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第十一話 魔の者

 冷たい鉄の壁に囲まれた檻だと感じた。

 玉座の間と呼ぶには、あまりにも寂しい空間だから。


 心臓が握りつぶされるようなプレッシャーに、身の毛がよだつ。

 部屋の中央、高く積まれた段の上にぽつんと置かれた玉座。

 プレッシャーはそこに座する男から放たれるものだった。


 足を組んで背もたれに深く背を預け、ゆったりと座る男の頭部には二本の雄々しい角が生えていた。

 山羊の角を連想させるそれは、天を突くように伸びている。

 整った顔立ちに埋まる瞳は血の様に紅く、鋭い眼光でこちらをねめつける。

 けれども口元に浮かぶ笑みは嘲笑的であり、こちらを見下しているのだとありありと伝わった。


 玉座の両端には、従者と思わしき男が二人。

 どちらも黒いロングコートを身に纏い、深々と被ったフードでその顔は見えないが、手にした大鎌と放つ殺意が唯者ではない事を示している。


「これはまた、面白い客が来たな」


 座したまま、口角を釣り上げた男が口を開く。

 途端、俺は地を蹴り駆け出した。



 喋るな。息をするな。鼓動を今すぐ止めろ!

 お前が!

 貴様が!

 生きている事を『()()』は許しはしない!



 瞬時に腹の底から溢れた魔力を手の平に集約させる。

 今までにない密度の魔力の籠る手を、真正面に突き出す!


「貴様!」


「無礼者がッ!」


 玉座の両端に立つ男たちが、手にした大鎌で玉座を守る。

 しかし無属性の魔法の前には意味がない。

 大鎌は一瞬にして消え去り、玉座ががら空きになる。


 消えろ! 消えろ! 消えろッ!


 玉座の男に掴みかかるように手を伸ばした途端。

 ダンッと鈍い音を立てて突然、体が地面に叩きつけられた。


「う……おぉぉ……ッ!」


 身を動かそうとしても、まるで上から万力で押し潰されている様な圧の前に成す術がない。

 衝突の衝撃で肋骨が折れたのか。

 痛みはないが、胸に違和感を感じた。


「私の召使が失礼した。非礼を詫びる」


 背後からパンドラさんの声が響いた。

 圧し潰されながらもどうにか背後を見ると、手にしたキセルの先が俺に向いている事を知った。

 つまりこの拘束は、パンドラさんによるものなのだ……。


「気にするな。狂犬には慣れておる」


「寛大な心遣い、感謝する。私はパンドラ。この星の魔法使いだ。貴公が魔の者だろうか?」


「そうも呼ばれている。余は余を魔王と定義付けているがな」


「魔王。なるほど、その方がしっくりくるな。如何ほどの軍勢を引き連れて、この星へ?」


「幾つだったか」


 魔王と名乗る男は、右側に立つ男に視線を向ける。


「一万程度でございます」


 男は即座に答えると、再び口を噤んだ。


「この星を制圧するには十分な数なのだろうね」


「全て余の不随物に過ぎん。星一つ。余一人で十分だ」


 魔王がせせら嗤う。

 その笑い声によって、怒りで胸中が満たされる。

 早くその汚らしい笑い声を二度と上げられなくしてやる!

 今すぐに! しなければならない!


「パン、ドラさん……ッ! 邪魔を、しないでくれ……!」


「邪魔をしているのは君だよ、ネモ」


 ずしんと体を圧し潰す力が一段と強くなる。

 ぐちゃっと体の中の何かが潰れる音がした。


「ガァ……ッ!」


 圧迫にたまらず声を上げ、どうしてと届かない呟きを溢す。


「尋ねてばかりで申し訳ないのだが、もう一つ良いだろうか」


「構わぬ。申してみよ」


「ありがとう。そこで這っている召使の中身に心当たりは?」


「今まで滅ぼした星の蛮勇共よ。身の程をわきまえぬ弱者の寄せ集めだ」



 蛮勇!? ふざけた事を!

 我らは我らの星を! 人々を! 守護する為に立ち上がった勇気ある者ッ!

 一人一人が勇者と呼ばれし者である!


 強い怒りの感情が湧いて、体の内側から声が上がる。

 それは散っていた()()の声だ。

 正義の心と力を持って魔王に対抗して、星ごと滅ぼされた彼らの。



「やはり異星の者達の寄せ集めか。数にして二十、いや、それ以上とみているのだが、正確な数が分からなくてね」


「幾つだったか」


 魔王は左に立つ男に視線を向ける。


「九十九でございます」


 恭しく口にして、男は口を噤んだ。


「ははッ! ではこの星で丁度百か! パンドラ。それを処せ。余は貴様が気に入った。この状況下で、余が帝国の玉座に座している理由も尋ねぬその無関心さ。人間でありながら、異星の存在を見抜く慧眼。そして余を前にして動じぬ胆力! 記念すべき百となる命を余に捧げ、眷属となれ」


「すまないが遠慮させていただくよ。私は私の好奇心を満たしたいだけでね」


「命が惜しくは無いのか?」


 二人の側近の手元に、消滅したはずの大鎌が戻る。

 殺意を露わにして身構える二人を前にしても、パンドラさんが動じる様子は一切なかった。


「あまり執着していないんだ。生きるとか死ぬとか」


 体を圧し折らんとする重圧が急に消え、反動で体が浮いた様な感覚を覚える。

 突然の解放に咽ていると、自身の体を金の粒子が包み込みはじめた。

 これは、此処に来た時と同じ魔法だ。


「逃がすかッ!」


 黒衣の男の手に大鎌が戻る。

 どうやらあの鎌は魔法で作られた物のようだ。

 目の前で大鎌が振り降ろされて、俺の首に刃が掛かる。

 だが、刃は俺の皮膚の薄皮一枚裂くことが出来ずに静止してしまった。


「振り抜けん……! 女! 貴様何をした!?」


「ただの硬化魔法を掛けただけさ。今、そこの召使の皮膚は金剛石と同等かそれ以上の強度になっている。刃こぼれしてしまうぞ」


「ふざけた事をッ!」


 止せと声を荒げるもう一人の男の制止も聞かず、激情の勢いを乗せる様に大鎌を振り上げた。

 両腕を振り上げた結果、上半身が無防備に晒される。

 俺は即座に手を伸ばし、収まらない怒りと共に魔力を放った――!


 断末魔の悲鳴も無く、男は姿を消した。


 カラン、と床に大鎌が転がったのと同時にパンドラさんの転移魔法が完成する。


 高らかに響く魔王の笑い声を耳にしながら、俺達は魔王の居城と化した元帝国皇帝の居城を後にしたのだった。


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