─24─ トーヤ
「青銅竜、よくやったわ」
アルカは俺を組み伏せたまま青銅竜に話しかける。
「ユトちゃん!」
どういう事だ。
ユトちゃんが転生者なら、神様から何らかの力を貰っているはず。
どうしてそれを使わなかった?
それにどうだ。
ユトちゃんの身体能力はまるで一般人だったじゃないか。
隠していた時ならいざ知らず、ここにいる皆がユトちゃんの事情を知っている。
能力全開で戦えば……。
「アルカ・ラカルト!」
「五月蠅いわ。捻り潰すわよ」
「ユトちゃんは本当に転生者だったのか?!」
「はぁ? あんたの問いかけに本人も頷いてたじゃない。実際、前回青銅竜を蹴り飛ばしてたわよ」
確かにアルカの言うとおりだ。
ユトちゃんはあの時頷いていた。
「さあ青銅竜、帰るわよ」
アルカは俺を解放した。
しかし、青銅竜は動かない。
「青銅竜!」
「ミコよ」
青銅竜は凍り付き、氷像となったユトちゃんから目を離さない。
「なによ。後悔してるの? 邪悪なる者とか言ってたくせに」
「終わってはいない」
それはユトちゃんはまだ生きて……。
「少年よ。戦う準備をしておけ」
「な、まだやるってのか!?」
「勘違いするな。我らとではない」
「何言ってるのよ青銅竜」
「ミコよ、今度ばかりはその力を持ってしても死ぬやもしれぬ」
「はぁ?」
何を言ってるんだ?
まったく理解ができない。
ここには俺たちしかいない。
アルカが再生でもしない限り、ここには何人たりとも侵入できないはずだ。
──ピシィッ!
ユトちゃんが閉じこめられていた氷が砕け、何かが飛び出した。
氷はまるで何かの抜け殻のようにそこに残っている。
「なによ、生きてたのクソガキ」
「……」
空を見上げると、飛び出した何かがユトちゃんであることが確認できた。
ユトちゃんは空に静止している。
「ユトちゃん! 大丈夫なのか!?」
「……ふふ」
「来る」
青銅竜が呟く。
「…………」
ユトちゃんが両腕を広げる。
「千匹の蛙!」
「え?」
ユトちゃんの周囲に小さな光がいくつも出現し、それぞれが形を成していく。
大量の蛙が空中に出現した。
「ふ、降ってくるぞ!」
──べちゃちゃちゃちゃ
まるで雨だ。
蛙の雨が降り注ぎ、地面は蛙で埋まっていく。
「あはっ!」
地に落ちた蛙たちはそれぞれが思うままに動き出す。
一匹一匹ならどうという事はないが、流石にこれは気味が悪い。
「おもしろい!」
ユトちゃんはくるくると踊り出す。
これまでと様子が違うのは明らかだ。
「なんなのよ、あれ……」
流石のアルカもユトちゃんの豹変ぶりに呆気にとられたようだった。
「んっとー、次はー」
「ユトちゃん!」
俺はユトちゃんに呼びかける。
するとユトちゃんはぱあっと笑顔になり、踊りを止めた。
「あっ!」
ユトちゃんは空から降りてきた。
そして蛙を踏みつけながら俺の所まで走ってくる。
「トーヤ君だっ!」
そして勢いよく俺に飛びついてきた。
「ユ……、ユトちゃん?」
ぐりぐりと顔を押しつけ、まるで甘える子供のようだった。
「どういう変化か分からないけど、あれが邪悪なる者なの? 私にはガキがもっとガキになったようにしか見えないけど」
「……」
ユトちゃんに何らかの変化があったのは明らかだが、青銅竜の言う邪悪なものは感じられない。
「ねー、トーヤ君」
ユトちゃんが押しつけていた顔を上げた。
顔がすごく近い。
「な、なんだ?」
「私ね、トーヤ君のおかげで強くなれたよ」
「俺のおかげ?」
「うん!」
確かに魔法を教えたりはしたが、神様なら貰った能力はそんなもの簡単に覆すほどのものだ。
ユトちゃんは最初から強いはずである。
ん?
そういえばユトちゃんの能力って、なんだ?
「だからね、私……」
俺に抱きついていたユトちゃんの腕に、力が込められる。
「私、トーヤ君が欲しい!」
「は、はあ?」
ユトちゃんが何を言っているのか分からない。
「ねぇ、ダメ?」
「駄目も何も意味が……」
「そのまんまの意味だよ。トーヤ君を私だけのものにしたいの」
「え?」
そ、それは、あれか?
愛の告白的ななにかなのか?
「ね、私のこと好きにしていいから、トーヤ君のことも好きにさせて?」
色っぽい表情に、溶けるように甘い声。
ユトちゃんの顔が更に近付く。
「トーヤ君……」
「ユトちゃん……」
こんな場面でどうかとも思うが、この流れには逆らえない。
「はい、そこまで」
ユトちゃんの体が俺から離れた。
アルカがユトちゃんの首根っこを掴んで引き剥がしたのだ。
「きゃっ!」
アルカはユトちゃんを突き飛ばし、ユトちゃんはしりもちをつく。
「な、なにするの?!」
「あんた、苛つくわ」
冷徹な視線がユトちゃんを見下ろす。
「ほんとうに苛つく。さっきより嫌いよ。生理的に受け付けないわ」
アルカは心底嫌そうだった。
「あなたに好かれようが嫌われようが関係ないもん!」
「あんたと同じ世界の空気を一秒たりとも吸っていたくない。早い話、死ねってこと」
俺たちが争っても決着なんてつかない。
そんなことはアルカも分かっているはずだ。
「……そう……なんだ……」
ユトちゃんが俯いたままゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ……」
次の瞬間、俺は戦慄を覚える。
「お前が死ね」
頭を上げたユトちゃんは笑っていた。
まるで誕生日にプレゼントを貰った子供のように、無邪気で屈託のない笑顔で。
「ユトちゃ……」
いや……。
誰なんだお前は……?