二話 やせいのにんげんがあらわれた
森の中、旅人とミアクマが並行して歩いていた。
「なあミレーネ、あの男に使った魔道具って使ったら位置があいつらにバレるんだよな?」
ミアクマが旅人、否、ミレーネに顔を向けて話しかける。ミレーネはそれに「ああ、そうだよ?」と、なんてことないような口調で答えた。
あの魔道具、というのはカカウー村の狩人に使った"記憶を改竄する魔道具"のことだ。あの魔道具を使って、村を助けたのはたまたま通りすがった騎士で、ファイトコングを倒した後、颯爽と村を去った、ということに改竄したのだ。
幸い見られたのはあの狩人だけであったため、何度も使わずに済んだが、もし何人にも見られていればどうしようもなかった。
"魔導士は一般人に魔導士だと知られてはならない"
魔導士の規定にこう言うものがある。当然、魔導士たちも一般人に魔法を見せないように注意している。だが、時たまに見られてしまうことがある。
あれは、そういったときに使う魔道具だ。ただ、記憶を改竄する魔法は危険なものであるので、基本的には使用が禁止されている。そのため、魔道具を使った際、帝国の魔道具管理局へと魔道具の使用位置と使用者の通知が行くのだ。
そのことを知っているミアクマは不思議そうに「なら、なんで使ったんだ?」とミレーネに聞いた。
「それはね、ボクはあくまでバカンスに出かけただけで、規定を破って帝国を裏切ろうなんて微塵も考えてないからさ」
ミアクマの問いに間髪入れずに答えたあたり、嘘をついているわけではないようだ。
「へっ、オレはてっきりあいつらに愛想つかして逃げだしたのかと思ったぜ」
ミアクマが悪態をつく。
「むー、ミアクマ、ボクがそんなことをするような人間だと思うのかい?」
「ああ、思う」
「失敬な」
言い合いながらもミレーネとミアクマは笑顔で歩いていく。しばらくすると、ミレーネが休憩を提案した。
ミレーネは近くにある木陰に座り、魔法で生み出した冷たい水を飲む。
「今日中にはビルバ村に着きそうだね」
ミレーネが地図を確認しながらミアクマに話しかける。
「そりゃよかったぜ、なにせこの体じゃ野宿なんて出来ねぇだろうからな!」
ミアクマは人工精霊と言っても体はクマのぬいぐるみ、夜の森などの特に湿気っている場所で野営などもってのほかだ。
「まるで他の体を知っているような言い方だね」
「キャハッ!確かにな」
それに、ミアクマのことも急いでいる理由の一つだが、もう一つの理由もある。
「それにおそらく、帝都から追手が来てるだろうからね」
あの魔道具の使用位置からミレーネを追って帝都から追手がくることはほぼ確実と言ってもいいだろう。だが、旅は始まったばかりだ。今はまだ帝都に戻りたくはない。
「場合によっては交戦するときもあるだろうけど、できるだけ戦いたくはないからね」
ミレーネは呟きながら立ち上がる。
「ん?どうしたミレーネ、休憩はもう終わりか?」
「ああ、そうだね」
言いながらミレーネは杖を取り出す。
「ミアクマ、何かがこちらに来ている」
「ーーーー!!まさかあいつらか!?嘘だろ!?早すぎないか!?」
「いや、どうやら違うようだ」
次の瞬間、木の葉が揺れる音と共に薄汚い野犬のようなものが現れた。それはものすごいスピードでミレーネの方に向かってくる。驚きながらもミレーネは即座に≪氷の鎖≫を使用して、それの動きを止める。
「ふう、あと少しでも反応が遅れていれば危なかったよ」
言いながらミレーネは杖をしまう。
「なあミレーネ、なんだこれ?」
「さあ?ボクにもわからない」
氷の鎖が捕らえていたのは、泥まみれになった生き物であった。その生き物からは鼻が曲がりそうなほどの悪臭が漂っている。
「う……臭い……」
ミアクマが鼻を抑えながら生き物に触れると、手に泥が付着してしまう。ぬいぐるみから泥を落とすのは難しい。ミアクマは手を振り回しながら泥を落とそうとするが、しばらく落ちることはないだろう。
「ふむ、確かに匂うね、≪洗浄≫」
