【07・リベレイト冷戦区】
「心というモノは、本当に厄介なもんだな」
空龍というプログラムは想う。こうまでも、気が狂いそうなほどに人を思えることを、
まるで一つの奇跡のようなものに捉え、想い続ける。
そもそも、どうして己は彼女に手を差し伸べたのだろうか。
まったく、酷いバグだ。想ってから自嘲した。
この己が、疑問を抱くなど、ありえないはずだ。
「キャラクターは世界を狂わせる。強ち間違いではないな」
そうして今日も眼を覚ます。
*
痛い。
熱い。
痛い。
空から叩き落された鳥は、地を這うしかないのか。
1:傷への逃亡
焼けるような熱さが左腕を確実に侵食する。正しくは、左肩だが。まぁ左腕でも問題はないだろう。
客観的に自身の身体を見る。左手というものは既に【07】に置いてきた、他に両足は物理的な罠を受けてしまった所為で、銃弾の貫通傷が複数ある。さらに、右の眼球は確実に潰されてしまった。そして全身は、地面に投げ出された衝撃で強打し恐らくは内出血やあざが、凄まじいほどに発生しているだろう。右の目を潰されてしまうのがこれで二回目になる彼の外見を、今のうちに記しておこう。
黄昏色に鈍る金髪。何とか生き残った青緑色をした左の眼は、血を受けてもなお、びいどろの輝きを残していた。衣類は彼の職業にしては民族的な、布を重ねて作られた風の動きに靡くものであり、最小限の動きであれど無条件に動きが大きく見える。一見して戦闘に向かない、旅人向きの衣裳だ。無論、さまざまな部位を破壊された彼の血で汚れているが。
そして、今日は太刀を背負っていない。腰に隠すように括り付けられた短刀、それだけが今日の武装らしい武装だった。
彼の名はシグレ。此処【07】ではそれなりに知られた勢力、名は義勇軍。そして「ノープログラム」の傭兵だ。「ノープログラム」とは根本的な血族的能力を持たない一般人上がり、という意味を込められたランク名であり、彼は、彼自身の実力で生き抜いてきているが為に、化け物揃いの【07】では噂ぐらいは立つぐらいに、活躍もしている。そんな彼だが、今日は事情が違ったようで。
「……不味った」
剣の墓場とすら呼ばれた、荒野に剣の亡骸のみが転がる場所を徒歩で移動しながら、掠れた声でシグレはぼやく。右目は、彼の大切な動力源であり、戦うには出来れば必要な……言い方はあれだが部品だった。いやいや、実際にあれは部品なのだが。義眼という、部品なのだが。あの義眼は特別製であり、あの眼を通した世界は奇妙なほどの鮮明さを得る。
簡単に言えばあの眼は、「虚構を全て取り払った現実のみを観せる」特別な眼だった。紛い事や綺麗事に惑わされやすいシグレにとって、あの眼はとてつもなく残酷であり、同時に冷静さを分け与えてくれた。
それを、破壊されてしまったのだ。誰でもない敵であり、友人に。別にシグレ自身はあの眼に執着していたわけではないが、いざ破壊されてみるとよくわかる。これまで、どれだけあの眼に頼ってきた。否、依存してきたかを。
「やれ、今回は敗者か」
自嘲するように自認する。まぁ、敗者も悪くはないなと、諦める。
桃源郷は、まだ遠い。
*
リベレイト空戦区。
剣の墓場を越えた先にある多数対多数を目的とした戦場。07の戦場の中で、一番戦闘が激しく、一番人が多く集う場所だ。
地上は古びた街で埋め尽くされ、常にゲリラ的戦闘が展開、その地下には巨大な武器庫がありそこでさえ常に人間同士が殺し合いというの生存戦が発生している。そして空戦区の名の通り、この街の空は戦闘機が大空での制空権争いを続けている。
天地両方で常に戦いが続く戦場は、07のどこを探してもこのリベレイトだけだった。
2:瞼のある魚
そういえば、シグレは人の心を読み取る異能を持っている。
だがそんなに使うこともないし、気づかれることも殆どない。それぐらいどうでも良い異能であり彼本人ですら、時折その存在すら忘れかけているほどだ。
