03 最強の天然
「まずはこの町で起きている異変について聞かせてもらえませんか」
と、エリーが少年から聞きだした話はこのようなものだった。
この町は今、化物の群れの襲撃を受けている。これまでにも襲われることは度々あったが、今回は過去の比ではないほどに激しい襲撃だった。特にひときわ強力な個体が群れを率いていて、町の自衛組織では全く対抗ができなかった。町の北側の所々から上がっている黒煙はそのボスが暴れまわった跡だという。
「ヤツらは始め、北門のほうからやってきたんだ。いつもなら門を閉めていれば大丈夫なんだけど……今日は大丈夫じゃなかった。敵の親玉が門をぶち破って入ってきたみたいなんだ。北側から逃げてくる人がそう言ってた」
町の周囲は簡素な石壁でぐるりと囲まれている。本来ならそれで化物の侵入を防いでいるのだが、北門が破壊された今はそれも無意味なものとなっていた。用をなさなくなった門から外の化物が流入し、町中は黒狼たちが跋扈する危険地帯と化している。
「それで、男の人たちはみんな北の広場へ向かった。他の人は町の南のほうへ避難してる。おいらもそっちへ逃げるつもりだったんだけど……その途中で黒狼に襲われたんだよ」
「なるほど。町中がこの様子ですと、その北で戦っているという人たちの状況は芳しくありませんね」
「うん、きっと苦戦してるんだと思う。……この町がこんなふうになるなんて、おいら信じられないよ……」
少年はうつむいて小柄な身を震わせた。
道端に転がる死体。焼け落ちた家々。飛び散った血しぶきと生々しい肉片──平穏な日常から一変した町の風景は、まだ幼さの残る少年に衝撃を与えるには十分すぎた。
「心配しないでください。その南の安全な場所までお送りしましょう」
「……ううん、おいらは大丈夫。ここからなら町の外壁をつたって南に回れるんだ。それよりも、北の広場はもっと大変だと思うから……」
「わかりました。私はすぐにそちらへ向かってみます」
「うん……どうか町のみんなをお願い」
エリーは少年と短い別れを交わし、颯爽と歩き出す。
「あっ、ちょっと待って姉ちゃん!」
と、立ち去りかけたところで少年が呼び止めた。何事かとエリーも振り返る。
「どうしました? あ、やはり一人だと寂しいですか? 送っていきましょうか」
「え……いや、そうじゃなくって。姉ちゃんって、その……もしかして方向オンチだったりする……? そっちは北じゃないよ、南だよ……」
少年の言うとおり、エリーの体は全くの逆方向を向いていた。
「……そうかもしれません。よく町へたどり着けずに歩き回っていたりしますから」
エリーはイリスのナビゲートがないと、平気で間違った方向へ歩き出す。ここ数日の間、東の大平原をぐるぐるさまよっていたのは、イリスが途中で居眠りして道案内をサボったせいだ。
「姉ちゃんをひとりで行かせるのは、おいらすごく不安になってきたよ……。姉ちゃんだけで大丈夫かなぁ」
「さぁ、どうでしょう……。普段は友人と一緒にいるので、まぁなんとかなっているのですが。……あ」
そこでなにかに気付いたようで、エリーは口をぽかんと開けた。
「どうしたの、姉ちゃん……!?」
「そういえば……その友人を置き去りにしてきてしまったことを、いま思い出しました」
「え、それって大丈夫なの? この町中にだってモンスターがうじゃうじゃいるんだけど……」
うーん、とエリーは少し首をひねり、
「まぁ、大丈夫でしょう。あの人なら勝手になんとかします」
と、さらりと答えた。
「姉ちゃんって、見かけによらず意外とヒドいね……強いんだけど、なんか抜けてるところがあるっていうか……」
おまけに超がつくほど方向音痴だ。
少年はこのエリーひとりに町の命運を託すのが不安になってきた。
結局、少年もエリーのあとをついてくることになった。
「まぁおいらもちょっぴり、北の広場へ行きたかったんだ。おいらの兄ちゃんがいるから」
「お兄さんですか」
「うん。化物が襲ってきたって聞いて、真っ先に飛んでったんだよ。兄ちゃんはこの町一番の狩人なんだ」
「では、そのお兄さんをすぐに助けにいきましょうか」
「うん!」
兄のことを語る少年は嬉しそうだった。
戦闘の最前線に向かったというその兄がまだ生きていれば、少年も悲しまないで済むだろう──。