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05 その頃、イリスは



 エリーたちが北の広場を目指している頃、町の東門のあたりに小さな飛翔体がたどり着いた。蝶のようにぱたぱたと飛び、てのひらほどの大きさもない少女──妖精のイリスだ。


「はぁ、やっとついた。もう疲れたぁ。お腹も減ったし、ノドはカラカラ……」


 イリスはひとり愚痴をこぼしながらその場にへたり込んだ。超人的な脚を持つエリーが全力疾走してきた距離をその小さな羽で飛び続けてきたのだ。へたってしまうのも無理はない。

 しかし、それにしてもかなりの時間を要してしまった。エリーが今頃どこで何をしているか、イリスには予想もつかない。


「うう……こんないたいけな乙女を放っていくなんて、エリーのバカ……。結局あたしもこの町に来ちゃったし……。もしだれかに襲われたらどうしてくれんのよ。男はみんなオオカミなのよ。何かあったら責任取りなさいよバカエリー……!」


 いつもの癖で文句を垂れ始めるも、それに構ってくれる相方はいない。周りを見回してみても、町の中はがらんとしているばかりで人の気配がない。イリスは途端に心細くなってきた。


「もうっ……こうなったらエリーのバカを探しにいくしかないわね」


 イリスはなるべくなら町の奥へ入っていきたくないと思っていた。なぜなら、イリスの持つ妖精族特有の感知能力が危険な何かを察知していたからだ。町の中には怪しい反応がたくさんある。その全てをうまくかわしてエリーの元へたどり着くのは難しいだろう。


「ふん……いいわ、やってあげる。あたしを甘くみないでちょうだい? 妖精族秘伝の予知能力をクシすれば、エリーと合流するのなんてラクショーよ!」


 誰に向けて見栄を張っているのか、ひとり意気込んだイリスは早速その予知とやらを始めることにした。

 地面の上に小さく立ち上がって目をつむり、精神を集中する。運命の糸を感じ取るように、たぐり寄せるようにして、イリスはそっと──。


「──えいっ!」


 手に持っていた小枝をその場に垂直に立てた。

 そんな小枝をどこから持ってきたのかはわからない。

 垂直に立てられたその小枝はゆらゆらと揺れ動いて、やがてぱたりと倒れた。


「なるほど、あっちね……」


 小枝が倒れた先のほうへ、イリスはためらいもなく歩き出した。

 その先に進めばどうなるのか、イリスにはわからない。何があるのかもわからない。それでもイリスは直進していった。

 突き進んでいくと、やがて小路に入った。相変わらず周囲に人の気配はない。敵らしきものの気配もしないのは幸いだが、あまりにしんとしていて不気味な路だ。


「ふむ、今度は分かれ道ね」


 いくらか進んだ先は十字路になっていた。目の前に広がる選択肢は三つある。

 さあいくわよ、とイリスは予知能力を最大限に発揮した。


「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な? て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り!」


 ふざけているのか遊んでいるのかよくわからない方法でイリスは道を選び取った。そしてまた迷うことなく突き進んでいく。どうやら自らの予知能力には絶対の自信があるらしい。


「うん……? なにかしら、すごくイヤな予感がしてきたわ」


 そんなふうにしてイリスが路を歩き続けていると、なにかの物音が聞こえ始めた。ばたばたと慌しく駆けているような足音だ。それは周辺の建物の中から聞こえていて、次第にイリスのほうへ近づいてくるような気がする。


