─12─
三泊四日。
目的地は中央都市センテルディア。
リーンスタリアは大きな街だが、中央都市はここの何倍も大きいらしい。
大都会。
前の世界にいたとき、僕は田舎暮らしで、T都なんかにも行ったことがなかった。たぶん、あのまま生きてたら、あっちの修学旅行で行ったんだろうけど……。
「……」
少し、寂しくなった。
みんなどうしてるんだろう。
父さんや母さん、近所のおばさんに、クラスのみんな、担任の先生、僕の最後の瞬間を見た友人……。
「……」
ホームシックかな……。
こっちの僕は孤児だ。
家族と言えるような人間は、血の繋がっていないフリアだけ。
「……」
左手を上に掲げる。
そこに小さな炎の弾が現れた。
右手で前を指さすと、炎の弾が真っ直ぐに飛んでいく。
火の初級魔法、『ファイアボール』。
ちゃんと使えた。
初めて魔法がちゃんと使えたのに、全然嬉しくない。
なんでかな……。
「やったな」
僕の後ろで声がする。
「トーヤ君……、見てたんだ……」
魔育館の入り口にトーヤ君が立っていた。
「ああ、ユトちゃんが魔育館に行くのが見えたから、もしかしてと思ってな」
トーヤ君が僕のもとに歩み寄る。
「でもまだだな。さっきのは全然魔力が乗ってなかった。そよ風で消えてしまいそうだったぞ? 集中してないと……」
トーヤ君が言葉を区切る。
「……ユトちゃん? 何で泣いてるんだ?」
「え?」
僕はトーヤ君に背を向け目元を拭う。
服の裾が湿った。
「ご、ごめんなさい。なんでもないよ。ちょっと嫌なこと思い出しただけ」
ダメだ。
気持ちが落ち着かない。
「そういや、明日から修学旅行だな」
「え? あ、うん」
「俺さ、ここに転校してくる前は、田舎の学校にいたんだ。小さな町だった。そこに居たときは都会なんて信じられなくて、正直このリーンスタリアでも吃驚して腰抜かしたんだ」
「はは、なにそれ?」
「それが今度は中央都市に行くんだもんな」
「驚きすぎて心臓止まっちゃうかもね」
「かもな」
「カンナちゃんに蘇生してもらわなきゃだね」
「よかった」
「ん?」
「少しは気が紛れたか?」
「あ……」
そうか、トーヤ君、気をつかってくれたんだ。
「ありがとう」
「俺の身の上話でよければまた話そうか?」
「そうだね、じゃあまた今度。気持ちがおかしくなりそうだったらお願いしようかな」
「なんだよそれ。……はぁ、それしにしてもなんだろうな。身の上話とかあんまり人にしたくなかったんだけどな。ユトちゃんになら話せる。付き合いも浅いのに、ずっと以前から知っているような、懐かしいような、不思議な気分だ」
「そう?」
「ああ。ユトちゃんに会えてよかった」
トーヤ君が笑う。
柔らかで優しげな、だけどどこか寂しげな。
そんな笑顔だった。
ーーきゅん……
「……」
……ん?
……きゅん?
「……」
お腹の下辺りが……きゅん、て……。
「……」
あ、あっれぇ?
これってまずい方の『きゅん』じゃないの?
……いや、男だったときの偏った知識だから本当かどうか知らないけど……。
でも、位置的にここは……。
「ご、ご、ごめんなさいトーヤ君!」
「え? わっ!」
僕はトーヤ君を押しのけて魔育館から出ていった。
「ダメだ! 本当にダメだ!」
なんで?
どうしてこうなった?
そんな旗、いつから……。
「あ……」
思い返してみればここまでの道程って……、なんか何処にでも転がってそうな典型的なルートじゃない?
え……、待って、僕はトーヤ君が異世界の人か探るために近付いたのであって……。
あ、あれ?
なんらかの理由で相手のことを探っている間に……、ってのもよくある展開じゃ……。
勉強……、っていうか魔法教えてもらったり……。
修学旅行で同じ班……。
一番ありふれたやつだよ!
