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08 作戦会議

 それから程なくしてのことだ。


「──問題は〝アレ〟をどうするかだ! 取り巻きの黒狼なんて、いくら倒したところで次から次へとやってくる。アレを倒さないと、この町は終わりだぞ! わかってるのか、クリス?」


 大の男たちが集まっている中、一人の男が声高に発言した。その彼が名指しでクリスと呼んだ若い男のほうに周囲の視線が注がれる。


「ボスを倒さないとヤツらは止まらないってことはわかってる。だが、アレと正面きって戦うにはこちらの犠牲が多くなりすぎる」


 と冷静に弁を語るのは、この広くもない一室に寄り集まった男どもを束ねるリーダー的存在にして、少年クロムの兄クリスだ。彼はこの集団の中では比較的若い層の男だが、冷静な判断力と、仲間思いの正義感、そしてなによりも弓の腕前で有事の際の筆頭となっていた。

 そのクリスを中心にして、北広場の臨時の前線基地となっている建物の一室ではちょうど作戦会議が行われていた。町を救う方針を決定する重要な会議だ。クリスを含めて十人ほどの男たちが薄っぺらい卓に額を寄せ合っている。


「ならばどうする、クリスよ。時間稼ぎをしているだけでは状況は好転すまい」


 先ほど発言した男とは別の男がクリスに尋ねた。

 町の現状とはこうだ。初め北門の防衛を突破してきた敵主力に対し、町の自衛組織は各数人の隊に分かれてゲリラ戦を展開、敵主力を町の北西部に誘い出した。その後は各隊が交代で断続的に奇襲を行い、敵主力をその近辺に釘付けにすることに成功している。だが、通常の攻撃では敵主力にダメージを与えることができず、時間稼ぎにしかなっていない。その間にも戦場と化した市街は破壊される一方である。

 それに加えて町中を跋扈する黒狼たちのせいで、各隊の消耗は激しい。壊滅した隊も一つや二つどころではない。このまま何も手を打たなければ、確実に町は滅びる。

 その滅亡を回避する案は二つある。そのうちの一つをクリスが提案した。


「ゲリラ戦を断続的に続けて、敵のボスを町の一部に足止めする。その間に残りの戦力で住民を護衛しながら、南方の別の町へ避難する」

「待て! それじゃあ俺たちはこの町を見捨てるっていうことか?」

「……そうだ。そうするほかに人命をより多く助けられる方法はない」


 町を放棄すると聞いては他の男たちも黙っていない。クリスに食ってかかった。


「クリス、お前はまだ若造の甘ちゃんだからわからんかもしれんがな。この町が俺たちの町で、本拠地ホームなんだ。ここを捨てて逃げるくらいなら、おれは最後の一人になるまで戦うぜ」


 そうだそうだ、と二、三人の血の気の多い男たちが同調した。


「それは結構なことだが、俺たちの役割は守ることだ。町の人々を危険にさらしたまま死ぬことは許されん」


 作戦会議は紛糾する。町を放棄してでも住民の命を最優先にするという意見と、町を守って徹底抗戦をするという意見。その二つで会議に参加している男たちは真っ二つに割れた。

 ちょうどそんなときだ。

 部屋のとびらが開いて、一人の女性が姿を見せた。この戦闘の最前線にはまるで似つかわしくない、流れるような長髪とすらりとした長身の麗しい女性──エリーである。簡素で飾り気のない服装だが、ロングのスカートにはスリットが入っていて、動くたびに白い生脚が見えている。

 北の広場でクリスと共闘したエリーは、その後この前線基地に連れてこられた。それからは少年クロムを兄に引き渡すと、準備もそこそこにここを発つことにしていた。そもそもエリーの当初の目的は少年の護衛ではない。町を救うことである。

 そのエリーが作戦会議室の行き詰まった空気を破り、やってきたのだ。彼女のトレードマークである首かけのポシェットがかわいらしく揺れていた。


「勝手に行くのもどうかと思いまして。一応、報告に来ました」

「行く? 行くってどこにだ」


 クリスが尋ねた。

 彼を含めた男たちはみな、少なからずエリーに怪訝な目を向けて注目していた。


「敵の親玉のところへ、です」


 だが、その彼女が真顔で言うことばの意味はまるで伝わらなかった。男たちは互いに顔を見合わせ、どう反応したらよいものかと唖然としていた。

 クリスがひとつ咳払いをして口を開く。


「……俺たちは今、大事な作戦会議をしているんだ。この前線基地にいれば安全だから、あんたは大人しくしててくれないか」

「ですが、苦戦しているのでしょう?」

「女の手を借りるほどじゃないさ」


 クリスは北の広場でエリーが黒狼を素手で倒したのを見ている。だが、だからといってエリーのような女性を戦場に立たせるわけにもいかない。エリーがただの女性どころか人間ですらないということを、クリスはまだ知らないのだ。