そうそう、勘違いを未然に防ぐために言っておくが、別にシグレは、その異能が嫌いなわけではない。只必要がないのだ。使う必要が、まったく持って無意味なぐらいにないのだ。化け物揃いの07には、思考は読むだけ無駄なのだ。戦いが続けば思考が加速する。一種の心理戦が主なこの戦場で、シグレの異能はあまりにも無意味すぎた。
あぁ、説明しておいたほうがいいようなので説明するが、シグレの心を読める能力には限界がある。現状の感情しか読み取れないのだ。なので、シグレの異能は最弱レベルである。というかこの戦場には異能なんてあってもないようなものなのだが、そこらは個人の感覚差であろう。
そんなわけで、この異能ともいえない異能は、まったくもって使えないものなのだ。
「……どうも」
「お、おう」
特に、この状態だと尚更無力である。
リベレイトの地下に張り巡らされた通路、通称血の回廊でばったり出くわしてしまったのは、最近この戦場にやってきたらしい知り合いだったのだ。
*
現在二日目であるこの07戦場は、物理的戦闘で持続している面が目立つが、よくよく見れば勢力同士の情報戦、所謂冷戦状態でこの戦場は成り立っている。かといって情報戦は情報戦に強いメンバーが行っているため、前線で戦っている連中には、実際そんなに関係ない。
言われたことを最低限こなせば、後は自由なのだから。
3:エンカウント
「あぁ待て待て、私今【Vs】のだから、そっちに攻撃出来ないから」
「えっ」
「同盟関係についただろうが、ほら……えーと、ざっと二ヶ月前ぐらいに」
幸い、黒い噂が纏わりついた彼と戦うことはなかった。その理由となったのは【同盟】。正直に言おう、シグレはこの話を忘れていた。
07には多くの勢力がぶつかり合っている、その中には戦うだけではなく、同盟などを結び一時的に協力などの関係になることがある。まぁ、話には聞いていたが、問題はいつそれが結ばれたか。なのだ。
「そんなに最近だったか? 俺、てっきり半年前かと」
基本的に07にはちゃんとした時間の流れが存在しない。一日の区切りでさえ、個人によるのだ。だから年数や月に関しては、本当に曖昧であり歴史書泣かせなのである。酷い場合はある人は三日前、ある人は七年前と答える事もある。これは酷い。
「……まぁ、良くあることだろうに。とりあえず敵じゃあない」
「そうか、悪かったな」
シグレは構えを解き、彼はため息をつく。恐らくは安堵の。
いい加減彼が誰かを表記しておいたほうが良いだろうか、恐らく、まだ誰も彼の真の姿を見たものは、此処にはいないであろうが。
王族のみが継ぐ黄昏色の髪、至極珍しい髪色と同じ色素を宿した瞳。全盛期の姿なのか、シグレと年は殆ど変わらない風貌は、酷く異質にさえ感じさせる。彼の名は、アレフレッド=Vs・インファンテ。霧の国ヴァーシグ王国の、玉座を失った王子。それは後に語られる、【優王】であり【傷王】である。
*
魔法。
シグレのいた世界には才能のある人間にしか扱えなかったものだった。
が、しかし色々な世界線というより時代が混雑しまくっているこの場所では、ある程度訓練すれば、大体の人が扱えるようになる。それぐらい一般的なものだ。
「よし、珍しく上手く出来たな。私偉い、ちゃんと傷塞いだ」
「今の台詞で信頼全部ぶち壊したぞ、アレフ」
だが、どんなに実力者とはえアレフの回復魔法は、二度と受けたくないシグレだった。
4:血の回廊にて
「というか、なんか頭がぼーっとしてるんだが」
「アースヒールは精神的にも回復を行う魔法だからなぁ、まぁ大丈夫大丈夫、少しハイになるだけだ」
「おいこら待てや」
なんということをしてくれたのでしょう。という言葉が脳裏に浮かぶ時点で、シグレは自身のテンションが明らかにおかしいことを自覚する。確かに左肩の直視すら出来なかった傷は綺麗に塞がった。それはいいんだが、ハイってどういうことなんだ。シグレは思う。
「単機での戦いだと気力も重要だからな、ハイにでもならないとやってられん」
「それで、この追加効果?」
「いやそれ偶然ついてきた」
ぜんっぜん関係無いじゃないかぁああああああああああああっ!!
