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お兄ちゃんは魔法使い

作者: 結木しぐさ

 「聞いて驚け! 兄ちゃんは魔法使いなんだ!」


 お兄ちゃんの頭は大丈夫なのかな?

 

 そう思っていた幼少期。


 『兄ちゃんは魔法使いなんだ』

 

 その台詞は昔から兄の口癖だった。


 大きくなってから、あれは兄の優しさだったんだってわたしは知る。


 昔から人見知りで、思ったことをすぐ言えなかったわたしは何かと独りにされることが多かった。

 

 いじめられているわけではない。

 と思いたい。


 話しかければ答えてくれる。

 でも、わたしから行動を起こさなければ誰もわたしを気にかけない。


 不登校になっていた時期もあった。

 それでも、もう一度学校に通いだした。


 『兄ちゃんは魔法使いなんだ』


 その台詞からお兄ちゃんの話はいつもはじまる。


 『だからお前に魔法をかけてやる。学校に行けるようになる勇気と友達とお話できる勇気が出る魔法だ』


 馬鹿らしくて、笑ってしまった。

 でも優しさだけは伝わって。


 この人を悲しませてはいけないと思った。

 だからもう一度学校に行った。でもしゃべることは出来なかった。


 だから嘘をついた。


 『新しい友達が出来たんだ!』


 笑顔で嘘をついた。

 お兄ちゃんを悲しませないために。


 嘘に嘘を重ねて、もう後戻りは出来なくなった。



 「ばーか」


 お兄ちゃんの声が聞こえる。


 ここはどこだっけ?

 

 わたし何してたんだっけ?


 確かわたしは……死のうとして……


 「わたし……」

 「本当に死ぬ奴があるか馬鹿」


 そう言ってお兄ちゃんがわたしの頭を叩いた。

 

 痛い。

 でも、温かくて心地よい。

 

 「お兄ちゃんわたし死んだの?」


 自分が助かったとは思わなかった。

 だってどこも痛くなし、怪我をしてない。


 わたしは死んだのだろう。


 「あぁ、死んだよ」

 「そっか」


 じゃあここは死後の世界とかなのだろうか?

 それとも夢?

 あれ、死んでも夢をみるのかな?

 そういえば、なんでお兄ちゃんがいるんだろう?


 分からないや。


 なんでもいい。

 あの世界から抜け出せたのなら。


 「ねぇお兄ちゃん」

 「なんだ?」


 優しく髪を撫でられる。

 安心する。


 もう死んじゃったしいいかなって思ってわたしは本当のことを打ち明けた。


 「わたし友達がいなかったの」

 「……知ってる」

 「なーんだ」

 

 そんな気もしていた。

 だってどんなにわたしが嘘をついても、お兄ちゃんは口先だけ喜んでいつもわたしを心配していた。



 「お兄ちゃんわたしね、本当はもっと友達と遊びたかった」

 「うん」

 「カラオケとかプリクラとかやってみたいこといっぱあった」

 「うん」


 すらすらと言葉が出る。

 いつも言葉が出てこなくて困っていたのが嘘のようだ。

 

 言葉とともに何か温かいものが頬を伝った。

 これは……涙だろうか?

 

 「オシャレもしてみたかったし」

 「うん」

 「彼氏とかも作ってみたかった」

 「それは兄ちゃんが許さん」

 「はははっ、なにそれ」


 頬を流れる涙は、少ししょっぱくて……


 「大学にも行きたかった、社会人にもなりたかった。部活だって本当は入りたかった。それからそれから……」

 「うん、分かってるから」


 抱きしめてくれたお兄ちゃんの腕も、分かってるといった声も、本当に優しくて。


 「やりたこと、本当はいっぱいあったの」


 言えなかったけど、本当はたくさんたくさんやってみたいことがあった。

 羨ましかった。


 教室で笑っているみんなが楽しそうで、憎かった。


 わたしには一生縁がないことだ。


 だからもういいやと思った。

 そんなのん気な考えででわたしは命を捨てた。



 馬鹿だった。

 わたしがもう少し努力すれば、何か変わったかもしれないのに。


 分かってる。

 何もしないわたしが悪い。


 わたしより辛くても生きている人はいるのに、自分が可愛くて、構ってほしくて……


 なんて、今更だけど。

 もうすべて終わったことだ。


 なにも取り返すことなど出来ない。

 


