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第六話 無属性の魔法

 パンドラさんは美人だ。

 ただし性格が若干破綻している。



 跡形もなく消えた村を見に行った翌日。

 昼食後にパンドラさんに声を掛けられて外へ出る。

 薪割でもやれって言われるのかと思いきや、パンドラさんは俺の目の前で突然キセルを構えた。


 大木に向けて、キセルの先端が向けられる。

 キンッ! と一際眩しい輝きと共に光が走って、次の瞬間、大木から轟音と爆煙が上がる。

 大木の太い幹のど真ん中に大きな穴が開き、ぐらりと揺れて真っ二つに折れた。

 ズシンと音を立てて、折れた木の上半分が地面に沈む。おっかねぇ!!


「やってみたまえ」


「無理ですって!!」


 無茶振りにもほどがある!


「パンドラさんも見てたっしょっ! 俺、初歩魔法すら使えなかったんスよ!?」


「その理由を私は何と言ったか、覚えているかい?」


「えっと、無だから~でしたっけ?」


「その通りだ。では、無とは何か。その話からしよう」


 キセルの先端を口に咥えて、パンドラさんは一息つく。

 深く吸って、煙と共に息を吐き出した。


「伝承の中にのみ存在する属性、それが無だ。無とはその名の通り、何もない事を示す。つまり、ネモ。君は君の持つ無の属性により、五属性を無に帰しているという事になる」


 ……やべ。

 なんかスケールがデカすぎて、言ってることが上手く嚙み砕けねぇ……。


「えぇと、つまり……無属性のせいで初歩魔法すら使えない。だけどその無属性こそが伝説の属性なのだ! 的な?」


「伝説か。まぁ、その認識でも問題は無いだろう。言い伝えの中にのみ残る存在であることには違いない。何せ、今日まで誰も現実に無属性の魔法を見たことは無いのだからね」


 お、おぉぉ……!

 なんだか知らんが俺、めちゃくちゃ凄いのでは!?

 いやー、俺が扱える属性が伝説の無属性なら、初歩魔法すら使えないのも仕方がないよな。納得納得、一安心。

 自分でも気が付いていなかった凄さに思わず頬が緩んでしまう。


「さて、折角の無属性だ。使えるようにしてみようか」


 パンドラさんが静かに前に出る。

 一歩二歩と距離を詰められて、あっという間に目と鼻の距離だ。


 背の高さが似たようなものなので、俺の顔の目の前にパンドラさんの整った顔立ちが迫る。

 長い睫毛の一本一本も視認できるほどの距離に、心臓がバクバクと跳ねた。


「パ、パンドラさん……っ?」


 確実に吐息すら掛かってしまう距離!

 俺の息、臭くないかな!? 鼻息荒くなってない!?


「静かに。私の目を見て」


「はっ、はい……ッ」


 気恥ずかしさに耐えながら、パンドラさんの灰色の瞳を見つめる。

 銀の月の様にも見える瞳には俺が写っている。

 不思議と脈打つ鼓動は静かに凪いで、頭の中がすっきりとしていく。


 パチパチと二度三度、パンドラさんが瞬く。

 つられて俺も瞬いて、それを合図にしたかの様にパンドラさんが離れていった。


「君の中の流れを整えた。手を(かざ)してみるといい」


 パンドラさんの視線が真横へ向けられる。

 視線の先に並ぶ大木の一つに向かって、俺はそろりと手を伸ばした。


 不意に、腹の底から感じた事の無い力が湧いてくる。

 熱く滾る様なそれこそが、魔法を使う為に必要な魔力であるのだと本能で理解した。


「魔力を手の平の一点に集め、解き放つ。ネモ、君の無の魔法を私に見せてくれ」


 ぐわんと体中をうねる様にして移動した魔力が、伸ばした左腕に移動する。

 指を広げた手の平が異様なまでに熱を持ち、魔力が集まったのだと理解した。


 手の平に籠る熱を解き放つ様に、俺は腕を大きく上げて、勢いよく振り下ろした――!


 振り下ろすと同時に、手の平に籠っていた熱が離れていくのが分かった。

 解き放たれた熱。

 つまり魔力の塊は、腕を振り下ろした先にある大木へ向けて真っすぐに飛んだのだろう。

 視線の先の大木が倒れて……倒れ? あれ?


「お、おおん? 木が、無い……?」


 俺が手の平で指していたのは、パンドラさんが魔法で圧し折った木の隣の木だった。

 だが、無い。

 つい先ほどまで確かに存在していた木が消えた……?


「これが無属性、無の魔法か……!」


 パンドラさんから興奮に上擦った声が上がる。

 この人がこんな感情の籠る声出すの、初めて聞いたぞ。


「これは破壊という言葉すら生ぬるいな。言葉の通り、無に帰したのだね」


「無に帰したって、どっかに消えたって事っスか?」


「消えた先は分からない。だが、この世界……いや、この星からは消えてしまっただろう。我々の感知できない、何処(どこ)かへ」


 言われて急に恐ろしさが湧き、俺は自分の手の平を恐々と見つめた。

 此処ではない何処かって、何処だよ。

 そんな、跡形もなく消しちまうなんて、あの村の惨状と一緒じゃないか。


 記憶喪失なうえにこんな超やべー感じの力まで持っている俺。

 一体、何なんだ……?


「実に興味深いな。実際に私も受けてみようか、無の魔法を」


「消えちゃいますよ!?」


「だが、実際に受ける事で本当に消えているのかどうか、消えているのならば何処へ消えてしまったのか実証が可能となるだろう? なに、こう見えても私はそれなりに強い魔法使いさ。対処できる自信がある。さぁ、ネモ。私に同じ魔法を!」


「雇い主消す訳にはいかんでしょーッ! 勘弁してくださーい!」


 怖いー!

 今目の前で起きたの見て、こういう事が言えるのナンデ!


 うん……、パンドラさんは美人だ。

 ただし性格が若干破綻している……。


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