「あんたエリーとか言ったな。うちの弟を助けてくれたことには感謝してる。だが、これは遊びじゃないんだ。生き残るための戦いをしてるんだよ」

「それならば、なおのこと私も手をお貸しします」

「いや……」


 この妙に強気な女性をどうやって追い払ったらよいか。クリスは頭を悩ませた。

 すると、すかさず横から他の男たちが口を挟んできた。


「クリス、こんなお嬢さんでも徹底抗戦をすると言ってるんだぜ。やっぱりおれたちも戦うべきなんじゃないのか?」

「そうだそうだ。全員で気合を入れてかかれば、ボスを倒すのは無理でも追い払うくらいのことは──」

「そもそも小隊の奇襲ばっかりだから決着がつかんのだ。初めから総力を挙げていれば──」

「敵のボスがなんだってんだ。元気があれば、なんでもできる!」


 徹底抗戦派がめいめいに強引な主張をさえずり出す。彼らが興奮した様子で声を荒げるたびに、作戦会議の機運はそちらに傾きつつあるようだった。


「おいお前ら、いい加減に……」


 と、クリスが場を収めようと口を開いたときだ。

 突然、どおっという音がして、クリスたちの取り囲んでいた長机が一瞬で真っ二つに割れて砕けた。机の上に頬杖をついていた男は体勢を崩し、広げられていた市街の地図はばさりと落ち、会議室内の男たちはみな豆鉄砲を食らった鳩のように驚いた。

 長机をほんの一撃で叩き割ったのは、議論の飛び交う真ん中に突っ立っていたエリー、その右こぶしだ。見た目からはとてもそんな力技ができるとは思えない女性の姿に、再び衆目が集まる。


「敵の親玉には手を出さないでください。おそらく普通の人では相手になりません」


 有無を言わさぬ迫力でエリーは男たちに訴えた。〝普通の人〟ではない、人並み外れた力を持つ彼女は、どうやら化物モンスターのボスと単身やりあう気でいるらしい。

 会議室はしんと静まり返る。

 その中で口をきけるのは、クリスくらいのものだった。


「そうだなエリー。あんたの言うとおりだ。……もちろん、敵のボスに近寄らないのはあんたも含めて、だ」


 クリスは徹底抗戦することを認めない。なぜなら、敵のボスを実際に一度目にしているからだ。北門が突破されたときに真っ先に前線に向かったクリスは、その圧倒的な強敵を目撃していた。


「群れのボスには町の精鋭十数人で取り囲んでも歯が立たないだろう。あっさり返り討ちにされる。だから、俺たちはアレとは戦わない」


 クリスの言葉を聞いて、また一部の男たちがざわつき出す。

 だが、それをクリスはぴしゃりと抑えた。


「ついさっき、この町が俺たちの本拠地ホームだと言ったな? もしもここが奪われたのなら、そのときは取り返せばいいだけの話だ。建物が壊れたなら直せばいい。だが、失われた命は戻らん。この町で一番大事なものは、住民の命だ。……違うか?」


 クリスは雄弁をふるった。その若さにしてリーダーを務めているだけのことはある。徹底抗戦を叫んでいた男たちに返す言葉はなかった。

 会議室の意思が一つにまとまったことを感じたクリスは、早速、各員に指示を飛ばし始めた。


「……まずアレン隊とジルベール隊は、現在ゲリラを展開している隊の引継ぎに当たってくれ。危険だが重要な任務だ、頼むぞ。それから俺の隊、オットー隊、クラウス隊は前線基地ここに残って待機。屋上に見張りを立てるのを忘れるな。それ以外の隊は戦闘用意を整えたのち、南の避難所へ移動する。ローランド、お前は欠員を集めて別の隊を編成してくれ」


 クリスは的確な指示を次々に与えていった。先ほどまでは反論の構えを取っていた男たちもそれによく従った。作戦会議に余計な時間を浪費してしまったぶん、町の防衛隊は慌しく再始動を始めた。


「ヴァレリ、お前には南の避難所へ向かう全隊の指揮を任せる。それで、負傷者を運ぶついでに他に護送してほしい人員がいるんだが。…………む?」


 クリスは会議室内を見渡して異変に気が付いた。つい先ほどまでそこに突っ立っていた、移送するべき人員がいない。会議室の長机を叩き割った張本人、エリーの姿が見当たらないのだ。


「おい、さっきまでそこにいた女を知らないか!?」


 クリスは周りの隊員に尋ねるも、それらしい答えは返ってこない。建物の他の部屋を探してみるも、やはりいない。なんだか不安になってきて、クリスは屋上まで駆け出た。


「クリスさん! 今、女の人がここから隣の建物に飛び移っていきましたよ! 止めたんですが、ものすごいスピードであっという間に……」


 屋上にいた見張りの隊員からクリスは知る。

 エリーは化物モンスターの跋扈する町中へ再び身を投じ、本当に親玉のもとへ向かっていったのだ──。




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