ゆっくりと首を左右に振った。
「姉上の娘を喰うわけにはいかぬ」
「姉上……?」
「ミコ、だな」
私は頷いた。
「もしかしてあなた……」
「我は青銅竜アクナヴェイル。赤晶竜フレイアルマは我の姉だ」
お母さんの兄弟。
「おじさん……?」
「………………」
なんだか不満そうな顔だ。
「おじさんはよせ……」
でもおじさんはおじさんだ。
「青銅竜かアクナヴェイルで頼む……」
まぁ、本人がそう言うのなら。
「じゃあ青銅竜。……助けに来てくれたの?」
「姉上より頼まれていた。自分に何かあったときは娘を頼むと」
「お母さん……」
「……すまない」
青銅竜が謝る。
「姉上が亡くなっていることにもっと早く気付いていれば、ミコにこのような思いをさせずに済んだのだが……」
「あー、そんなこと……」
私は足を治して立ち上がる。
「今の馬鹿力があれば、簡単に逃げられたんだけど……。自分のせいでもあるの」
近くの石を拾い上げ、強く握る。
「……だめか」
私ががっくりとうなだれていると。
「ミコよ。我と契約せよ」
「契約?」
「我はミコを口に含んだときその血を啜った。あとはミコが我の血を啜ればそれで契約は完了となる」」
「なんでそんなことを」
「竜との契約は竜の神子のみができる行為。竜の力を得たければそれより他に方法はない」
青銅竜がむくりと体を持ち上げると、その腹部には深い傷があった。
「お、大怪我じゃない! すぐ治し──」
「契約が先だ。心配ない、我らにとってはかすり傷だ」
「ん……」
青銅竜の傷口を舐める。
少し苦い。
でも、体に力が沸いてくるのが分かった。
けれどそれは今までのものとは少し違う感じがした。
竜の神子の力を発揮する為には契約が必要となる。
多分今までのはお母さんの力だったんだ。
だから娘である私は特別なことをしなくても竜の力が使えた。
でもお母さんが死んだことでその力は消えてしまったのだろう。
「よし……」
私は青銅竜の傷を治す。
「ほう……」
青銅竜は感心したように唸る。
「姉上の言っていた力か。さっきも自身の足を治していたが……。これは竜の神子の力とは別のものだな」
「うん。これは『再生』、神様に貰ったの」
あとついでに前世の記憶も。
まぁ、それがあったからと言って私のやることは変わらないけど。
「それは物にも有効か?」
「多分」
「ならば……」
青銅竜は辺りを見渡す。
私も一緒になって辺りを見渡してみると、町は見る影もなく廃墟と化していた。
「ミコを探すために少々手荒な真似をした」
「……」
ここには何の未練もない。
私は手を上に掲げる。
炎の槍を形成し、それを強く握った。
「……いいわ。……いいの、こんなもの」
それを廃墟に投げつける。
炎は簡単に燃え広がっていった。
町は三日三晩、燃え続けた。
◇
「ほんと、嫌いよ」
前のクソガキが気にくわない。
「私もお前嫌い!」
言ってることと表情が全く違う。
「ミコよ。退くぞ」
「青銅竜黙ってなさい」
「ユトちゃん! やめるんだ!」
「まっててね、トーヤ君。すぐ終わらせるから」
さて、互いの同意も得たことだし、このクソガキは懲らしめないとね。