 「大丈夫だよ」

 「え?」


 顔を上げればお兄ちゃんが笑っている。


 「忘れたのか? 兄ちゃんは魔法使いなんだ」

 「お兄ちゃん……」


 こんなときまで……


 と言おうとしたらスッとお兄ちゃんの人差し指がしぃと唇に当てれる。


 「だから魔法をかけてやる」

 「……どんな?」

 

 笑いながら聞くとお兄ちゃんも笑った。


 「人生をやり直す魔法だよ」


 次の瞬間わたしの視界は反転し、暗闇に落ちた。

 

 最後に見えたのは、お兄ちゃんの悲しそうな笑顔だった。


 どうしてそんな顔をするの?

 

 そう聞きたかったのに、聞けなかった。



***



 「それでね? 勝也兄たらね」

 「……ルミってお兄さんの話ばっかりだよね」

 「えーそんなことないよー」

 「そうだよ、ね? 優香」

 「えっ、あー、ちょっとね」

 「えー優香までー」


 友達のルミは年の離れたお兄さんが自慢らしく、いつも話しをしてくる。

 そんなルミにもう一人の友達のさっちゃんはウンザリしているようだけど、わたしは羨ましいと思うときが多かった。

 

 だって……


 「そういえば、優香って兄弟いないの?」

 「うん、わたしは一人っ子」

 「何か意外。優香にはお兄ちゃんとかいそうなのに」

 「そうかな?」

 

 さっちゃんには弟と二人の妹がいる。

 わたしには兄弟とかがいないから羨ましい。


 「あたしもお兄ちゃんほしかったなぁ」

 「へへーいいでしょー」

 「ルミみたくはなりたくないけど」

 「えーなによそれ」

  

 ルミが怒ったように口を尖らせる。

 さっちゃんは気にした様子もない。

 

 「わたしもお兄ちゃんほしかったな」

 

 そういえば二人はこちらを見た。


 「でしょでしょ?」

 「やっぱお兄ちゃんって憧れるね」


 楽しそうに話す二人。

 兄弟の話題になるとどうしてか心にポッカリと穴が開いたみたいに寂しくなる。


 なぜかは分からない。


 「あっそういえば、ルミにこの間の優香の話したっけ?」

 「えっ? 何々! 聞いてない」

 「あっ、さっちゃんその話は!」


 恥ずかしくてとめようとするけど、さっちゃんはお構いなしに話しはじめてしまう。


 「この間の帰りにね、目の前で子供が転んじゃってさ」

 「もうさっちゃん! 恥ずかしいから」

 「優香は黙ってて! で、続きは?」


 もぉ、と言いながら仕方なくわたしは諦める。

 恥ずかしいのに……


 「優香が一目散に行って助けてあげたんだけど、なかなか泣き止まなくてーそしたら優香がね!」

 「うんうん」

 「お姉ちゃんは魔法使いなんだよ。だから泣き止んだらいいこと起こしてあげるって言ったんだよ」

 「なにそれー」


 そう言って笑うルミを見て恥ずかしさが倍増する。


 「良くそんなこと言えるね優香ー」

 「でも実際それで泣き止んだし、よかったよね」

 「うっ、うん」


 わたしもどうしてあんなこと言ったのか分からない。

 

 でも、


 「昔そう言って慰めてくれた人がいた気がするんだ」

 「それを真似たと」

 「うん」 

 「なるほどねー」


 温かな午後。

 大好きな友達。


 最近好きな人も出来た。

 メールアドレスを聞いて今たまにメールしたりしている。


 幸せなはずなのに、何か物足りなさを感じる。


 それがどうしてなのか、わたしには分からない。


 「魔法使い……」


 そう言ってわたしを励ましてくれた人は誰だったけ?

 

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― 新着の感想 ―
[一言] このタイプの話はいくつ読んでも感動しますね。 あまり深い説明がないことや、助けられるほうの一人称であること等が、さらにいいものにしていると感じました。
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