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第三話 初歩魔法すら使えない

 この世界には魔法がある。

 それは一般常識だ。

 だったら俺も魔法が使えるに違いない!


 魔法さえ使えれば、何をするにしても楽になるはずだ。

 例えば皿洗いに洗濯、風呂に使う水だって魔法さえありゃ、わざわざ外まで汲みに行かずに済むって話だ。


 五属性、風・雷・水・火・土の初歩魔法は基礎中の基礎。

 この世界の人間ならば、誰だって初歩の魔法は使える。

 というわけで、まずは目の前の桶に水を張る事から始めよう!


 桶の前上に手をかざし、手の平から水が溢れるところをイメージする。


「いでよ、水ーッ!」


 シーン。

 水は出ない。

 指先が湿る様なそんな感覚すらない。


「あ、あれ? 水ーッ! ドバドバドバーッ! びちゃー!」


 両手をかざして振ってみるも、うんともすんとも言わない。

 待ってくれ! こんな水を出すなんて初歩中の初歩だぞ!?


 俺は恐る恐るかまどへ目を向けた。

 薪はくべられているが、火は着いていない。

 そろりとかまどへ近づいて、恐る恐る両手をかざした。


「着火ァーッ!」


 シーン。

 止してくれ、この沈黙は俺に効く!


 ちょっとした火を出すというのもまた初歩中の初歩だ。

 それが出来ないとなると、俺は魔力無しで人間以下……ってことぉ!?


「凄いな。初歩魔法も使えないとは驚いたよ」


「うぐぅッ!」


 ぬっと姿を現したパンドラさんの言葉が刺さる。

 そりゃあ、幼児でも使える魔法が使えないなんて、そりゃ驚くでしょうけど!


「君を侮辱している訳ではない。純粋に驚いているのさ」


 情けなさに肩を落とす俺の側に、パンドラさんが寄ってくる。

 俺の正面に立ったパンドラさんは、手にした金の管(後で聞いたのだが、キセルという名の魔法補助機だそうだ)を俺に向けて軽く振った。


 まだ先端には火が付いているのだろう。

 煙がふわりと揺れて、しっとりとした甘さのある独特な香りが鼻孔をくすぐる。

 煙越しに向けられるパンドラさんの鋭い視線に少しばかり戸惑った。


「……やはりな。君に五属性の魔法を扱う事は不可能だ」


「えーッ! なんでさ!?」


「『無』だからね、君は」


 ……無?

 さらりと告げられた言葉に首を傾げる。


 キセルの先端を咥えたパンドラさんの、切れ長な目が俺を見る。

 その視線の艶めかしさに、どきりと心臓が跳ねた。


「説明は後にしよう。一日に色々と詰め込む必要もあるまい」


「うっス」


 ただでさえ記憶喪失で衝撃受けてンだから、そこから色々言われても確かに無理。キャパオーバーってやつ。

 なので俺は取り合えず魔法を使う事は諦めた。

 何事も地道が一番だ。



 桶を抱えて井戸から水を汲んで戻ってくると、流しに取り付けられたレバーを操作するパンドラさんの姿が見えた。レバーから伸びた銀の管から水が流れていて、驚きに目を丸くする。

 なにそれ!? そんな便利機能あるなら先に教えてくれよ!


 パンドラさんお手製の、レバー操作で水が流れる装置だそうだ。

 この家にはそう言った便利装置が沢山取り付けられているとの事で、そこらの金持ちの館よりも暮らしやすさに特化した設備が整っている事が伺える。パンドラさんってすげぇなぁ。


 そうこうしている間に記憶喪失召使の初日が終わりを告げる。

 料理の腕前もそこそことか、俺、本当に何者なんだ?

 まぁ、いいや。考えても分からんし寝よう。


 俺の寝室に使ってくれと通されたのは、物置と化している屋根裏部屋だった。

 横になって眠れれば十分。

 少し埃臭い毛布にくるまって目を閉じた。




 声が聞こえる。


 幾重にも重なった、無数の声だ。



 暗闇の中に一人、俺は佇んでいる。

 果たして此処に俺は居るのか、正直、分からない。

 深い闇の中では自分の姿すら見えないのだから。

 声だけが確かに聞こえる。



 ……戦エ。……戦エ。戦エ。

 倒セ倒セ倒セ倒セ。



 うるせぇな! 戦えって何とだよ!

 何を倒せってンだよ!


 暗闇の声に問いかけても、答える声はない。

 無限に響く声に耳を塞いで止めろと叫ぶ。



「――を、どうか、守ってくれ」



 一際クリアに響いた声が木霊して、それから俺の意識は闇に溶けて消えた。




「――う、おあぁっ!?」


 悲鳴を上げながら跳ね起きる。

 夢にビビったワケじゃない。

 ビビったワケじゃないが、すげぇ不快ではあった。


 心臓はバクバクと跳ねて、ジットリとした汗が背中を濡らす。

 そろりと窓辺に目をやれば、まだ外は暗い事が分かった。

 心臓のあたりに右手を重ねて、深呼吸で息を整える。


「随分、夢見が悪かったようだね」


「うひぃ! パ、パンドラさん!?」


 薄暗がり中、ぬっと姿を現したパンドラさんがベッドの真横に立っていた。

 驚きのあまり、収まりかけていた心臓が再び早鐘を打つ。

 イデデデデッ! 心臓痛い!


「どんな夢を見たんだい?」


「え、えぇと……沢山の声がうるせぇ夢、だったかな」


「沢山の声か。なるほどね。他には?」


 この人……俺が悪夢にうなされたのを知ってて、容赦なく聞いてきやがる~!

 痛む心臓を押さえつけながら、今見た夢を思い起こす。


「他は……真っ暗闇で、あ、目が覚める直前に声を聴いた気がする。守れ、だったかな……」


 言いながら、あの声だけは毛色が違ったなと思う。

 切羽詰まっている様な、祈っている様な。

 どっちにしろ、身に覚えがなさ過ぎて気味の悪い夢の一部には違いないんだが。


「二種類の声か、成程……」


 ぶつぶつと呟くパンドラさんの声を聴いていると、気持ちが落ち着いて来たのか眠気が襲って来た。

 まだ外が暗いってことは、寝てても良いような時間なのだろう。

 大きなあくびが一つ漏れて、たまらず横になってしまう。


「すんません……もう少し寝させて下さーい……」


「構わないとも。眠るといい」


「あざース……」


 今の俺はパンドラさんの召使なのだから、何をするにも雇い主の許可を貰うのは大事だ。しっかり許可を得たことで安心感が増したのか、瞼は一瞬で落ちて意識が飛んだ。


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