脳内での叫びで留められただけマシなのだろうか。まぁ仕方が無い、ハイなのだから。ハイなのだから。何故二度記述したのかと問われれば、それはきっと、いや恐らく重要なことだからだろう。……いや、全然関係ないしどうでもいいけど。
「……しかし、誰も通らないな」
ふとアレフは血の回廊の先を見つめて、言葉をこぼす。
そういえば先ほどから誰も此処を通りかからない、血の回廊という物騒な名前とはいえ、この回廊は連絡通路として頻繁に扱われてるはずだ。かれこれアレフと遭遇してから三十分ぐらいは経過したと思うのだが、上で……リベレイトの街で何かあったのだろうか。
「暫くはここにいたほうがいいみたいだ、今は戦いたくない」
いや、それは戦えないの間違いだったのだが。
「賛成。此処での戦闘は苦手だ」
「苦手?」
「剣の墓場なら大得意なんだがな」
それ多分あんただけや。
しかし剣の墓場での戦闘が得意だとは、また変わった人だな。とシグレは思う。あの墓場は殆ど障害物がない。しかも大抵が一対一で戦うことになる特殊な場所、正直言って誰も寄り付かない。まぁ、そのお陰でシグレは一人でこの場所まで移動できたのだが。
「そういえば、何故に……えーと、シグ……何だっけ?」
アレフは人の名前を覚えるのが苦手だ。
物の場所や地形、魔物の配置を覚えるのは得意だが、名称を覚えるのだけは、とんでもなく苦手だ。だから毎回人の名前に疑問符をつけるような呼び方をする。別に不快とは思っていないので、それはそれとしてスルーした。
「シグレだ」
けど流石に今回は最後まで言えてなかったので、訂正する。
因みにこのシグレという名前、実際は偽名だったのだが、いつの間にか彼自身ですら本名を忘れていた。よくある話だ。現に同じような人間が、約一名別勢力に存在している。だから、よくある話なのだ。
「そうそうシグレだ。何故にキミ、此処を通過しようとしてたんだ。その大怪我で」
「…………血迷った!」
「おい」
アレフに即効で突っ込まれる答えを考え付いたのは、流石にショックではあった。
*
出会った最初は、アレフはシグレという少年傭兵に対してあまり良い感情は持っていなかった。
裏切り常習犯だと聞いていた所為だろうか、それとも単に相性の所為か。どっちにしろ、あまり仲良くはしたくないと思ってはいた。
イメージとして形容するとしたら、シグレは狼だ。かといって孤狼というわけではなく、孤高というわけでもない。良い人なのか、天然なのか、馬鹿なのか、とにかく優しく見える彼の行動は意外と損得感情によって動いている。それを見抜いていたのは彼の相棒であるガイと、暗躍者として名高いイクスだけだった。
しかしまぁ、人を簡単に疑り、嘘をつくのが、私の悪い癖だ。
とっさの反応で所属を【Vs】と騙ってしまった。これはかなり後悔している。現に嘘をついた所為で、こうして血の回廊で待機しているのだけれど、この少年、やはり変だ。この回廊に片腕を失った状態で逃避のために来た?
血迷ったといってもありえないだろう。私だって絶対やらない。
「……そういえば、最近キミの噂をよく聞くよ」
「そうなのか?」
「あぁ」
主に、白い噂だが。噂の癖に白すぎて白々しい。良い噂ばかりで、逆に気味が悪い。
さていつ殴りに掛かろうか。タイミングに途轍もなく悩む、相手は手負いだが、この状態でもシグレには魔法という武器がある。この血の回廊でそれを使われたら、まず軽症では済まない。
以前までは魔法は封印していたという話もあるが、そんなこたぁなかったのだ。魔法の一発で戦闘機を撃墜させたのを、アレフが偶然見たことがあるのだ。あの威力には流石に戦慄した。精霊の加護を受けたアレフでさえ、隕石を一つ落とすのが限界だというのに。
「……あと三分でおしまいか」
「そのようだ」
このリベレイトにはルールがある。一定時間終了後、占領領域が広いチームが勝利となる。時間が過ぎれば街の鐘が鳴る。鐘が鳴れば、一切の戦闘行為は禁じられて皆撤退するのだ。
それが、あと三分後まで迫っている。あと三分で、仕留められるか?
*
鐘が鳴る。鐘が鳴る。
今宵の戦線は、激戦の末に勢力【ロキ】が勝利した。
敗北者リストが流れ出るその中に、血の回廊にいたあの2人の名前は、無かったそうだ。
5:五秒の終息
「珍しいな、相手が手負いだったのに逃すとか」
「通路での魔法戦がどんなに恐ろしいか、お前は知っているのか」
「知らん」
「……」
「まぁまぁ、そう不機嫌になるなって。今回も結構頑張ったほうだと思うぞ?」
「総合ランクはB+だったんだが、つか今までで最低値だぞ」
「いやそれおかしいから、普通最低値とかD-ぐらいだから」
「そうか?」
「そうだよ。とにかくだ、あの元祖狂い星相手によくやったよ」
未覚醒の最強格に、よくやったよ
(やれ、枷に首を吊ったというのにな)