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01 旅人と妖精




 磨り減ったレンガ造りの街道の上を一人の女性が歩いてゆく。連れ合いはいない。西の地平に沈みかけた陽が彼女の姿を照らし、黄金色の原っぱの上にぽつんと影を落としめている。近頃はこの辺りも治安が悪く、商人は商隊を組んで行き来するのが常であるし、腕に覚えのあるような者でも一人旅などはしない。そんなところをたった一人で往く彼女は、一体何者なのだろう。原っぱに風が吹いて、彼女の長い髪を躍らせた。

 彼女の服装はシンプルで、歩きやすいように膝あたりまでスリットが入った長いスカートをはいている。武器の類は持っていない。ふところに短剣の一本や二本はあるかもしれないが、それでも一人旅というには心もとなさすぎる。これでは野盗か野獣にでも襲ってくれと言わんばかりの無防備さだ。唯一の持ち物らしいものといえば、首から提げた革のポシェットだけで、それは彼女が歩を進めるたびに右へ左へと揺れ動いていた。

 ふとそのポシェットがもぞもぞと動き出し、袋の口がひとりでに開いた。すると、そこから小リスよりも小さな少女が顔を出した。かわいらしい風貌で、その背には二対の薄羽が折りたたまれている──妖精族の少女だ。


「ねぇエリー! まだ次の町に着かないの? カバンの中で揺られっぱなしの、このあたしの身にもなってみなさいよ!」


 妖精の少女は可憐な姿を見せるなり、ぶつくさと文句を垂れた。かわいらしい見た目に反して口の利き方が粗い。

 その文句を聞くのは、妖精の住みかであるポシェットを首から提げ揺らしながら、黙々と旅を続ける女性〝エリー〟だ。


「だったら自分で飛べばいいじゃないですか、イリスさん」

「やーよ。だって、疲れるんだもん」


 イリスと呼ばれた妖精の少女はツンとそっぽを向いた。イリスがこのような理不尽な文句を叫ぶのは、この街道に入って実に二十五回目のことである。

 旅をする女性エリーは、それでも嫌な顔ひとつ見せない。


「妖精の貴女あなたでも普通に疲れたりするのですね。妖精って、もっとファンタジックな生き物だと思ってました」

「あったり前でしょ! あたしだってねぇ、お腹も減るしノドも渇くのよ!」


 イリスは豆粒のような顔の頬を膨らませて、ポシェットの上を飛び跳ねて怒った。

 淡々と街道を歩き続けているエリーはそんなイリスとは対照的だ。せっつかれても歩調を変えたり動揺したりすることはないらしい。


「それなら歩き詰めの私の身にもなってみてください」

「ふん、あんたは別にいいでしょ。バカみたいに体力あるし、なにも食べなくたって大丈夫なんだから」

「まぁ、たしかにお腹は減りませんけどね」


 エリーは無表情のまま、さらりと答えた。彼女がこの街道をニ、三日無補給で歩き続けていることは事実である。手持ちの食料がすっかり尽きていることは言わずもがな。そのおかげで、相方である妖精の少女イリスは今日、文句しか口にしていない。

 その文句が二十六回目にも達した頃だ。


「ねぇエリーったら! 次の町はまだ? このままじゃあたし、ミイラになっちゃうわよ!」

「もとが珍しい妖精の、そのまたミイラともなれば、きっとものすごく珍しいですね。……売ったらいくらになるのでしょうか」


 エリーは冗談を言ったらしい。

 だが、この能面の彼女が口にすると、冗談も冗談には聞こえない。


「ちょっと! 人をなんだと思ってんの!」

「ごめんなさい。……それよりイリスさん、そろそろ町が見えてきましたよ」

「え、なにホント!?」


 と急に元気になってポシェットから飛び出すイリス。透き通る四枚の羽がぱたたっと飛翔し、妖精の少女は美しい蝶のように舞い上がった。彼女お得意の口ぐせの悪ささえなければ、これほど幻想的で可憐な少女はいない。


「どうですか、町の様子は見えますか?」


 エリーはイリスを見上げて尋ねた。

 しかし、あれほど人里を待ち望んでいたはずのイリスの口からは、歯切れの良い返事は返ってこなかった。


「あー、うー……なんだろう、アレ。すごくイヤな予感がするわ……」

「どうしました? どんな予感がするか、詳しく教えてください」


 エリーはある特別な理由から人並みはずれた五感を持っている。地平の果てに生える木のこずえを数えるくらいのことはできる。しかし、それを上回る感知能力が妖精の少女イリスにはあるのだ。

 妖精族には、未来を予知したり、運命を感知したりする不思議な能力がある。そうでなければ、非力でひ弱な妖精族が古代より地上で生き続けることはできなかっただろう。人に発見されることが極度にまれなのも、それらの能力を駆使しているからだ──と、昔イリスがえらそうに語っていたことがある。

 そのイリスのセンサーが彼方にある町の様子をとらえた。


「町は町みたいだけど……あれはたぶん〝襲われてる町〟ね……。化物モンスターっぽいのが数え切れないくらいたくさんいるわ。あんな超絶ヤバそうなところ、あたし行きたくない」

「イリスさんって相変わらず──危険なところが嫌いですね」


 臆病ですね、と言いかけてエリーは表現を換えた。思ったままを口に出していたら、きっとイリスの機嫌を損ねたに違いない。


「あたり前でしょー。あたしみたいな〝いたいけな乙女〟がケダモノに見つかったりしたら、真っ先に狙われるに決まってるわ!」


 いたいけな乙女、というフレーズが気に入ったらしいイリスは、もう一度同じ言葉を口にしてひとりうっとりしていた。


「では、私が先行して様子を見てきます」


 そんなイリスにエリーはそれだけを伝えると、今までゆったり淡々と歩いていた歩調を急に変えて、一息に地を蹴った。足元の踏みならされた硬質のレンガが大きくえぐれ、消し飛び、粉塵が舞い上がった。

 次の瞬間には、エリーの身体はもうそこになかった。風にあおられ、木の葉のように吹き飛ぶイリスだけがその場に残された。


「ちょ、ちょっとぉ! 置いてかないでよー!」


 ぱたぱたと飛翔するイリスがあれに追いつくには、危険が潜む前方の町へ向かうしかない。




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