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一話 ボクは魔女だ

一話だけ少し長めです

 "なんでこんなことになった"


「はっ……くっ……はあっ」


 いつもならどれだけ走っていても息が続くというのに、今日はそうもいかない。おそらく"やつ"に対する恐怖心から体が萎縮しているのだろう。

 あれはやばい。死ぬぞ。逃げろ。

 体が警鐘を鳴らしている。


 当然だ。仲間だった狩人たちは一人を除いてみんな死んだのだ。みんな"やつ"に食い殺された。

 あんなの勝てるはずがない。


 なんで誰も気づかなかった。なんで俺は気づけなかった。なんであんなやつがここにいる。

 なんでなんでなんでなんで。

 そんななんでが頭の中を埋め尽くす。


「みんなっ……ぐ……ごめん……ごめん……」


 みんなが死んだ時、何もできなくてごめんなさい。"やつ"から逃げてごめんなさい。そして、村のみんな、"やつ"を連れて来て……ごめんなさい。


 今は"やつ"を撒いているためすぐには追って来てはいないが、それも時間の問題だろう。

 早く村に戻り、全員で逃げなければいけない。

 なんとしてでも、全員で。


「ーーーーあ。」


 次の瞬間、荒い鼻息と土の混じった臭気と共に、狩人の体は吹き飛んだ。


 *****


 森の中は空気が澄んでいて気持ちがいい。

 やはりずっと都会にいたからだろうか、自然に触れる機会が少なく、新鮮な空気を吸うこともなかった。

 帝都にいたころは毎日が忙しく、こんな詩的なことを考える余裕すらなかった。


「マスター、コーヒーを一杯」


「承知しました」


 森の中にひっそりと存在するカカウー村の喫茶店にて、新聞を開きながらコーヒーを飲む。いい朝だ。


「ふむ、西方にて隣国のラーデンシュヴァルツ共和国が帝国の領土に進軍中……物騒だな」


「ええ、そうですね、野蛮な連中もいたものです。我が国に手を出そうなど……まあ、今回も魔導部隊のみなさまが騒乱を収めることでしょう。私たちには関係のない話です」


 マスターは言いながらコーヒーカップを丁寧に拭いている。


「私たちには関係ない……か……」


「ーーーーどうかされましたか?」


「いや、なんでもないよ」


 どうやらマスターには聞こえなかったようだ。正直ありがたい。そのままコーヒーを飲み干して代金を支払う。


「ちょうどですね、ありがとうございました。またいらしてください」


「ああ、またいつか……だね」


 木が擦れる音を立ててドアをひらける。

 音が鳴るドアなど欠陥品だが、この店にはこのドアが合っているような気がした。

 決して嫌味として言ってるわけではない。

 ただ、このドアが自然の中へと自分を誘ってくれる素晴らしいドアだ、と言いたいだけだ。


「オマエ意外と詩人としても生きてけんじゃねぇの?」


 不意に、自分が背負っているボンサックの中から声が聞こえた。声のした方に目を向けるともぞもぞとクマのぬいぐるみの頭が這い出てきた。


「ミアクマ、それは褒めてると思ってもいいのかな?」


「キャハッ!そう思うんならオマエは相当なバカだぜ」


「そうか、なら君はバカな主人をもったバカ精霊だね」


「うるせぇ黙れ」


「はいはいそうだね、じゃあ君も黙って荷物の中に入っててくれ、君のことを見られると色々まずいからね」


「へえへえ、わかりましたよーだ」


 再度、ボンサックがもぞもぞと動く。


「持つべきものは聞き分けのいい精霊だね」


 呟きながら周囲にいる誰にもこのやりとりを見られていないかを確認する。どうやら誰も気づいていないようだ。


「じゃあ、そろそろ次の村へ行こうか」


