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第九話 日々の終わり、真実の始まり

 遠くから声が聞こえる。

 来るぞ、来るぞと低く唸る様に警告する声だ。

 何が来るんだよと聞いても、返事は上手く聞き取れない。


 不快な騒音にも似た音の数々に耳を塞いでも意味がない。

 この声は俺の体の内から響いてきているのだから。


「守ってくれ」



 無数に響く声の中、その声だけはやっぱり澄んでいる気がした。




 ……そんな夢を見たものだから、目覚めは最悪だった。

 俺の記憶に関係しているのかもしれないが、なんとも不気味だ。

 何よりも、こんな夢を見てもちっとも記憶が戻る気配が無いのがまた空しい。

 頭が痛い! 記憶が戻りそうだ!

 とか、そんなリアクションが取ってみたいもんだ。


 どうにもスッキリしないまま身支度を終わらせて、朝飯の準備に取り掛かる。

 パンドラさんはまだ起きてこない。

 本当、不規則な生活しすぎていて心配になるよ。

 今日までよく一人で生き抜いて来たもんだと感心してしまう。


 言って、それは俺も同じか。

 こんな我ながらちゃらんぽらんな性格で、今日までどこで何して生きてきたんだか。


 冷えた食料箱からブロック状のベーコンを取り出し、厚みを持たせて切る。

 熱したフライパンの上に並べてカリカリになるまで焼いていく。

 じゅっと肉汁の弾ける音を上げてカリカリに焼けていくベーコンの上に、目玉焼きを乗せて蓋をした。


 手を動かしながら、次の行動を考える。

 随分と召使っぷりも板について来たんじゃなかろうかと思わず笑ってしまう。

 記憶が無いこの状況を、俺は受け入れつつあった。


 記憶がなくても意外とどうにかなるもんだ。


 俺はこのままネモとして、パンドラさんの召使を続けていれば良くないか?


 そもそも俺が本当にあの消された村の出身であるとするならば、俺を知る人はもう誰もいないんじゃないか?


 持っている人も、探してくれる人もいない。

 そう思うと少し寂しくはあるが、それならそれで仕方がない。

 パンドラさん曰く、倒れていた俺は凄い大怪我をしてたそうだから、生きてるだけで儲け物だと思っておこう。 


 過去に対する執着が薄いのをいいことに、俺は都合よく今の俺を肯定し始めていた。


 ――全ての事象に無意味なことはない。


 パンドラさんの語った言葉を頭の隅に追いやって。

 


 朝食が完成すると共にパンドラさんが起きてきた。

 テーブルの上に朝食を並べ、俺は箒を持って外へ出た。

 その日は朝から曇り模様で、雨が降る前に少しでも外の掃除を終わらせておきたかったのだ。

 森のど真ん中にあってなのか、常にあちこちに木の葉が落ちている。

 落ち葉集めを一日でもサボれば、翌日は更に面倒な事になってしまう。

 取り合えずいま集められる分だけはと作業をしている間に、とうとう雨が降り出した。


 どうにか一通り掃き終わった後で、一息つこうとドアノブに手を掛けた刹那。

 背後に強烈なプレッシャーを感じて振りむく。



 視界の中に得体の知れない巨大なシルエットが映り込む。


 木々を分け入る様にして、見た事のない巨大な生物が立っていた。


 同種の生物が二体、前後に列を組んで並ぶようにして立っている。


 それを生物と認識したのは、動いているからという単純な理由だった。



 大きさは三メートルほどだろうか。

 巨体を支える大型の獣の様な足が、地面を踏みしめる。

 四肢は丸太の様に太く雄々しく、全身筋骨隆々と言えるだろう。


 何よりも特徴的なのは、その肌の色と顔だ。

 青みがかった緑の皮膚は人とは明らかに異なる。

 頭部には、鋭い牙が覗く大きく裂けた口。

 耳はツンと先端が尖っていて、額には鋭く尖った角の様なものが一つ。

 そして画面の中央には、大きな目玉が一つ埋め込まれていた。


 コイツはなんだ? 分からない。けれども。早く。



 早く倒さなければ。



 頭の中が真っ白に塗り潰されていく。

 脳内に残るのはたった一つの意志。

 目の前の怪物を排除するという意志のみ。


 体が勝手に動き出す。

 両手を前方に力強く突き出し、両足で踏ん張る。

 腹の底が熱く煮えたぎる。

 溢れ出るマグマの様に、魔力が一気に体を満たす。

 それを一気に突き出した手の平に集約させて、解き放つ――!


「ッ!」


 放出された魔力の勢いに押され、足の裏が地面を削る。

 風圧に髪が舞い、衣服が乱れるのも構わずに手を伸ばし続けた。


 怪物の姿が一瞬で消え失せる。

 次いで、その後ろに並ぶもう一体も無に帰さなければならない。

 ぐっと上半身を捻って、空を掻き毟るように腕を真横に振る。

 手の平がもう一体の怪物と重なった瞬間に、怪物は姿を消した。



 二体の消滅を確認した途端、体の力がスッと抜けていく。

 腹の底で渦を巻く魔力は凪いで、肩の力が抜けてだらしなく腕が伸びた。


「……なん、だ、今の……」


 いま目の前で起きた出来事の全てが理解できず、呆けたように口にする。

 アレは、なんだったんだ?

 俺、何をしたんだ……?



「あれは魔物だよ。前に言っただろう? 人間とは違う魔性の生物。それがアレだよ」



 煙の昇るキセルを手にしたパンドラさんが、いつの間にか開いた扉の向こう側に立っていた。


 ざあざあと雨の降る音が、やけに大きく響いて聞こえる……。


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