立てたのか立てられたのか分からないけど!
「ら……、乱立してるーっ!」
僕はしばらく自室でのたうち回ることとなった。
◇
翌日。
本日から修学旅行。
集合場所はリーンスタリア駅前。
「どうしたんですかユトちゃん? 眠たそうですね。遠足の前夜は眠れないタイプなんですか?」
「う、うーん……。そんな事なかったんだけど……」
「初日から体調を崩しては大変です。最初は列車での移動ですから、その間に睡眠をとるのがいいですよ。仮眠だけでも効果あります」
流石は保健係。
早速メンバーの体調に気をつかってくれる。
若干毒っぽいけど……。
「ありがとう。カンナちゃん」
「いえいえ。私の班から病人を出してしまってはうちの病院の名が泣きますから」
カンナちゃんの言うとおり、少し列車の中で休もう。
旅は長いわけだし、いきなり体調を崩しても面白くない。
「よし、班長。班員は全員居るな? 団体行動が成功するか否かはお前達にかかっている! いいか! 全員揃って帰ってくるぞ!」
先生……、僕たちは戦地にでも行くのですか……?
◇
「くそっ……! どこだ!」
クロードは二枚の壁を見据え、必死にその正体を暴こうとしていた。
しかし、それは到底無理な話だ。
なにせその壁はまだ新しく、目印になるような傷などは一切無いからだ。
いつもは小さな壁が、これほどまで巨大な壁として彼の前に立ちはだかっている。
「やるしかない……」
クロードはそう呟き、一方の壁に手を伸ばす。
だが、寸での所で手が止まった。
本当にこちらなのだろうか?
奴は自分の心理を逆手に取り、罠を張り、ニヤニヤとしているのではないか?
奴は巨大な鎌を持っている。
それにとらえられては一溜まりもない。
普段の自分ならそんなものはいとも容易くかわすことができるのだが、この戦いには制約がある。
投げ出すことも、逃げ出すこともできない。
結果をありのまま受け入れることしかできないのである。
もう一度手を動かす。
しかし……。
「やはり俺にはできなーー」
「クロード、早く引け」
「うるせぇ! 人がこれだけ悩んでるんだ! 少しは……」
「俺かお前の負けが決まらないと、次のゲームができないだろ? たかがババ抜きに大層なセルフナレーション付けやがって。ワンアクションに時間とりすぎだ」
「でもーー」
「「「早く引け!」」」
「分かったよ……」
クロードはカードを引いた。
「いよっしゃあ! あがり!」
「ったく……」
「賑やかだね……」
僕は目を開ける。
「ユトちゃん、少しは眠れましたか?」
「うん、少しは。でもこれだけ騒がしいとね」
車両の中は全てうちの学校の生徒だ。
うちの班もだけど、どこもおしゃべりにゲームに、とてもゆっくり眠れるという状況じゃない。
「折角ですから、ユトさんも参加しますか? ゲームは人数が多いほど楽しいですわよ」
「そうしようかな」
僕がトランプに手を伸ばすと。
「お前達よく聞け。もうすぐゴルタゴラ草原だ。一旦手と口を止めて窓の外を見ろ」
と、先生が促す。
僕らは窓の外に目をやる。
列車は小さな林の中を走っていたのだが、それが急に途切れ……。
「ゴルタゴラ草原とは言うが、今、ここは不毛の大地だ」
見渡す限りの荒野が広がっていた。
「嘗てはここも緑豊かな土地だったが、たった二人の人間の戦いが原因でこのような荒野になったのだ」
たった二人の戦い……。
「その戦いはおよそ三ヶ月続いたとされる。これを『二人三ヶ月戦争』という」
「……」
荒野はどこまでも続いていた。
これほど広大な土地を荒野に変える争いはいったいどんなものだったのだろうか。
けれど、なんとなく察しはつく。
神様の言っていた、最強同士の不毛な争い。
それがおそらくここで起こったことだ。