─20─
「ルミリアさん……」
スタッフがそおっと間仕切りの隙間からのぞき込む。
「時間ですので……」
「ふーん、君たちは君たちで私を呼んでおいて時間には厳しいんだね。まぁいいけど」
「有名人の身に何かあっては責任とれませんので……」
「やあやあ、こう見えても私は病気したことがないんだよ」
「そういう意味では……」
「悪いねユトちゃん。邪魔が入ったよ。場所を移そうか」
「え? いや、そんな、別にそういうつもりでは……」
「うーん、だったらこう言おうか。私がユトちゃんと話したいんだよ」
「は、はぁ……」
「ルミリアさん……」
「いいよいいよ。ここから先に君たちの責任はない。私だってね、立派な大人なのだよ。自分の責任くらい自分で持てる。それともなにか? 君たちはこの可愛らしい少女が犯罪者のように見えるのかい? むしろ、犯罪者から守ってあげなければならないような存在だろう? ああ、いや、君たちがそういう性癖であるのであるのなら、それ自体否定するような権利は私にはないわけなのだが、君たちは変態であるという認識でいいのかな? 間違ってないね? ならば私は君たちからこの少女を守らなくてはならないのだよ。というわけでサヨナラー」
まくし立てるように言い放ち、スタッフに有無をいわさずルミリアは僕の手を引き本屋を後にした。
「ここの近くに落ち着いた喫茶店があるんだよ。『しーさいど』という名前でね、そこのケーキがとてもおいしいんだ。そこで話そう」
「ル、ルミリアさん!」
「あ、私はルミリアと呼び捨てでいいよ。私はそんな尊敬できるような人間じゃないからね」
「ルミリア……さん……?」
「ルーミーリーアー!」
「……ルミリア」
「なに?」
「喫茶店過ぎてます」
「おっと」
◇
「うん! やっぱりここのケーキは最高だ!」
ルミリアは満足げにケーキをほおばっている。
本当に幸せそうに食べてるなぁ。
そんなにおいしいのかな。
「食べなよ。私のおごりだよ?」
僕の前にもケーキと紅茶が置いてある。
僕は別にいいと言ったのだけど、ルミリアが頼んでくれたのだ。
とりあえずケーキを一切れ口に運ぶ。
「……おいしい」
「だよね! うんうん! やっぱりユトちゃんとは気が合いそうだよ!」
ルミリアはまたケーキをほおばる。
そして紅茶を飲むと、カップをゆっくりと置いた。
「さてさて、そろそろ本題に入ろうかな」
ルミリアの顔つきが変わった。
獲物を見据えるような、鋭い、獣のような眼光が僕を捉える。
やっぱり自ら異世界のことを明かしたのはまずかっただろうか。
自分の安易な行動を後悔する。
「ユトちゃん……」
ルミリアが懐に手を突っ込む。
僕は身構えた。
いつでも能力が使えるように心構えしておく。
「ちょーっと前の世界での話聞かせてくれないかなぁ?!」
ルミリアは懐から手帳とペンを取り出した。
思わず体の力が抜けて額をテーブルにぶつけてしまう。
危うくケーキに顔を突っ込むところだった……。
「どうかしたのかい?」
「いえ……、なんでもないです……」
ルミリアは首を傾げて不思議そうにしていた。
「まあいいや。えっと、そうだなぁ。本名はやめておこうか。それを聞いたところであんまり意味はないし。それじゃあどうやってこっちの世界に?」
僕は前世での最後を説明した。
「事故で転生か……。よくあるパターンだけど、それはちょっと悪いことを聞いたね」
僕は「大丈夫です」と答えた。
ルミリアは僕の話を手帳にメモを取っていく。
「それじゃあ前の世界での性別は?」
う……。
ようやく慣れてきたんだけど……。
掘り返されるのはちょっとなぁ。
「お……」
「お?」
「おとこ……」
「おおっ! リアル異世界転生TSもの!? 私もね、そういったやつは書いたことあるけど、いきなり性別が変わった人間の心情というものはやはり空想の域を出ないからね。ユトちゃんも性別の変わった体は当然確認したんだよね?」
そ、それは……。
僕は顔を赤くして俯くしかなかった。
「いやいや、恥ずかしがることはないよ。私も当事者なら必ずするだろうしね。年頃の子なら尚更だよ」
やめてください!
そんな事メモに取らないでぇっ!
