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第十四話 君の為に出来ること

「兄さん、私と一緒に行こう。魔法の先生の元で養生すれば、きっと記憶も戻るよ」


 ラナが俺の右手を取って握り締める。

 温かなその手の温もりを、初めて知った気がする。


「私、本当に兄さんが生きていてくれて嬉しい。大丈夫、記憶が無くても私は兄さんの妹だし、兄さんは私の兄さんだよ! 一緒に居れば、もう大丈夫」


 重なった手を通して、ラナの兄を思う気持ちが痛い程に伝わってくる。

 じわりと胸中に広がる熱。

 予感が確信に変わった。


 今ここに居る俺は、ラナの兄である『シリウス』ではないんだ。


 家族の無事を喜ぶ妹を前にしても、俺はどこか他人事のままでいる。

 それは記憶が無いからだとか、そういった事じゃない。

 俺と彼女は、完全に他人だからだ。

 家族の愛情。

 その片鱗に触れて理解した。


 俺は『シリウス』じゃない。


 『シリウス』の肉体に宿った、他人なんだ。


 記憶喪失の男なんて、最初からいなかったんだ。

 俺は死んだシリウスの肉体に宿った意志であり、シリウスとは他人でしかない。

 だからこの手の温もりを受けるのは、俺ではない。

 シリウスでなければならない。


 俺はそっとラナの手を左手で剥がした。

 驚いた顔をするラナに、ごめんと告げてやわく笑む。


「悪ィ。一緒に行くのは、記憶が戻ってからにする」


「兄さん……?」


「ありがとう、ラナ。俺、君に会えて良かった」


 真実はあっさりと舞い降りた。

 俺は俺をとうとう見つけたんだ。


 欠けていたパズルのピースが嵌る。

 シリウスの肉体、俺という人格、そして数多の意志たち。

 俺と言う人間は、それらで構成されている。

 俺と言う存在に過去が無い事実に一抹の寂しさを覚えながらも、でもそれは意外にもすんなりと受け入れられるもので安堵すら覚えた。


「あと少しだけ待っててくれ。必ず、君の元に君の兄さんが帰るよ」


「それって、どういう……?」


「いいか? 安全な場所に居るんだ。これから、さっきみたいな化け物がわんさか出てくるかもしんないからさ」


 一人で帰れるかと尋ねると、ラナは戸惑いながらも首を縦に振った。

 それなら良しと、ラナの肩をぽんと叩く。


「待って! 兄さん……は、どうするの……」


「俺は、やる事をやってくるよ」


 きょとんとした顔をするラナに笑い掛け、俺はその場を後にした。

 森の奥深くへ向かい歩いていく。

 後ろからラナが着いてくるが、その足音も館に近付く頃には聞こえなくなった。

 パンドラさんの結界が機能しているという事だろう。


 足を止めて振り返ると、もうラナの姿はない。

 奇しくも足を止めたその場所は、あの日、パンドラさんが倒れていた俺を見つけた場所だった。

 俺が、いや、シリウスが倒れていた痕跡はもうどこにも無い。


 今なら分かる。


 俺の中に響くあの良く通る声はアンタなんだろう、シリウス。

 ラナを守ってくれって俺に言ってたんだろ?


 帝国兵に無残に殺されて、それでも妹の安否を気遣う。

 そして妹もまたそんな兄を慕っている。

 二人の間にある家族の絆みたいなもんを、俺は確かに感じていた。


 温かい。

 元々なんも持ってない俺にとって、それは眩しすぎた。

 だからその温かさと眩しさは、シリウスが浴びるべきなのだと俺は願ってしまった。


 既に結論が出ているが、シリウスは死んでいる。

 だから俺がどうこうしてシリウスが蘇るのかと言われれば、分からないとしか言えない。

 けれど魔王を倒すって偉業を成し遂げたなら。

 奇跡の一つくらい起こったって構わないんじゃないか?


 ラナに握られた右手を見つめる。

 温もりを離さない様に握り締めて、俺は前を向いた。

 覚悟は決まった。

 後はやり方だけだ。



 ――戦うか。ならば我らに意識と体を渡すと良い。



 俺の気持ちに気付いてか、彼らが話しかけてくる。

 いつの間にか目の前は真っ白に塗りつぶされていた。

 白の中に浮かぶ九十九のシルエット。

 それが俺の中身の彼らであるのだと、すぐに理解した。


 俺は目を逸らさずに彼らと向き合う。

 きっと彼らの言う通りにすれば、無属性の魔法を上手く使って魔王を倒してしまうんだろう。

 でもそれは嫌だ。

 やっぱり俺は俺として最後までありたい。

 だから俺は頼んでみる事にした。

 魔王と戦う知恵を授けてくれと。


 すると彼らは暫く黙って、それから俺の脳内に鮮明な記憶を流し込んできた。

 彼らがどうやって魔王と戦い、魔王に星ごと消されたのか。

 その記憶と記録だ。 


「……ッ、う、ぐぇ……っ!」


 脳に直接叩き込まれる感覚にたまらずえづく。

 あまりにリアルに再現されるそれらはまるで俺が当事者であると錯覚を覚える程で、彼らの怒りと無念に身を焼かれる。 


 魔王と戦い殺され、星が爆ぜて消えていく。

 それが九十九回繰り返されて、永遠に続くと思う程の苦しみから俺はようやく解放された。


 ――奴は強い。我らは皆敗れた。見たか。並みの手腕では奴に傷一つ付けられぬ。


 分かってるよ……。

 相手は魔王なんて言うとんでもねぇ化け物なんだ。

 命を懸ける。それぐらいはする気でいるさ。


 ――笑止。命程度、我ら疾うに掛けている。全てを掛ける覚悟はあるか。存在の全てを。


 ある。

 この星を壊されてたまるかってんだ。

 だから力を貸してくれ。俺があんた達の無念も全て晴らす。

 俺が必ず、魔王を消し去る!


 繰り返される悲しみの記憶ごと、九十九人の彼らを真っすぐに見つめる。

 彼らもまた俺を見る。

 視線と視線が重なって、それだけで互いを理解するには十分だった。


 ――……承知した。我らの力、貴公に委ねる。無に帰す力と共に使え。


 彼らは一つの淡い光の塊となって、俺を包み込む。

 彼らの経験が。彼らの積み重ねてきたものが俺に溶けていく……。


 

 いつの間にか閉じていた目を開けると同時に、俺は自分の中に今までにない魔力の流れを感じていた。

 無限に思えるこの力こそ、彼らが俺に託してくれたものだ。

 手の平をきつく握り締める。

 覚悟はとうに決まっていた。 


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