三話 一夜明けて食堂
少年を連れてビルバ村へ着いた後、ミレーネたちは村に一つしかない宿に泊まることになった。
「ほら、これが君の部屋の鍵だよ」
「ーーーーありがとう……」
一応こちらの言うことは理解できているようだ。よかった。これならまだしばらくは大丈夫だろう。
そして、宿で一夜を明かし、日が登る頃、ミレーネは少年の部屋の前に立っていた。
「おーい、もう朝だぞー、起きろー」
ミアクマがヤッホーのポーズで少年の部屋の扉に向けて話しかける。だが、少年は反応を返すことも、物音がすることもなく、まるで部屋の中に誰もいないのではないかと思えるほどの静かさが確認できただけであった。
「おい、あいつ逃げたんじゃねぇの?」
「いや、もしかしたらボクたちよりも早く起きて朝食をとっているのかもしれない、ミアクマ、一度食堂に行こうか」
ミレーネとミアクマは、客室のある二階から一階の食堂へと歩いていく。
食堂の中に入ると、急いでガツガツ食べ物を食らう黒髪の少年が目に入った。やはりミレーネたちより先に食堂へときていたようだ。
「そんなに焦って食べると喉に詰まってしまうよ」
言いながらミレーネは少年の元に近づいていく。
すると、急に少年は苦しそうに胸を叩き始めた。
「ほらね」
「おい、水だぞ、ゆっくり飲めよ」
少年はミアクマの持ってきた水を半ば奪い取るようにして受け取り、瞬く間に飲み干した。
「……っはあ……死ぬかと思った……」
ゼェハァ息を切らしながら少年がわざとらしく呟く。この様子なら会話することはできるはずだ。
「随分がっついて食べるね」
「ああ、ここ二週間まともに飯を食ってなかったからな」
言いながら少年はスープを啜る。少しすると「それで、なんでお前はそこに座ってんだよ」と少年の反対側の席に座るミレーネに話しかけた。
「ふふ、そんなの君の監視に決まってるじゃないか」
ミレーネが言うと、少年は心底嫌そうな顔をして「なに?俺に気でもあんの?」と答える。
「何を言ってるんだい?君が不法入国者かもしれないからだよ、勘違いも甚だしいところだね」
「あいたたたたたた、たんま、マジたんま、指千切れるって、やめて!」
少年の言葉にイラッとしたミレーネは顔の表情を変えずに思い切り少年の指をつねる。
「指を千切る勢いでやったんだから当然だろ?」
「やめて!本当にそう言うのよくないと思う、簡単に人の指を千切るとか言わないで!怖い!」
やかましい少年だな。ミレーネがそう思っていると、ちょうどミアクマが朝食を持ってきた。
「ありがとうミアクマ」
「礼ならいらねぇよ、その代わり、こいつをなんとかしてくれ」
ミアクマが後ろに指を指す。
ミレーネが視線をミアクマの後ろに向けると、5歳くらいの女の子がミアクマの後ろで両手を広げているのが見えた。
「うん、そうだね、ミアクマ、少しその子と遊んで来なよ」
「え、何言ってるの?え?」
次の瞬間、待ってましたと言わんばかりに女の子がミアクマを強く抱きしめた。
「くまさんもふもふでかわいー、いっぱいおはなししようねー」
「あいたたたたたた、おいミレーネ!後で覚えてろよー!」
はたから見れば小さな女の子がクマのぬいぐるみを抱きしめているなんとも微笑ましい光景だが、ミアクマからすれば思い切り首を絞められるという拷問のような感じなのだろう。ミアクマ、頑張れ。
そのままミアクマは女の子に抱き抱えられ、どこかへ連れて行かれる。
「あいつ助けなくていいのか?」
「助ける?なんでわざわざそんなことをしなければならないんだい?ミアクマならすぐに戻ってくるはずだよ」
ミレーネがパンを頬張りながら言うと、扉が勢いよく開いてミアクマが女の子を連れて走ってきた。
「くまさん待ってー」
「待つわけねぇだろ!!」