 旅装を風に靡かせながら村の門へと向かう。


「おや、村の門に人だかりができてるね、何かあったのかな?」


 言いながら旅装に付属しているフードを被る。人だかりに近づいていくと、村人たちが不安な声で口々に話し合っているのが聞こえる。


 どうやら人だかりの中央で、怪我をしている狩人が村長に何かを話しているようだ。


「シルバ、先の話、本当なのか?」


 村長が狩人に聞く。


「はい、みんな……"やつ"に殺された……あれはやばい……逃げないと……早く逃げないと村のみんなまで殺される……」


 狩人は必死に訴える。だが、それでは村人の不安を煽るだけだ。

 ここは他の村と比べて少し大きい村だが、最大戦略が狩人なことは他の村と変わりない。

 そんな狩人たちが壊滅したのだ。どうしようもない。そう、どうしようもないのだ。


「普通なら……ね」


 言いながら人混みをかき分けて狩人の前に立つ。

 狩人は突然現れた見知らぬ少女に驚いている。


「失礼だが、あなたは……?」


「ん?ボク?ボクは……そうだな、旅人とでも呼んでくれ、今は旅の途中でね、昨晩この村に着いたんだ」


 そう言うと狩人は「そうか……嬢ちゃん、だがすまない、今この森はかなり危険だ、早く村を出たほうがいい」と警告してきた。


 だが、旅人は狩人の警告を聞かず、微笑を浮かべながら狩人が走ってきた方向に向かって歩き出した。


「おい、そっちはあぶなっ……!!」


「おや、あちらの方から来てくれたようだね」


 先ほどから魔力反応がずっと出ていたので魔物近づいてきているのは気づいていたのだ。視線を森の方に向けると、大木をいとも簡単に薙ぎ倒す巨躯が目に入る。


「ほう、ファイトコングか、ボクも遭遇するのは初めてだ」


 言いながらファイトコングを鋭い目で見据える。


「あ……あああ、ああああああ!!!!」


 一人が叫ぶと、恐怖が伝播したかのように他の村人たちも顔を真っ青にして逃げていった。


「君は逃げないのかい?」


 言いながらすぐ後ろで腰を抜かしている狩人に目を向ける。

 狩人はわかりやすくビビり散らかしている。

 あれを見てしまったのなら仕方のないことだろう。なにせ、ファイトコングの口に、狩人と思わしき男の死体が咥えられていたのだから。


「ケビン……おい、なんであいつまで……あいつ逃げたんじゃなかったのかよ……後で必ず会おうって……言ったじゃねぇかよ!」


 地面に狩人の汗と涙が混じったものが落ちる。


「やれやれ、萎縮してしまったか」


 この狩人は戦力にならないだろう。旅人はすぐさまそう折り合いをつける。目の前で咆哮をあげるファイトコングに目を移すと、ファイトコングは地面を叩きながら威嚇してきた。


「どーどー、そんなに興奮しないでくれるかな?」


 旅人はファイトコングに優しく話しかけるように一歩近づいた。不意に、服の裾が引っ張られる。


「はあ……勝手に怯えているのは百歩譲っていいとして、なぜ君はボクの進路を妨害するんだい?この村を救いたくはないのかい?」


「む……無茶だ……嬢ちゃんじゃ……やつにかないっこない……諦めて逃げるんだ……」


「ほう、ボクがあんなゴリラに負けるとでも思ってるのかな?」


「あ……ああ、そうだ……、ーー!!」


 狩人は見た。旅人の後ろからファイトコングが走ってくる様を。

 それを見てしまった瞬間、狩人の頭の中が真っ白になり、いつのまにか旅人の体を押していた。

 生存本能でいつのまにか動いていたのだ。悪気はなかった。


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 真っ白になった頭の中を埋め尽くしたのは、そんな罪悪感だけであった。

