─2─
目覚めたのは森の中。
僕は背中に籠を背負っていて、その中には薬草がいくらか入っていた。
えっと、状況を整理しようか。
多分、僕は今森の中で薬草とりをしてるんだろう。
あ、待て待て、なんか知らない記憶が……。
孤児院?
僕はそこで育った。
今は学校の寮に暮らし、学費の足しにするため薬草取りのアルバイト。
そうか、転生だからこの世界に新たに生まれて、これまでここで生活していた自分がいるのか。
それで適当なタイミングで転生前の記憶が目覚めたと……。
でもなんだろう。
何か記憶に違和感が……。
「ユト? どこいったのー?」
ユト……。
あ、ユト、僕の名前だ。
それで僕のことを呼んでるのは……。
「フリア?」
少し離れたところから栗色の髪の毛の女の子が走ってくる。
「んもう! 森の中は危ないから勝手に行っちゃだめだって!」
「ごめん……」
「ユトは普段からぽけっとしてるから特に!」
フリア。
僕と一緒に孤児院で育った。
フリアは僕より一つ年上。
どこか頼りない僕のことを心配していて、いつも本当のお姉さんのように振る舞っている。
記憶を辿ってみるが、これまでの僕はかなり間の抜けた人間だったようだ。
買い物に行って買ったものを忘れて帰ってくる。
魔法を使ったらなぜか爆発する。
料理をすれば砂糖と塩を間違える。
うん、そりゃ心配になるよね。
「ユト聞いてる?」
「う、うん」
「はぁ、聞いてなかったのね……」
フリアはがくりと肩を落とした。
「薬草、どれくらい集まった?」
「まあまあ」
背負っていた籠を見せる。
「へぇ、結構集まって……、ん?」
フリアが薬草の一つを掴みあげた。
「これ……、毒草じゃない……、んん?」
フリアがまた別の草をつまみ上げた。
「こっちは『リムルの薬草』?! ちょ、こんな高級品どこに生えてたの?!」
僕は首を傾げた。
全く覚えてない。
うん、さっきまでの僕、いったい何してたんだ……。
「はぁ……、ユトの籠は後で仕分けね」
「帰る?」
「ええ、ノルマ分は集まったし、十分でしょ」
そう言ってフリアは振り返った。
フリアが背負っている籠には溢れんばかりの薬草が入っていた。
「……」
それを見ると、とても申し訳ない気持ちになる。
「ああ、なるほど……」
「ユト、どうかした?」
「ううん、何でもない」
「そう」
『僕』は、いつも助けてくれるフリアに恩返しがしたかったのか。
だけどその度に失敗して……。
今回だって、本当は自分だけでやり遂げたかったのに、結局フリアに頼ってしまっている。
迷惑をかけてばっかり。
だから自分は一人でも大丈夫というところを見せたかったんだ。
それが『この僕』の思い。
「しっ! ちょっと待って……」
フリアが茂みに身を屈めた。
「ハグベア……」
フリアの視線の先には体長2メートルを越える大きな熊がいた。
ハグベア。
その爪や牙はさることながら、恐れられているのはその腕力。そこいらの木なら、簡単に抱き潰すことができる。
「護身用に短剣なら持ってきてたけど…」
フリアは鞘から刃渡り20センチ程の短剣を取り出した。
当然そんなものじゃハグベア相手には危険すぎる。
「魔法は?」
「ダメよ。この森は魔法禁止区域なんだから。使った途端に刑務所に転送されちゃうわ。……ここを離れましょ」
「うん」
僕とフリアはハグベアから目を離さないようにしてゆっくり後退りする。
しかし。
ーーパキッ!
足下からそんな音が聞こえてきた。
小枝でも踏んだのかと思って足下を確認すると、それは白い棒のようなものだった。
「ひっ!」
思わず小さな悲鳴が漏れた。
その白い棒は骨。
多くの骨が辺りに散らばっていた。
ここはあのハグベアの餌場のようだ。
「ユト! 走って!」
フリアがそう叫ぶ。
叫ぶということは、もう隠れる必要がなくなったということだ。
「ぐおおおおおおおぉ!」
ハグベアがこちらに向かって走ってきていた。
僕は慌てて走り出す。
フリアは何も言わなかったけど、僕のせいだ。
僕が音を立ててしまったから。
「ちゃんと、逃げてね……」
そんな言葉が遠くから聞こえて、僕は初めて気が付く。
『フリアがいない』と。
少し離れた場所に籠を投げ捨て、短剣一本でハグベアに挑もうとするフリアの姿があった。
ダメだ。
ダメだダメだダメだ!
僕が頼りないから。
僕が情けないから!
フリアが危険な目に!
ダメだ!
あの人を失ってはダメだ!
ハグベアがフリアに飛びかかる。
僕は走っていた。
“フリアを助けるための力を!”
そう、強く願った。
「でやあああああああっ!!」
体は羽のように軽い。
イメージ以上に体が動く。
間合いを詰めるのは一瞬だった。
「フリアに手を出すなっ!」
跳び、体を捻り、渾身の回し蹴りをハグベアに打ち込んだ。
パァンと乾いた音がしたかと思うと、ハグベアの巨体はまるでボールのように軽く吹き飛び、木を二、三本貫いて止まった。
「へ?」
「は?」
フリアは当然のこと、ハグベアを蹴り飛ばした僕でさえ現状を理解するまで時間を要した。
「あ、ありがとう、ユト」
「ふぇ? あ、うん……」
なんだか妙な空気だ。
「か、帰ろうか」
「そ、そうね。……ってユト、服がボロボロじゃない!」
「え?」
確認してみると、服が所々焦げたようになっている。
もしかして、さっきものすごい速さで動いたときに空気との摩擦で?
「そんな格好じゃ街中歩けないわね」
「大丈夫だよ、このくらい」
確かにボロボロだが、街中を歩けない程じゃない。
「んもぅ! ダメよ! ユトは女の子なんだからもっとそういうところ気をつけないと!」
「……ん?」
あれ?
聞き間違いかな?
今、変なこと言われたような……。
「ごめん、フリア、よく聞こえなかったんだけど……」
「だーかーら! 『女の子』がそんな格好で街中を歩いちゃダメだって!」
おんな……のこ……?
女の子?
僕は確か……男……だった……はず……。
「え?」
改めて自分を見直してみる。
服装、ボロボロ。
よく見たらスカートっぽい。
股の辺りに手を当ててみる。
『ない』
胸の辺りに手を当ててみる。
『ない』
オイ……。
無い無い尽くしだが、結局、つまり、これって。
「ええええええええええええええええっ!!!!」