ミアクマは高く飛び上がり、ミレーネの太ももを一蹴りして机の上に着地する。
「ここならなんとか……」
「くまさんそこだね!とりゃ!」
「何をするつもりかな?」
次の瞬間、女の子はミレーネの太ももを踏みつけて机の上に飛び乗った。
ミアクマが飛び乗った時とは違い、朝食の食器が激しく揺れた。
「逃げろー!」
ミアクアはそのまま机を飛び降りて二階へと上がっていく。
「待ってー!」
女の子もミアクマを追って二階へと上がっていく。
「い……痛い……」
ミレーネは太ももをさすりながら呟いた。さすがに人間に飛び乗られるのは痛い。ヒーヒー言いながら太ももをさすり続けていると、近くに小太りの女性が近づいてきた。
この人はこの宿の女将だ。
「二人ともおはよう、昨日はよく眠れたかい?」
「ええ、おかげさまで」
ミレーネが言うと、女将は「そうかい、そりゃよかった」と、満足げにうなづき、ミアクマと女の子が走って行った方向を見つめる。
「うちの子があんたらの息子さんにすまないね、もう少し落ち着いてくれたら楽なんだけどねぇ」
その瞬間、少年は盛大に水を吹き出した。
「はっ……はあ!?息子!?あれが!?」
「すまないね、どうやら彼は昨日、森で強く頭を打ったらしく、記憶が曖昧になっているようなんだ」
「あら、まあそうなの、それは大変ね」
そのまま女将は可哀想な人を見るまで少年を見た後、「ゆっくりしていきな」と言って厨房の方へと歩いて行った。
「おい、あれが息子ってどういうわけだよ、どうすりゃ人間からぬいぐるみが生まれるんだよ」
少年が腕で口を拭きながらそう聞いてくる。だが、ミレーネは口を開かない。
「ーー?どうかしたのか?」
「いや、少し驚いてしまってね、まさかあれを見破れるとは……ねぇ、君にはミアクマが何に見えてるんだい?」
「ーー?だからクマのぬいぐるみだろ?何がおかしいんだよ?」
「そうか、君にはミアクマがクマのぬいぐるみに見えているのか……」
続けてミレーネは「そういえば昨日君と遭遇した時もぬいぐるみが喋った、と言っていたね、あの時からそうだったのか……」と呟く。
「実はね、ミアクマには認識阻害の魔法をかけていて、一般人にはクマの着ぐるみを着た少年に見えているんだ。そして、ボクが許可した人か、ボクより魔力の高いものにしか、あの魔法は見破れない。加えて、帝国内でボクより魔力量が多い人間なんてそうそういない、そして、ボクは君に許可を出していない、つまりどう言うことかわかるかい?」
少年はパンを頬張りながら「俺がお前より魔力が多い……そう言うことだろ?」と答えた。
ミレーネは眉を顰めながら話を続ける。
「ああ、そうだ。そして、それは君が他国からの諜報員である可能性が高い、ということにもなる」
ミレーネは瞬時に杖を取り出し、少年に向ける。
「君には今からいくつかの質問に答えてもらう。返答次第ではすぐさまその首が吹き飛ぶかもしれないから、嘘をつかずに答えることだね」
少年の喉がごくりと鳴る音がよく聞こえる。
「お……おい、ここでそんなことしたら女将さんにも迷惑がかかるぞ」
「それは大丈夫さ、なにせこの机の周りに認識阻害の魔法をかけたからね、はたから見れば、ただ話しながら朝食を食べているように見えているはずだ」
「何かと便利だな、認識阻害の魔法」
「ふふ、それはどうも、まあそれはいいとして、はい」
ミレーネが机の上に小さなランプを置いた。
「なんだよこれ」
「これは嘘発見器という魔道具でね、嘘をつくと赤色に、本当のことを言うと緑色に光るんだ」
嘘発見器、それは帝国で尋問をするときに重宝される魔道具だ。それすなわち、嘘発見器は真実のみを伝えると帝国が保証しているということ。
「さあ、ここで君の処遇を決めよう」
それが、ミレーネによる尋問の始まりであった。