 旅人はおそらく死ぬだろう。


「に……逃げなきゃ……逃げなきゃ俺も殺される……!!」


 無様にも狩人はファイトコングに背を向けて走り去っていった。

 旅人はそんな狩人の背中を村の方に振り向きながら見る。


「さて、これで思いっきりやれるね」


 旅人が狩人を見送った次の瞬間、ファイトコングの巨体が彼女の背中に覆い被さるようにして現れた。村の門が破壊され、木屑が辺りに舞う。


「これ以上は入らせないよ」


 旅人が言いながら指を鳴らす。次の瞬間、ファイトコングの体が氷の鎖に固定された。


「≪氷の鎖(アイシクルチェーン)≫」


 だが、その魔法はファイトコングの進路を一瞬妨害しただけですぐさま破壊される。

 旅人がファイトコングの方に振り向くと、氷が破壊されたことにより生成された冷たい水滴が頬に付着する。


「ふふ、まあさっきのは牽制さ」


 ファイトコングに話しかけながら旅人が地面に向けて手を出すと、いつのまにかボンサックから出て来ていたミアクマが旅人に杖を手渡す。


「ほらよ、こいつであのゴリラ頭をぶち抜いてやれ」


「ああ、言われずともそうするつもりさ」


 旅人は威勢よく走ってくるファイトコングに向けて杖を向ける。


「≪雷鳴の槍(ライトニングランス)≫」


 その瞬間、ファイトコングの周りに5本の雷の槍が現れる。放電する槍を5本も向けられたのだ。ファイトコングは迂闊に動けなくなり、その場で硬直することとなった。


「チェックメイトだ」


 その様子を、近くから見ているものがいた。


「な……なんだよ……あれ……」


 狩人だ。彼は旅人に対する罪悪感から村の門へと戻って来ていたのだった。

 またもや彼は腰が引けていた。先ほどまでの、恐怖や生存本能からではない。ただ、旅人の行使する異次元の力、魔法の壮大さに心を奪われ見入ってしまい、立つこともできなかったのだ。


「あ?オマエ逃げたんじゃなかったのか?」


 すると、旅人の横に立っていたミアクマが狩人を見つけた。ミアクマは狩人の方に走っていく。


「ど……どこから出てきたんだ!!??」


「はー、別にどこから出てきてもいいだろ」


 ミアクマが不機嫌そうに言う。


「ミアクマ、どうやら見られてしまったみたいだね」


 彼女は旅装に杖をしまいながら狩人とミアクマのところへと歩いて来ていた。


「はぁ……なんで戻って来たのかな……」


「お……おい嬢ちゃん、後ろに……」


 狩人が震える手で旅人の後ろを指差す。


「ああ、これのことかい?」


 旅人がニコリと微笑みながら人差し指を少し動かす。すると、ファイトコングを取り囲んでいた雷の槍が一斉に射出された。

 地響きと共に黒煙が立つ。5秒ほど経ち、黒煙が晴れる。すると、そこにはファイトコングの死体が倒れていた。


「ほら、これでもう大丈夫、村を脅かす魔物は死んだよ」


「は……はは、この力……まさかあなたは……いや、でもこんなところにいるはずが……」


「ああ、そうさ、君の予想通り」


 旅人は言いながら杖を振り回す。それと同時に彼女の氷雪の如き透明感のあるアイスブルーの髪が風に靡く。

 狩人にはそれが光り輝いて見えた。


 そして、彼女の口から次に紡がれた言葉を聞いて、狩人は頭を上げることができなくなった。


「ボクは魔女だ」


 これは、いずれ稀代の天才魔導士、帝国に革命を起こしたものとして歴史に名を残す偉大な魔法使いのお話。

 彼女は生前、帝国の各地を見て周り、ある答えを探す旅をしたそうだ。


 これは、そんな彼女の旅の全貌、歴史に埋もれていた、本当の物語だ。


『大魔導師の法則〜人は何のために魔法を使うのか〜』


 *****


 ーーーー旅人のファイトコング討伐と同時刻


「異世界生活18日目、今日も人と遭遇できず……か」


 カカウー村近くの森にて、一人の少年が彷徨っていた。体は痩せていて、服はボロボロになっている。近くにいるだけでものすごい臭気が漂ってきそうだ。


「異世界転移って言ったら自然と街にいるもんだと思ってた俺の浅はかさよ……」


 少年はぼやく。だが、その言葉は誰の耳にも届くことなく。森に吸い込まれていくだけであった。


 まさか彼が旅人の人生に大きな影響を与えるなんて、この時は誰も知らなかった。

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