─26─ アルカ(ミコ)
どんな怪我も治すことができた。
どんな怪我でも治った。
たちまち私は崇められるようになった。
たちまち私は一人になった。
「つまんない……」
折角友達ができて遊べるようになったのに、また逆戻りだ。
「ミコ、またすぐに遊べるようになるわよ」
お母さんはそう言う。
「そうだといいけど……」
私はぶすっと顔を背けた。
竜の力を持っていて、どんな怪我でも治せて、竜の神子。
特別に特別、その上に特別が重なった。
こんなに特別なんていらない。
普通がよかった……。
「ミコ」
「なに?」
「決して恨んだりしないで」
「なにを?」
「あなたの運命を」
「……うん」
恨んではない。
けど、大嫌いだ。
できることなら、私はこの町を出て行きたい。
この町にいる限り、運命なんて変わらない、微動だにしない。
おもしろくない。
つまらない。
「……」
でもきっと外に出たら私は生きていけない。
だから、もう少し我慢して、大きくなったら、この町を……
──バンッ!
「フレイアルマ様!」
一人の男が社へ駆け込んでくる。
「なにごとです?」
「どうか非礼をお許しください。ですが緊急事態で……」
「何が起きたのですか?」
「崖崩れで民家が押しつぶされてしまったんです! 中にはまだ……」
お母さんがむくりと起きあがった。
「行きましょう、ミコ。きっと貴方の力も役に立つはずです」
「うん」
社から外に出る。
今日は雨が降っていた。
豪雨と言ってもいい。
視界は悪く夜でもないのに薄暗い。雨音で近くの声も遠く聞こえ、足下も悪かった。
「ここです!」
町の中でも山際。
そこには土に埋もれ、若干家の部品であろう木材が見えている程度の家があった。
この辺り一帯の家はほとんど崩壊していた。
町の人たちが土砂をどかしているものの、周囲では小さな土砂崩れが頻繁に起こり、作業はなかなか進んでいないようだった。
「ミコ様! 怪我人をお願いできますか!?」
「……はい」
ミコ様だって。
笑える。
私なんかただの小娘なのに。
怪我人の元へ私は行く。
泣く人。
喚く人。
苦しむ人。
動かない人。
みんなが私に縋ってくる。
「……」
離れていったくせにこんな時だけ寄ってくる。
怪我人を治す。
みんな喜んだ。
どんな大怪我だって治した。
みんな元気になった。
「お母さん」
怪我人を治し終えてお母さんの所へ戻る。
「ミコ、皆はもういいの?」
「治した」
「そう。でも、こちらはもう少しかかりそうだわ」
「私も手伝う」
竜並の力を持ってるのだ、土砂や瓦礫なんかをどかすのも簡単だ。
「そうね、お願い」
お母さんと私は土砂と瓦礫をどんどん退かしていく。
「おお!」
周りから声が挙がる。
「これなら!」
瓦礫の下に埋もれた人はすぐに助け出せた。
私がその人の怪我を治すと、これで終わり。
救助活動は終了した。
「終わった……」
「ありがとうございます! 皆助かりました!」
「フレイアルマ様とミコ様がいれば怖いものはありません!」
「いえ、みなさんの協力があってこそです。私たちだけではこの救出はできませんでした。ね、ミコ」
「うん」
そう思う。
「それでは戻り……」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴ
地響きのような轟音。
「逃げて!」
大きな土砂崩れが再び襲ってきた。
視界が黒で塗りつぶされる前、見えたのは流れてくる土砂と、それに立ちふさがったお母さんの姿だった。
◇
目が覚めた。
目を開けても暗い。
夜、なんだろうか?
体が動かない。
何かで押し固められたように。
息が苦しい。
「!」
そうだ土砂崩れ!
だとしたらここは土砂の下?!
早く出ないと窒息しちゃう!
「っく!」
どっちが上か下かも分からない。
けど掘った。
ひたすら掘った。
「ぷはっ!」
幸いすぐ外には出られた。
あまり深い場所ではなかったようだ。
あたりを見渡してみる。
土砂ばかり。
それ以外は何もない。
東の空がうっすらと明るくなっていた。
朝。
救助が終わってから随分経ったらしい。
私は土の下で一夜を過ごしてしまったようだ。
最後の土砂で……。
「お母さん?」
そうだ、あの時お母さんが土砂の前に!
「お母さん!」
お母さんが居たであろう方向には誰も居ない。
「おか……」
土を掘る。
下に向かって、ひたすら。
無事だけを祈って。
「はあっ、はあっ……」
どれだけ掘ったかは覚えてない。
「これじゃない!」
もっと土を退かす。
「これも違う!」
掘り起こしたものを放り投げる。
「違う!」
登りかけていた日がまた沈むくらいになっていた。
「お母さん……」
あちこち掘った。
動かなくなった人間もいくつか掘り起こした。
そして見つけた。
剥がれた紅い鱗。
そしてその下に、その鱗の持ち主。
「お母さん」
さらに時間をかけて土を退かし、竜の姿が全て見てるようになった。
「……お母さん」
動かない。
怪我を治しても動かない。
「おか……ん……」
動かない。
いくら呼んでも動かない。
「……」
この力は、怪我は治せても、無くなった命は戻らない。
「役立たず……、不良品……、出来損ない……」
もっと早く教えろよ。
くそっ!
くそっ!
◇
一応見つかる分の死体は全部掘り起こした。
見た目は綺麗にしておいた。
中には見られないのもあったから。
でもそれ以上どうしようもなかった。
だから帰った。
夜中だったけど、誰かにこの事を報告しないと。
私じゃ処理しきれない。
「あ……」
町を歩いているとまだ明るい建物があった。
私はそこへ駆けより、窓から中を覗いた。
「まさかあそこで土砂崩れが起きるとはな……」
中にいたのは私たちを呼びに来た町長、そして幾人かの人間。
「あそこは昔から地盤が緩かったですからね……」
「巻き込まれた人達には、申し訳がない……」
……そういえば。
「しかし、あそこに居たのは殆どが取り巻きでした」
……なんで。
「当然と言えば当然だよ」
……今日。
「一網打尽ですね!」
……誰も来なかったの?
「あの蜥蜴が死んでくれてよかった。町長はワシだと言うのに、あの蜥蜴がのさばっていたせいで……、クソが!」
「まぁ、都合よく事故が起きてくれましたよ」
「ああ、あの蜥蜴の娘も帰ってこない。本当に不幸な事故だったよ! はっはっは!」
なんで笑ってる。
おまえ等のためにお母さんは。
──ガタッ!
沸き上がる感情を抑えられず、私は物音をたててしまった。
中の視線が一斉に私に向けられた。
「み、ミコ…………様……」
逃げた。
こいつらは私のこともよく思ってない。
「追え! 捕まえろ!」
大丈夫。
逃げきれる。
竜の力がある。
あんなやつらに追いつかれない。
「逃げるな!」
あれ?
私は取り押さえられていた。
逃げようともがくが、それでもどうにもならなかった。
「いつもの馬鹿力はどうしたんだ?」
私を取り押さえた男がにたりと笑う。
疲れた?
ずっと土を掘り起こしてたから?
「まあいい。こっちにとっちゃ好都合だ」
「監禁しろ! 絶対外に出すな!」
なんで……。
やっぱりどうしても書けなくなるときはありますよね。
そんなとき皆はどうしてるんだろ?
多分間が空くと書かなくなってしまうと思うから、無理にでも書いた方がいいのかなぁ。
リハビリリハビリ。