【07・リベレイト地下武器倉庫】
戦場は武器庫。天井は高め、多くの棚には多種多様な武器が収められている。
今日の対戦相手は、マキナ=クォート・ホプキンスに、アレフレッド=Vs・インファンテ。
両者専用武器はなし。
全力を出し切って、全意思を投じて、相手を殺すことだけ考えろ。
すべては生き残る為に、死に行く為に、自身を自身として生きた証を残す為に。
「始めよか」
「そうだな」
いざ尋常に、はじめ!
*
先制を撃ったのは、素早さでは一位に喰い込むマキナだ。スタートからすぐに棚からナイフを乱暴に入手し、持ち前の素早さで敵対象アレフの眼前まで急接近。そして右手に構えたナイフで強烈な突きを撃つ。
だがアレフはそれをギリギリの瞬間でしゃがみ、そのままの勢いでマキナへ足払いを掛ける。判断力は無駄にあるようだ。マキナはそれを避けることが出来ず、一瞬彼の身体は宙へ飛ぶ。その瞬間を、アレフは決して逃さない。
常に袖の中に仕込んである短刀を、斬るという目的ではなく、投げるという行為で消費する。投げられた短刀は瞬間的に無防備となったマキナの右腕の、皮のみを切り裂いて棚に着弾。金属製の棚だというのに、こうも短刀が突き刺さるものなのか。
なんとか右腕の軽度損傷で済んだマキナは、地面に落ちた瞬間に体勢を立て直す。そして何か想いついた様子で、また器用に武器棚をジャンプで昇り、最上段となる開けた空間に至る。まだ、あのナイフは捨てていない。アレフはその行動に嫌な予感を感じた。こういった戦いの場での「悪い予感」は、よく当たる。すぐさま適当な武器、刀を拾い上げてマキナがいる棚を斬りつける。今回彼の強化は斬鉄だ、斬れないはずがない。
一瞬だが凄まじい金属音が響く。音が消えるか消えないか、その数秒間に棚は見事に斬り倒されて、武器は雪崩を起こす。もちろんその棚を足場にしていたマキナは落ちるわけだが、彼はそれを予測していたようだ。
「【オーバードライブ】」
空中の最中、感情の無い声で宣言されたその効力に応じるように、ナイフから生み出された剣撃の衝撃波が銀光を纏って乱れ落ちる。狙いは一点ではなく範囲であり、あたりの棚には大小差はあれど傷跡が刻まれる。範囲のほぼ中心にいたアレフに全て避ける術はない。
だが、只では受けぬといいたいのか、アレフは持ち前の魔法で即席の物理結界を張って衝撃波をやりすごす。衝撃波は当然物理判定だ、周りの棚も武器もそれを喰らい、たちまち煙が立ち上る。マキナからはアレフの姿を見失ったも同然だが、音で防がれたと判断し、二つ目の武器を拾いつつ様子を見る。こうも見事に、全力に近い攻撃を防がれたマキナは、どちらかといえば楽しんでいた。
07への参戦者は、小技やテクニックで攻める傾向が多い。理由といえば、参戦者は特別な肩書きを持たない人種が主だからだ。人知を超え恩恵を受けた力を持っている訳じゃあない。使える力を最小のスタミナで最大の行動を起こす。そういう技術を使うのが普通とされていた。
だが、アレフは違う。彼は聖剣王の直系血族であり、六つの精霊から属性の恩恵を受けた特別人種だ。この07戦場地帯に置いては、パワーで力押しできる彼は珍しく、貴重な人材である。というか武器庫フィールドで棚をぶった斬ったヤツは、記憶に残る限りアレフで二人目だった。
「【アイスクラッド】!」
煙が消えきる前に、氷の塊が驚きの速さでマキナへ飛んできた。あまりの速さに、マキナはそれを氷塊だと認知した瞬間には、既にその攻撃を受けていた。
──魔法だ。この速さは中位の、風の魔法!