「よ、よくわかんないけど、逃げなきゃ……!」


 イリスは背中の羽をばたつかせて飛び上がった。地べたを歩き回っているよりは何倍も疲労感は増すが、ずっと速く移動できる。

 ちょうどそのときだった。

 大きな音がして、急にイリスの後方にあった建物のとびらが開いた。

 そして、そこから一人の少女が駆け出してきた。


「はぁっ、はぁっ──!」


 少女はなおも止まることなく走ってきて、小路を飛行していたイリスと並走する形になった。


「はぁ、はぁ……えっ、なに? なにか飛んでる……?」


 必死に駆ける少女は、前を飛ぶイリスの存在に気付いた。


「ちょっとなによあんた、急に出てきてなんなの…………へ!?」


 イリスは走ってきた少女を見て驚いたが、その後ろを見てもっと驚いた。黒い狼のような化物モンスターが三頭も連なって追いかけてきたからだ。


「げっ……男ってマジでオオカミなの!?」


 どうやら少女はあの黒狼たちに追われているらしかった。それ以外の状況はわからないが、この狭い小路だ。とにかくこのまま逃げるしかない。


「ちょ、ちょっとあんた! 後ろのアイツらはなんなの!」

「はぁ……はぁ……しゃ、しゃべった……! あっ……あなたも、もしかしてモンスターなの……?」


 切迫した状況の中、二人は並んで走りながら言葉を交わした。


「ばっ、バカ言わないで! あたしみたいな可憐でキレイで美しいのがっ、モンスターなわけないでしょ! あんた目ぇ腐ってんじゃないの!?」

「ご、ごめんね……はぁ、はぁ……じゃあ……もしかしてあなたは、妖精さん……?」

「そうよ! 美少女妖精イリスちゃんとはっ、このあたしのことよ!!」


 少女と妖精は狭い小路を駆け抜けていく。その後ろからは黒狼たちが血走った目で追いかけてくる。

 路はぐねぐねと曲がりくねっていて、おまけにレンガのでこぼこが余計に路を悪路にしていた。飛んでいるイリスにはそれも関係ないが、少女が走り続けるのは過酷だろう。

 と思ってイリスが隣を見ると、意外とそうでもないようだった。少女は道順を全て覚えているかのようにすばしっこく、足取りも軽い。この辺りの住民だったのかもしれない。地の利は後ろの追手より少女のほうにあるらしい。


「(これならこの子、案外大丈夫かもしれないわね……。よし、後ろの犬っころはこの子に押し付けることにするわ!)」


 イリスは画策していた。

 この突然の危険をいかにして乗り切るか。

 それは、後ろの追手を全て少女のほうに押し付けるという、なんともあくどい方法だった。

 このまま走っていけばじきに三叉路に行き当たることをイリスは予知していた。そして、その地点は走っている二人の目前にすぐに現れた。


「ほら来たっ、分かれ道よ! か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り! よし、あんたは左へ行きなさい!」

「えっ? えっ!?」

「あたしは右に逃げるから、あんたは左へ逃げるのよ! じゃあ、とってもとっても悲しいけど、ここでお別れね!」


 などと心にもないことを言ってイリスは右の道へ飛び込んでいった。

 少女に考える時間はほとんどなく、よくわからないままイリスに従って左の道に逃げ込んだ。

 もちろんイリスが選んだのは、予知能力によって〝最良〟と判断されたほうの道である。二人はそこで別れた。


「悪いけど、元はといえば自分で連れてきた犬っころなんだからね! ペットは飼い主にちゃんと引き取ってもらうわ!」


 たくらみが成功してひとり高笑いするイリス。

 やがて後続の黒狼たちが三叉路に差しかかると、しかし、イリスはわが目を疑った。なんと三頭のうち三頭全部がこちらの道へまっしぐらに向かってくるではないか!


「ちょ、ちょっ!? こんなの聞いてないよぉー!」


 右の道にイリスの絶叫がこだました。

 その反対の道を選んだ少女はというと、しばらく走り続けたのち、黒狼が全く追いかけてこないことに気が付いた。足を止めて大きく息をつく。


「はぁ……はぁ……、もう追ってこない……? もしかして、妖精さんがおとりになって助けてくれたの……? ありがとう妖精さん……!」


 少女はどうやらイリスのことを激しく勘違いしているらしかった。




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