ミレーネが指を鳴らすと泥まみれの生き物が水に包まれて洗浄される。水は生き物を中心に勢いよくグルグルと回ったあと、元々そこに存在しなかったかのようにスッと消えた。
「ほう、これは……」
「人間……だな」
*****
「んん……はっ!ここはっ!?」
少年が目を開けると、すぐさま勢いよく上半身を起こして周りを確認する。
「おはよう少年、よく眠れたかい?」
近くの木陰に腰を下ろすミレーネが少年に話しかける。すると、少年の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「やーい、ミレーネが泣かせたー」
「ミアクマ、黙っててくれ、すまないね、この子は少しこういうところがあって……」
「しゃ……しゃべっ……!ぬいぐるみが喋ったー!!」
少年が震える手でミアクマを指しながら驚愕の声をあげる。
「それで、どうして君はこんな場所に一人でいたんだい?」
警戒を解かずに少年に話しかける。服からして冒険者ではないだろう。それに、こんな装備で森の中に入るなんて自殺志願者じゃない限りありえない。そして、あの黒髪、この国では滅多に見ない色だ。
移民ならいいが、最悪の場合、他国の諜報員かもしれない。
容易に気を抜くことは許されない。
少し待つと、涙を拭いた少年が、堰を切ったように話し始めた。
「あっ……あの!俺、異世界から来てっ!それで、あのっ……」
「は?」
思わず声が出てしまっていた。
「あ、異世界っていうのはこの世界とは違う世界のことで……」
「それで、本当のところはどうなんだい?」
少年の声を遮るようにしてミレーネが聞く。
「ーーえ?だから異世界から来たって……」
「そんな嘘、小さな子供でも騙せないよ」
異世界、異なる世界から来たと言いたいのだろう。嘘くさい話だ。そんな荒唐無稽な話、誰が信じられると思うのか、ミレーネはすぐに少年の言うことを嘘として、少年の正体について考え始めた。
やはり、一番線が濃いのはこの少年が移民であることだろう。何か大変なことがあり、記憶が錯乱しているのかもしれない。
「とりあえず国境通過証明書を提示してもらおうか、君はどこの国から来たんだい?」
どこの国から来たのかくらいは把握しておきたい。そう思いながら俯いている少年を見つめる。
答えるまで少し待っていたが、今日中にはビルバ村に行きたいのだ。ここで時間を潰す暇など一秒もない。それに、ここで確認せずに放置して帝国に害をなす存在であった場合、責任はミレーネにあることになる。だから、この場を離れることができない。
「なあ、そろそろうんとかすんとか言ってみたらどうだい?」
「ーーすん」
「あのさ、そう言うことじゃなくて……」
「そう言うことじゃないってなんだよ!!なんで信用してくれねぇんだよ……せっかく人に会えたってのによ……」
少年の声は少しずつ小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
ーーーーふむ、これはかなり重症だ。
「それで、国境通過証明書がなければ君は不法入国者と言う扱いになるが……その様子だと、持っていないようだね」
本来なら不法入国者は見つけ次第、捕らえるか処刑しなければならない、だが、無闇に人命を奪いたくはない。一度頭のお医者さんに診てもらった後、然るべき刑を受けてもらうのがいいだろう。
「とりあえず日が暮れる前にビルバ村へ向かおうか、ミアクマ、行くよ」
「おう、そろそろ行かなぇと野宿する羽目になっちまうからな」
ミレーネはミアクマと共に出発する準備をした。荷物は全て持った。いつでも出発が可能だ。あとは、
「ほら、君も着いてきなよ」
ミレーネは少年の手を取る。少年は放心状態で、疲れ切った目をこちらへ向けてくるだけで、意思の疎通が取れなくなっていた。
ーーーーこれは早く頭のお医者さんに診てもらわないといけないね
ミレーネはそう考えながら少年の腕を引っ張って、ビルバ村に向けて歩き出した。
ビルバ村へ着いたのは、日が暮れる5分ほど前のことであった。