腹部に氷塊を撃ち込まれたマキナは、当然後方、武器庫の壁まで吹っ飛ばされる。メキリ。嫌な音が体内で響いた。そしてその吹っ飛びに便乗したのか、最初から仕組んでいたのか、砕けた氷塊は殺意的な冷気に変わり、あたりを極寒に仕立て上げた。心臓まで凍りつくような殺意的、いや寧ろ殺意しかない寒さだ。マキナは慌ててその場から離れる。その場にいたままでは寒さで体力を削られる。
「やってくれるね……っ」
あからさまに聞こえるように打った舌打ち。それは宣言でもあった。アレフが立っているであろう場所へ、一直線にマキナは奔る。そして奔る直線状には、魔法陣のリング。それはくぐったモノの速度を瞬間的に引き上げる魔法。リングをくぐるマキナの耳元で、発動を示す鈴の音が鳴る。
「来る」
かといってアレフとマキナの物理的な距離を狭めるには、当然数秒なりとも時間が掛かる。アイスクラッドを直撃させてもまだ戦えるマキナを見て、アレフは久しく焦る。だが、焦っているだけではない。此方へ突っ込んでくるマキナを迎え撃つ準備を整える。すぐ手に取ったのはオードソックな鋼の剣だ。
「──やぁクタバレっ!!」
「断る!」
大きな衝突音。空気すら揺るがす、大きな力と力のぶつかり合い。速さで増強された力と、根本から引き出された力。瞬間的に、二つとも互角。
だが。
銃声音が響く。
「なっ!?」
攻撃を受けたのはアレフだった。あまりに唐突すぎて、状況の理解が追いついていけない。右肩の痛みで気付く、これは銃だ。弾丸を埋め込まれた痛み。しかも貫通してないからたちが悪い。まさか。とアレフはその場を後退しながらマキナの武器を見る。
「不意打ちも立派な戦術だよ」
ナイフと一緒に構えられていたのは、拳銃だ。しかも凶悪なデザートイーグル。あんな銃を片手で撃ったと言うのか、最近の十代はまったくもって恐ろしい。
「そうであったな」
追撃を狙うか、マキナは真正面からアレフへ接近。そして零距離からの銃撃を放つ。流石のアレフでも零距離で撃たれたら見切る弾道もない。とっさに右腕で庇い、銃撃を凌ぐ。その場では不味いと思ったのか、アレフは棚に置かれた武器の山を、剣で薙ぎ飛ばす。薙ぎ飛ばされた武器たちは、十分すぎるほどにマキナの視界を遮る。それで十分だった。
瞬時、衝突で刃がボロボロになった剣を左手に構え、アレフは丁度すぐ側にあったモーニングスターを得る。そして棚の影に隠れて時を伺い始める。彼のいつもの戦法だ。
当然武器に邪魔されてアレフを見失ったマキナが、その様子を見ているはずがない。突如姿を消した敵対象にマキナは焦る。仕留め損ねた、と。
極力足音を立てないように、じわりじわりと棚や武器が散乱するフィールドを移動する。どこに潜んでいるかがわからない以上、警戒を強めなければ不意打ちで一発で殺される。こう言ったときの焦りは禁物とは分かっているが、焦るなと言うのが無理と言うもの。
今思えば、マキナはアレフの戦い方を何も知らなかった。根本的に流派が違う上に、それらを記した書物は世界ごと消え失せてしまった。情報と言う情報もない、よくよく考えてみれば未知の敵だったのだ。動きを予測できるはずもない。こういった戦場の静寂は無駄に思考速度を上げてしまう、もしかしたらこの状況すらアレフの作戦かもしれない。だが仮にそうであったとしても、今更対処できない。
マキナは静寂に、それは確実に冷静さを喰われていた。
「────……」
静寂を喰うように、突如響くのは衝突音。
「!」
音のした方向には、鋼の剣が突き刺さっていた。 ──これは注意の誘導だ! だがマキナが察した頃にはもう遅い。後ろからモーニングスターで殴りかかってきたアレフに対応するには、全てが遅すぎた。ギリギリのところでアレフの表情を見れたのは、幸か不幸か。
どの人間よりも恐ろしい、死線を幾度も潜り抜けた戦士の、鬼の形相。その瞳はなによりも、マキナの死を見つめていた。そしてその表情は、マキナの初めて見るものだった。
戦慄する。
悪意と害意と殺意に満ち溢れ歪みに歪んだ【殺戮王アレフレッド】の笑みだったのだから。
「地獄で待ってろ」
そうして、酷く鈍い打撃音で今回の07戦は終わりを告げた。
*
後日。
「なぁアレフ……モーニングスターで後頭部攻撃は止めておこうや……」
スケルトンじゃああるまいし。ミザキに言われて以来、アレフはモーニングスターの装備を自重するようになった。
彼に全盛期時の装備を持たせてはいけない。
それは友人であるミザキと、実際にその姿を見たマキナしか分からない。再確認したことで身に染みた。アレフはやばい。今までやってきた中で、ダントツでヤバイ。いくら不死の07戦とはいえ、あれは二度と見たくない。
さてはて。
今回の対戦相手はシグレ=Ar・ディルカディアに、ガイ=ラグール・ウィンラ。
舞台は前回と同じく武器庫。
両者専用武器はなし。
全力を出し切って、全意思を投じて、相手を殺すことだけ考えろ。
すべては生き残る為に、死に行く為に、自身を自身として生きた証を残す為に。
「さ、始めようか」
「あぁ」
いざ尋常に、はじめ!