第十五話 俺が決めた事だから
館へ戻った俺は、真っ先に召使としての仕事に努めた。
部屋の掃除をして、それからパンドラさんに食事を作る。
きっとこれが、俺からパンドラさんに用意できる最後の食事だ。
館の中にパンドラさんの気配は無い。
まだ外に居るのだろう。
メモが読まれた形跡も無ければ、地下室に居るという訳でもなさそうだ。
顔を見ないで出ていくのは不義理だとは思うけど、少しだけ助かる。
だってパンドラさんの顔を見たら、後ろ髪を引かれてしまうかもしれない。
一カ月程度の付き合いだけど、命の恩人で、ネモって名前をくれた大切な人だ。
離れるのはやっぱり寂しい。
……まぁ、パンドラさんはあっさりと俺を見送ってくれそうだけど。
しばらく煮立てて鍋の火を消す。
同時進行で作っていたサラダを冷えた食料箱の中に入れて、再びメモを記した。
『シチューを温めて食べて下さい。食料箱の中にサラダがあります。』
最後に少しだけ悩んで下の方に、『お世話になりました。ありがとうございました。』と書き記した。
これで良し。
一度だけ屋敷の中を見渡して、俺は玄関の戸を開けた。
小雨になってきているが、まだ雨が降っている。
少しばかり肌寒さを感じる旅立ちだが構わない。
コートを羽織っていざ出発と顔を上げれば、森の木々を背景にして立つパンドラさんの姿を見つけた。
傘を差していないのに、パンドラさんに濡れた様子はない。
近寄ってよく見れば、体に触れる寸前に雨粒が弾かれている事が分かった。
魔法で弾き返しているのだろう。
やっぱりパンドラさんは凄い。
「君は随分と忙しないな。今日一日に詰め込むにしては多すぎるのでは?」
パンドラさんが肩を竦めて呆れた。
確かにここまでの出来事は、まだ今日一日での出来事なのだ。
魔物と戦い、魔王を知って、ラナと出会った。
もう流石に一度、休むべきだとは俺も思う。
でも彼らの星の記憶を思い返せば、いてもたってもいられなくなる。
俺がノロノロしているせいで、この星も壊されたらと思うと身震いする。
猶予はないんだ。
「自分でもせっかちだとは思うンすけど、ノロノロもしてらんないかなって思いまして」
「急がば回れとも言うだろう?」
「でも、善は急げとも言いますよ」
俺に言い返されて、パンドラさんがにやりと笑う。
どうやら俺がそう言い返すであろう事は、既に予測済みだったらしい。
「成程。つまり君にとっては善の行動であるわけだね」
「そうだって信じてるけど、それでもせっかちな事に変わりはないっスね」
バツの悪さを感じて誤魔化すようにへらりと笑う。
するとパンドラさんは真剣な顔をして、そんなことは無いと言ってキセルの先端に火を付けた。
「君の言う事は最もだ。人一人、使える時間というのは意外と限られている物さ。私の様に、無駄に時間を浪費するべきでは無いよ」
キセルに口を付けたパンドラさんは深く息を吸い込んだ。
息がゆるゆると吐き出され、共に吐き出された煙が雨に消えていく。
「見つけたんだろう、ネモ。君が君として成したい事を」
首を縦に振って大きく頷く。
俺は魔王を倒したい。そして死んだシリウスを蘇らせたいのだと伝えた。
「シリウス。それが君の失われた記憶の名か」
頷いて、俺はパンドラさんにラナの話をした。
ラナと出会い、俺という意志とこの肉体は別物なのだと理解したと話すと、パンドラさんはそうかと小さく頷いた。
「それが分かったのなら、ネモとして生き続ける事を選ばないのは何故だ」
「シリウスの願いを叶えたいって思ったんです。ラナを守ってやりたいんだ」
「結果、『ネモ』という存在が消える事になったとしても?」
「……そう、ですね。多分、俺、消えますよね」
魔王を相手にして五体無事で済むとは思っていない。
シリウスが蘇るかどうかはともかく、俺は下手すれば戦いの中で消えるだろう。
それこそ彼らが意志だけの存在になった様に。
「既にシリウスと言う青年は死んでいる。君が何かをしたところで、死者が戻ることは無い」
「分かっています。それでも俺が決めたんだ」
自らの選択で星の為に戦い散っていった彼らと違い、シリウスはただ巻き込まれただけの青年だ。
最後の瞬間まで妹の心配をし続けた、どこにでもいる妹思いの兄。
俺はそんなヤツに頼まれていたんだ。
妹を、どうか、守ってくれ。と。
もしもシリウスが蘇らなかったとしても、大切な妹を守りたいって気持ちを汲んでやりたい。
それくらいはしてやりたいと思ってしまったんだ。
これは俺からシリウスへの手向けでもあった。
「体貸してもらった恩もあるし、中身の彼らもやる気満々だ。それに、魔王退治なんて俺がやれなきゃ誰もやれねーっしょ!」
にへらと笑ってみせると、パンドラさんは虚を突かれた様な顔をした。
それからすぐに笑みを浮かべ、肩を揺らしてパンドラさんが笑った。
「随分な自信だね。だが、君に出来るなら私にも出来ると思うよ?」
自信満々に言い返されて、思わず苦笑する。
そこは、そうだな、君にしか出来ないなとか言って欲しかったなぁー!
でもパンドラさんらしいよな!