「ふむ……。そうだな、次は──」
「ルミリアさ……。ルミリアはどういう経緯でこちらの世界に?」
自分のことを語るにしても少しインターバルがほしい。
なのでルミリアのことに話題を向ける。
「私か? 聞いてもつまらないと思うけどね」
「嫌ですか?」
「嫌ではないけどね。まぁ、こちらが質問してばかりでは不公平か」
ルミリアは手帳を閉じる。
「私は向こうではひきこもりというやつだったんだ。一日中布団の中にいて、なにもしない。学校にも行かなかった。ただただ空想をして遊ぶ日々だったよ。まぁ、今も似たようなものだけどね」
ルミリアは他人事のように語るが、その表情には影があった。
「ある時不意にそんな自分に漠然と嫌気がさしてね。やめようと思ったんだよ、人生を。というわけでマンションの屋上からピョン。所謂飛び降り自殺だよ。……いやいや、そんな顔をしないで。結果的に私は自殺にはならなかったんだから」
僕は首を傾げる。
「地面にぶつかる寸前で私の体は転移したんだ。ユトちゃんが見た白い何もない空間。そこで私は神様と会った」
『どうせ棄てるその命、世界の役に立てるつもりはないか?』
「神様はそんな事を言ってたよ。まぁ、私もね、落ちる最中に後悔はしてたんだ。早まった。まだ何かできたんじゃないかって。私は明確な絶望を抱えていたわけじゃないから、迷いはあったんだ。これで良かったのか? ってね。だから私は神様の言葉に乗ったんだ。この命を世界のために役立てよう。一度は棄て、拾われた命が何かの役に立つのなら、それはいいことだと思ったんだ」
ルミリアは紅茶を啜る。
「私は神様から能力を授かり、容姿を変えてこの世界にやってきた。それがだいたい200年前だったかな」
「200!?」
「あり得ない寿命だからね。驚くのも当然。私の授かった能力は……。うーん、なんて説明したらいいんだろうかなぁ」
ルミリアは腕組みをして少し考えたあと答えた。
「『破壊』、そう言うのがわかりやすいかな。つまり私は自分に訪れる『死』というものを破壊して生きながらえているんだ」
グリフも似たようなことをしてたな。
ということは、ルミリアにもそこまでして生きながらえる理由があるということなんだろう。
「ユトちゃんは知ってるかな? この世界はもうすぐ滅ぶかもしれない」
僕は頷いた。
するとルミリアは驚いたようで目を大きく開いた。
「それは意外だなぁ。神様から聞いたの?」
僕は首を横に振る。
そして懐に手を入れてある物を取り出した。
僕はそれをテーブルの上に置く。
「ややっ! これはまた随分と懐かしい形状の携帯電話だね! こんなものどこで?」
「私の推測ですけど、ルミリアは200年前の『二人三ヶ月戦争』の当事者の一人ですね?」
ルミリアは「なるほど」と呟いて何か悟ったかのように薄く笑った。
「合点がいったよ。ユトちゃんは先に会ったんだね、グリフ・ローウェルに」
僕は「はい」と答えた。
「この電話、繋がる?」
「使ったことは無いですけど、多分……」
ルミリアは慣れた手つきで携帯電話を操作する。
──トゥルルルルル……
暫く呼び出し音が鳴った後。
『もしもし? ユトちゃんかい?』
「あ、グリフさ……」
グリフの声が聞こえてきた。
それを聞いてルミリアはニヤリと笑うと、電話を耳に当てた。
「やあやあ、グリフ・ローウェル。久しいね、100年ぶりかな?」
『……その声、ルミリアか?』
「ひはは、憶えていてくれたんだね。嬉しいよ」
『僕はあまり嬉しくないけどね』
「そう言わないでおくれよ」
『それで? 何か用なのか?』
「ときに、竜の神子は見つかったのかな?」
『今探──』
「やあやあ、あんたのことだから見つかってないんだろう? それで一つ情報を得たのでね。伝えようと思ってたんだが、あんたの居場所が分からなくて数年賞味期限が過ぎて味の変わってしまった古い情報だけどいいかな?」
『なんだ?』
「近頃、世間を騒がせている犯罪者が居るだろう? 竜の餌と称して人殺しをする」
そんな言葉を最近聞いたことがあった。
『おい、まさか、そいつは』
「お察しの通り。犯罪者、アルカ・ラカルトだよ」
今話でこのお話も20話となりました。
読んでくださっている方々には本当に感謝しております。
誤字脱字、至らないところもあると思いますが、ご意見、ご感想などありましたら、参考にさせていただきたいので、よろしければお願いいたします。




