─16─
シリアスのあとのおやつ。
「予想に反して結構入ってますね」
「みんなユトさんと同じことを考えてたのですわね」
「あれ? ユトちゃんはどうしたんですか?」
「まだ更衣室ではないかしら? ユトさん?」
どうしよう。
ねぇ、どうしよう。
僕はどうしたらいいの?
こんな女だらけの、しかも裸の……。
「ユトさん? 何してるんですの? そんな格好でぼーっとされてますと風邪ひきますわよ?」
更衣室でタオルを巻いて屈んでいた僕をロザリーさんがぐいぐい引っ張る。
「風邪っ?!」
そこへカンナちゃんもやってきた。
かなりの勢いで。
「風邪なんて許さないですよ! 私が保健係を勤めている限り今後の健康面の管理は徹底します! 病弱少女? そんなもの『かっこ笑い』です! 早く中に入って温まってください!」
「わっ!」
カンナちゃんが腕が引っこ抜けそうな勢いで僕を引っ張った。
「い、痛っ! や、やめ……」
無理矢理押し込められて僕は涙目になった。
「さあ温泉ですわ!」
あぁ……、ついに入ってしまった……。
前世でなら変質者として一瞬で逮捕されてしまう空間。
キュッと目を閉じて見ないように勤めようとする。
「ユトさん? 目にゴミでも入りましたの?」
「た、大変! 早く洗わないと網膜炎に!」
ペタペタと足音が離れていき、しばらくしてまた戻ってきた。
「おけに水を入れてきました! 早くこれで目を洗ってください!」
そ、そんなのじゃないよ!
ていうかそうしたら目を開かないとダメじゃないか!
そんなことしたら僕は!
「ユトちゃん!」
「だ、だいじょ──」
「大丈夫じゃないです! 洗ってください! いえ、洗いなさい!」
「う……」
見てはいないけどカンナちゃんが物凄い勢いで迫ってきている気配がある。
これ以上近づかれるのも問題だ。
とにかく今は言うことを聞こう。
カンナちゃんから桶を受け取る。
そして桶に顔を突っ込んで目をぱちぱちさせる。
そして顔を上げた。
目は開いていない。
「どうですか?」
「う、うん……、良くなったみたい……」
もともと悪かったわけでもないんだけど。
「それでは改めて! 温泉に入りますわ!」
ロザリーさんは温泉に入りたくて仕方ないみたいだ。
「む! ユトさん! 温泉にタオルをつけるのはマナー違反ですわよ!」
ロザリーさんが僕が体に巻いていたタオルを剥ぎ取った。
「わきゃっ!」
驚いた僕は思わず目を開いてしまった。
「うん。目は綺麗な白ですね。安心しました」
「これで心おきなく入れますわ!」
目の前にはロザリーさんとカンナちゃん。
二人とも思いっきり肌を露出させている。っていうか、何一つ隠していない。女しか居ない空間だから当然といえば当然なんだけど。
そりゃね、いくら自分の体では慣れたとはいえ、人のものを見るとなるとそれはまた違ってくる。
年頃の女の子の、はだ……、はだ………。
僕も見た目は女の子だけど、心まではそう簡単に割り切れない。
女の子なんだから見ても問題ないという甘い誘惑と、見てはならないという変な罪悪感。
そんな二つの感情の板挟み。
僕はどうしたらいいんですか?
神様!
教えてください!
『好きにすればいいと思うな』
(こんなタイミングでちゃっかり出てこないでよ!)
『だって今僕を呼ぶ声が……』
(転移者か転生者を滅ぼすまで出ないって話だったでしょ!)
『ああ、お呼びでない? 悪かったね』
頭の中から声が消えた。
「ユトさん?」
「ユトちゃん、どうしたんですか?」
「な、なんでもないよ!」
そ、そうだ。
きちんと目を開けて歩かないと危ない。お風呂場は滑りやすいから気をつけないと。
見えても不可抗力、不可抗力……。
不可抗力なんです!
……と、自分に言い聞かせる。
よ、よし。
ささっと体を洗ってお湯につかってしまおう。
そうすれば少しは視界を制限することができる。
そうしようそうしよう。
僕はシャワーの前に座った。
右側にはロザリーさん。左側にはカンナちゃんが座った。
「ユトさん、お背中流しますわ!」
「え? い、いいよ。悪いよ」
「それなら洗いっこにしましょう! 私がユトさんを洗ったら私もお願いしますわ! お風呂はいつも一人でしたから、そういうのに憧れがあるんですの!」
「洗い……っこ……?」
なんて甘美な響き!
あ、でも状況的には悪化してるぅ!
洗いっこってどこまで?
せ、背中だけ……だよね?
「ユトさんこっち向いて?」
え、え、え?
向かい合うってこと?
冗談でしょ?
ねぇ、そうなったらどうしようもないよ?
「ユトさん?」
隣でロザリーさんが怪訝な声を出す。
「ははーん。なるほど、分かりましたよ」
反対側のカンナちゃんが含みのある発言をする。
「これですね!」
「ふぇっ?!」
カンナちゃんが素早く僕の後ろに回り込み、そこからまさぐるようにして僕の胸元に手を回す。
「ちょっ、カ、カンナちゃん! やめ……んっ!」
「ふふふ……、サイズの割に感度はいいようですね!」
あんたはおっさんか!
