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第五話 消えた村

 帝国軍の襲撃と聞いて、ただでは済まないだろうとは思っていた。

 けれども、こんな、焼けた荒地が広がるだけって、そんな。


「見事に何も無いね」


 平然とした様子のパンドラさんの声を背にしながら、俺は呆然と立ち尽くす。


「何か思い出したかい」


「いや……こんな、何もないから……」


「そうか」


 湿り気を帯びた風が頬を撫でる。

 思わず生唾を飲み込みながら周囲を見渡すと、傍と違和感に気が付いた。


「……おかしくないっスか」


 キセルを咥えたパンドラさんが、無言で続きを促す。


「なにも無さ過ぎる。死体どころか血の跡すらないなんて、おかしい……」


 少なくとも襲撃によって怪我を負った俺は、致死量の出血と思われる程の血を流していた。

 村一つ丸ごと襲撃されたなら、人間と家畜、相当量の血が流れている筈だ。


 だが、無いのだ。


 血痕一つない。


「どうなってんだ、これ……」


 信じがたい状況に、背筋にゾワリとした嫌なものが走る。

 喉の奥が詰まる様な感覚を覚えながらパンドラさんを見る。

 唇から煙を吐き出しながら、パンドラさんはキセルを持った手をスッと真横に伸ばした。



「村一つ、贄として捧げられたという事さ」



 贄? そう聞き返そうとした直後、パンドラさんの持つキセルが眩しく光る!

 キセルの指す方向に目を向けると、俺達から少し離れた場所に人が立っている事に初めて気が付いた。

 誰だ。そう思う間もなく、伸びた光がそいつに当たって大きく爆ぜた。


 轟ッ! と耳を劈く爆音と共に、閃光を散らす。

 次いで、ガシャンと重たい音を立てて何かが崩れ落ちた。

 それが鎧を纏った人間であるという事が分かったのは、キセルから伸びた光が収まった直後の事だった。


「こいつッ、帝国兵!?」


「仕事熱心な事だ。終わった土地の見回りに来るとは」


 キセルから再び光が伸びて、控えていたもう一人の兵士に直撃する。

 同様に大きく光が爆ぜ、爆音を轟かせるのを見て、これがパンドラさんの魔法による攻撃であるのだとようやく認識が出来た。


「帰ろう。もう此処に用はない」


 まるで何事も無かったかのように、パンドラさんは踵を返す。

 俺はこの異様すぎる状況に混乱を覚えながらも、縦に首を振って後をついていくしかなかった。




 村だった場所から戻る道中、パンドラさんが歩きながら呟いた。


「君は、魔の者を知っているかい?」


「マの? なんスか、それ」


「使い魔の最上位種と考えれば良い。人間とは違う魔性の生物さ。この世界とは別の世界、或いは別の星に存在する生命体。帝国はそれを呼び出そうとしている」


「いやいや、別の世界とか別の星って! ンなもんあるわけっ」


 笑いながらも、最後まで否定する事が出来ない。

 常識から大きく逸脱した冗談の様な話なのだから、笑って流せばいいのに。


 何故か理由は分からないが、否定しきれず言葉に詰まる。 

 急に湧いた胸の中のモヤモヤを追い払う様に、俺は他の言葉にだけ意識を割いた。


「その、呼び出すって、まさか。村一つ丸々、犠牲にして……?」


「御明察だ。魔を呼ぶ対価として血も肉も、髪の毛一本残さずに与える。襲撃を受けた村はあの村だけでは無い。村一つでは収まらないとなれば、余程の大飯ぐらいを呼び出すつもりなのだろう」


 パンドラさんが口にした贄という言葉と、村に何も残っていなかった理由が繋がる。途端に何とも言えない重々しさが、両肩に圧し掛かった気がした。


 だって、全部消されたあの村での唯一の生き残りが俺かもしれないんだぞ?


 そんなの、プレッシャーに感じないわけが無い。


「その、魔の者が呼び出されると、どうなるンすか?」


「どうなるかな。今日まで誰一人、呼び出す事に成功した者はいないからね」


 パンドラさん曰く。

 過去に何度か、権力者や高位の魔法使いが呼び出しを試みたという。


「贄の不足か術者の力不足か。術は悉く失敗に終わり、悲惨な結末を迎えている。どんな結末か気になるかい?」


「いえ! 全ッ然気になりません!」


 聞けば昼飯が食べられなくなりそうだから、詳細については遠慮しておく。


「しかし今回は上手くいっているらしい。贄の数を増やしたことで、確実性を上げているのだろう。このまま行けば、近いうちに呼び出せるかもしれないな」


「ンな呑気に……。呼び出されたら、めっちゃマズそうじゃないっスか……」


「そうだね。間違いなく人類、いや、この星そのものにとっても良くは無いだろう。だが、」


 言葉を区切ったパンドラさんが足を止めた。

 釣られて足を止めた俺とパンドラさんの間に一陣の風が吹く。

 風の向こう側で、パンドラさんが振り向く。

 形の良い唇の端をゆるく吊り上げながら、パンドラさんが笑う。



「君にとっては意味があるものになるだろうね」



 その顔に浮かぶ愉悦めいた笑みに、たまらず息を飲んでいた。

 何と返せばいいのか分からず、困惑する俺にパンドラさんは再び背を向ける。

 そしてやっぱり何事も無かったかのように、すたすたと歩き始めた。


「戻って昼餉にしよう。スパゲティが良い。たっぷりとミートソースの掛かったやつだ。材料は揃っている筈だが、出来るかい?」


「うっス」


 俺もパンドラさんに倣って、平然と振舞う事にする。



 パンドラさんは恐ろしい。

 とんでもない事が起こる予兆を目の前にしても、顔色一つ変えやしない。

 極端な話をすると、世界がどうなろうが知ったこっちゃない、って感じだ。


 こんな怖い人だが、俺の命の恩人であることに違いはない。

 だから今の俺は、この人の召使として働く事だけを考える。

 結局、記憶もなにも戻らなかった俺に出来るのは、それくらいしかないのだから。


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