憂鬱な満員電車のはずだった・序章後編
序章の終です。短めになっています。目を通していただければ幸いです。
「……いえ、今日は用事あるので、ちょっと……」
俺は瞬きをするかのように、彼女の誘いを断っていた。
「あっ……えっと、そうですか……」
消え入りそうに声を震わせていた。
彼女は手に持った本を強く握って、ブックカバーにしわができていた。
「それじゃ、また」
彼女を直視できなくなって、回れ右をして無言の彼女を背に早足で歩み始める。
胸に小さな針を突き立てたられたようだ。
なんとなく後ろを振り返る。
生徒のいない廊下が伸びているだけだった。
昼休み以降の授業は身に入らなかった。
昼食後で眠くなったこともある。
なによりも彼女の姿が瞼の裏に焼き付いていた。
弱々しさに取り憑かれたように俯いている彼女、秋月餡奈。
考えれば考えるほど何かしてあげなくては……と駆られるように動き出したくなる。同時に、そう思わされることに、自分の中から取り除かなくてはという焦りが広がっていく。
黒板を軽く叩く教師の輪郭が、瞼が落ちて曖昧になっていく。
トントンと肩をつつかれて、再び教師の輪郭がはっきりとした。
顔だけ右に向けると、隣の席の遠山がシャープペンシルの先を俺に向けて苦笑いしていた。
どうやら俺は夢の世界に入りそうになっていたらしい。
大きく息を吐いてから背筋を伸ばした。
遠山の方を向いて「ありがとう」と口の形で伝えると、彼は笑って前を黒板の方にむき直った。
次に彼女に誘われたら、その時は受けようか……
そう思ったら、いくらか体が軽くなった気がした。
用事があるというのは嘘ではなかった。
その日の英語の小テストに不合格だった俺は、放課後居残りで再テストを受けなければならなかった。
ノートに書き取りと音読を駆使して、英単語を覚えようとする。
放課後の教室には三分の一ほど生徒が残って同じようなことをしている。
隣の遠山もその一人だ。
首の疲れを感じて、あくびを吐きながら廊下の方を見た。
教室後方の扉に黒い影があった。
潤んだ目を瞬きで渇かすと、その輪郭がはっきり見えた。
秋月餡奈がこちらを覗いている。
前髪でやはり目が隠れているが、こちらを見ていることがわかった。
瞬間、足場を取り払われるような恐怖が浮かんだ。俺は咄嗟に彼女の方から視線を外す。
何をしにきた……?
おそるおそる横目で再び見ると、彼女の姿はなくなっていた。
他のクラスメイトも彼女がいたことなど全く気づいていなかったようだ。
俺はそれから何度も横目で廊下の方を見た。彼女がまたいやしないか、と。
集中できなかったせいで、何度も再テストを受けることになった。
ようやく教室から出ると、空は水で薄めたような朱色が闇に飲まれつつある。
学校から駅までの道中にある脇道に、なんとなく足を踏み入れる。
少し歩くと、建物の間に挟まれた場所に立つ鳥居が見えてくる。
無機質な灰色のコンクリートの壁に囲われた神社。鎮守の樹木が社を覆うわけでもなく、神社としてはどこか、世俗に埋もれてしまいそうな印象だ。そもそもお社と呼べるものもなく、真ん中にその代りのような祠があるだけだ。
俺は三日に一度くらい、この神社にお参りしていた。
石の鳥居をくぐると、今度はしめ縄を上に張ってつながれた2本の石柱が出迎えてくる。
それもくぐると祠はすぐ目の前だ。
祠の前に置かれた賽銭箱。その横には必ず饅頭やお酒が供えられている。
今日はみたらし団子があった。
夏が終わり、一晩程度なら腐ることはないだろう。
にしても、こんな神社でも熱心にお参りする人もいるのだな……
俺は財布の5円玉を取り出して賽銭箱に放り投げて、大きく柏手を打つ。
ここで他の人と遭遇したこともないので、遠慮なく大きく音を出した。
いきることがたのしくなりますように……
一礼してから立ち去ろうとすると、冷たい風が首元を撫でて背中がぞくりと震えた。
ありがとうございました。感想お待ちしております。