「まぁ、確かにロザリーちゃんのを見ると、嫌でも比べてしまいますからね……」
「な、なんですの、カンナさん? 人の胸をそんなに見つめて!」
「ずるい……」
「は、はぁ? 私はなにもズルなんてしてませんわ!」
「触っていいですか?」
「はぁっ?!」
「っていうかカンナ、ちゃん、そろそろ手、離して……」
会話しながらもカンナちゃんの手は止まらない。
「揉まれた方が大きくなるって言うじゃないですか」
「そういう、は……、話をしてるん、じゃな……くて……、んんっ!」
「カンナさん。ユトさんが嫌がってますわ!」
「えー? 悦んでるように見えますけどねぇ?」
断じて違う!
違うったら違う!
「周囲の目を気にしてほしいですわ!」
「ちぇー……」
カンナちゃんの手からようやく解放された。
「……はぁ、……はぁ……」
あ、危なかった……。
危うく未知の扉が開いてしまうところだった……。
「うぅ……」
だから嫌だったんだ。
絶対何かあると思ったんだ。
こんなことになるとは思わなかったけど……。
なんだろ、また涙が……。
「ほ、ほら! ユトさんが泣いてしまいましたわ!」
「え? そ、そんな、ちょっとした悪ふざけのつもりだったんですけど……。ユ、ユトちゃん、ごめんなさい!」
「カンナちゃんに……汚された……、もう……お嫁にいけない……」
「なっ?! ユトちゃん! 気をしっかり持ってください! 大丈夫です! 女の子同士はノーカンです! な、なんならほら、私の揉んでもいいですから!」
「痴女ですの?」
「ち、違います!」
泣くつもりなんて無かったんだけど、折角だから復讐に利用させてもらった。
カンナちゃんは真面目な感じだと思ったけど、悪ふざけもするんだね。
あ、そうだ、
これ以上変なことになる前に体を洗ってお湯につかろう。
僕は素早く体を洗って湯船に向かった。
「ユトさん、私も」
「あ、待ってください!」
三人でお湯につかる。
温泉の特色なのか、お湯は濁っていてつかってさえしまえば、目のやり場には多少の余裕ができた。
よく見たらここは半分露天風呂なんだね。温泉に入りながら上を見上げると夜空を眺めることができた。
「はぁ……」
ようやく落ち着けたような気がする。
今日もまたいろいろあった。
「……」
転移者グリフ。
ドラゴンが文明を滅ぼす。
竜の神子。
グリフの話を鵜呑みにするわけじゃないけど、俄には信じがたい話だ。
そんな危機が迫ってるのに、世間に危機感がまったくない。
知らされていないだけ、なんだろうか?
「ユトさんて、トーヤさんやクロードさんと仲いいですわね」
ロザリーさんがぽつりと言った。
「え? あ、うん。そうだね」
「最近まで全く交流はありませんでしたわよね?」
「そうだね……」
「どうしてですの?」
「どうしてって……。うーん、ちょっとしたきっかけだよ。それで話すようになった、感じかな」
決していいきっかけじゃなかったけど。
「きっかけ……」
ロザリーさんがぶくぶくと顔を沈めた。
「ロザリーちゃんの代弁をすると、『ユトさんはどちらかと付き合ってますの?』と、聞きたいみたいです」
「カ、カカカカンナさん!」
ロザリーさんが飛び上がるようにして立ち上がった。
わーっわーっ!
隠して! 前隠して!
「つ、付き合って、っていうか、恋愛感情みたいなのはないよ。友達だよ」
「そ、そうですの?」
ロザリーさんはしんなりとお湯の中に戻った。
「本当にそうかなー」
「ユトさん!」
きゃーっ! 立ちたがらないでぇっ!
「ほ、本当だよ! カンナちゃんもからかわないでよ!」
「いえいえ、ロザリーちゃんの反応が面白いからつい」
「か、からかわれてましたの……?」
ロザリーさんが座る。
これで落ち着く……。
「つまり、ロザリーさんはあの二人のどちらかに好意を持ってるってこと?」
ロザリーさんがどっぷりと沈んだ。
「今日見てた限りだと、そんな感じなかったけど……」
「努めて気にしないようにしてるんですよ。損というか、不器用というか……」
「どっちかな?」
「トーヤ君ですよ」
「カンナさん!」
なるほど……。
「隠したっていずれバレることですよ。そもそもロザリーちゃん。この修学旅行の間になんらかのアクションを起こさないとまずいですよ。ユトちゃんもいつ心変わりするか分からないですよ? そうなったら状況的に不利です!」
「や、だから私はそんなこと……」
「ないと言い切れますか?」
「むぅ……」
って! 悩むところじゃないだろ僕!
「というわけで、先に手を打ちましょう!」
カンナちゃんが腕を掲げて立ち上がった。
だからなんで君たちはいちいち立ち上がるの?
「ここに、ロザリーちゃん恋愛成就作戦本部を設立します!」
「「え?」」
なんかまた変なことになってきた……。