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第十二話 自分を定義づけられるのは

 ざあざあと、一層強くなった雨音が耳朶を打つ。

 一瞬にして城から森へ戻った俺は、ただ茫然と立ち尽くすしか出来なかった。


 体を突き破る程の衝動と怒りは今も内側で渦を巻いている。

 いま先程までの光景も、やり取りも、衝動も。

 何もかもに現実味を感じられない。

 雨粒の冷たさだけが、やけにリアルに感じられた。


「ネモ」


 風邪を引くよと軒下で雨を避けるパンドラさんに声を掛けられる。

 俺はパンドラさんの顔も見れないで、俯いたまま掠れた声を上げた。


「俺、体が潰されたってのに、なんともないンすよ……」


 パンドラさんの魔法は手加減されていたのだろう。

 骨が折れ、内臓が潰れている事に間違いはない。

 だというのに俺は生きている。


 ――元々死体であるのなら、なにもおかしい事ではない。


「一瞬でのみ込まれた。俺の意識も、肉体の主導権も、なにもかも」


 抗う暇も無く、一瞬で意識は彼らに持っていかれてしまった。


 今まで滅ぼした星の蛮勇共。

 身の程をわきまえぬ弱者の寄せ集め。


 魔王は確かにそう言った。


 悔しいが、今なら明確に理解できてしまう。

 俺を突き動かす意志が、俺の中にいる複数の誰かの意志であるという事が。

 そしてそれは、魔王によって滅ぼされてきた数々の星。その星を守ろうと戦い散っていった彼らのものであるという事が。


「……パンドラさん、いつから気が付いていたンすか、俺の事、色々と」


「初めからさ。中身が想像以上の数の集まりである事には、正直驚いたよ」


 大して驚いてもいない様子のパンドラさんを横目に見て、俺は再び地に視線を落とす。足元に広がる水たまりが、無限の底なし沼の様に思えた。



 記憶を失って、無の属性の魔法も使えて、滅ぼされた他所の星の魂が詰まっていて。

 俺って奴は特別にもほどがある。

 なのに一つも嬉しくない。


 だってそれは何一つ、俺の意志で得たものでは無いからだ。


 俺は何者であるのか。

 それに対する答えとして最も適切な言葉を探すのならば、器という言葉になるのだろう。

 彼らの意思を集めておく器だ。



「分かったよ、パンドラさん。俺が死んでも生きてるのは、彼らのお陰だ。彼らが俺を器にしたくて、生かしてるんだ」


「器か。言い得て妙だな。君が君をそう定義するのならば、真実なのだろうさ」


「ッ!」


 反射的に顔を上げ、俺はパンドラさんを睨みつけてしまった。

 パンドラさんは眉一つ動かさず、俺をじっと見つめている。

 負けじと見つめ返すと、パンドラさんの形の良い唇がゆるやかに動いた。


「君の事は君が結論を出すしかない。君の置かれた状況であれば、自身を器と言いたくなる気持ちも分からないでもない。だがね、ネモ。己を定義できるのは自分自身だけなんだよ」


 その声色は、今まで聞いてきた中で一番穏やかで優しいものだった。

 まるで諭すような口調に思わず黙って耳を傾けてしまう。


「君の中身は他者の群れであり、君の肉体は死体だ。しかしネモ、君自身はどうだ」


「俺自身……」


 ネモという意志と意識。

 死体に宿る俺は、死体となる前の記憶を忘れてしまっている。

 もしかしたら俺と言う人格は死んだ後に生まれたものかもしれない。

 もしくは、彼らの中の一人が表に出たのが俺なのか。


 それでもいま此処にいるのは俺だ。

 中身がどこかの誰かの集合体だとしても、俺は俺じゃないか。


 俺は初めて俺でありたいと強く願った。

 願った途端、訳も分からず目頭が熱くなって、零れそうになる涙を必死にこらえた。


「君の無属性の魔法は彼らの与えた奇跡なのかもしれない。ただ一つ。魔王を倒すという願いの結晶だ。だがそれは君の意志ではない。君が君でありたいなら、君の意志を貫かなければならない。彼らの切実な願いを無下にしてでもね」


 数多の意思に従い魔王を倒す事も。

 ネモとして生きて魔王に星ごと支配されるのを待つ事も。

 何を選択し、何を捨てるのか。



 それは俺と言う意志が決める事なのだと、急に腑に落ちた。


 何をするか、選ぶ権利は俺にある。


 そう思えた刹那、急に視界がクリアになった気がした。



「理解して貰えた様で何よりだ。さて、私は結界を張り直す。君はそうだな、片づけを頼むよ。その後は、好きに過ごすと良い」


「うっス、任されやした!」


「良い返事だ」


 懐からキセルを取り出したパンドラさんが口角を吊り上げて笑む。

 軒下から出てきたパンドラさんは、雨の中を歩いていく。

 傘をさしていないが、パンドラさんの事だからきっと問題ないのだろう。


 俺もようやく前を向いて歩き出す。

 館に入って濡れた服を着替える。

 乾いた服の感触にふっと一息つく間にも、脳内には彼らの声が響いていた。



 ……戦エ。……戦エ。戦エ。

 倒セ倒セ倒セ倒セ。

 戦エッ!!



 そんな事をしている場合じゃないだろうと、彼らが急かす。

 分かってる。あんた達が相当な無念を抱えているって事はもう理解した。

 俺の中に詰まって、俺に何をさせたいのかも分かった。


 けれど悪ぃ。

 まだあんた達にこの体ごとやるワケには行かないんだ。

 俺の事は俺が選びたいんだ。


 それにどうしても一つだけ気掛かりな事がある。

 彼らの声の中でも一際クリアに響く声。

 どうしてか、その声の主だけは彼らとは違うような気がしていた。

 切実なあの声の主を探したい。

 どうして戦うのではなく守ってくれと言ったのか、その理由を知りたいと思った。

 

 それを知る為にも、やはり死体になる前の俺がどこから来たのかを知らなければならない。

 一つ確かなのは、俺は消えたあの村からやってきたという事だった。



 ――そうだ。もう一度、あの村へ行ってみよう。


 

 パンドラさんの言いつけを破る様で申し訳なさが湧くが、逸る気持ちを抑えられない。

 村へ行ってくるとテーブルの上に書置きを残しておく。

 急いでフード付きのコートを手に取り屋敷を出た。


 雨はまだ止まない。

 分厚い雲は、空を覆ったままだった。


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