プロローグ
プロローグは飛ばしてもらって結構です
一日目だけ四話まで投稿します。
二日目以降は一日一話投稿で行きます。よろしくお願いします。
気持ちのいい風が吹き抜ける昼下がり、一人の女が椅子に背を預け、バルコニーから街の様子を眺めていた。
「平和……ですね」
不意に、部屋の中から声が聞こえた。視線を移すと、綺麗な所作でお辞儀をしているメイドが紅茶を持ってきていた。
「ふふ、そうだね、今日も帝都は平和そのものだ」
女はそう言いながらメイドが淹れてくれた紅茶にそっと口付ける。
「うん、いい紅茶だ。この香りと深み……アールグレイだね?」
「いいえ違います、本日の紅茶は『賢者』様が以前好みだとおっしゃっていたグレイソン・ミルドでございます」
「ふふ……」
女はいい笑顔で紅茶を啜りながら「今のは君を試しただけだよ」と言い、紅茶を飲み切る。
「ところで今日はなんの日か覚えているかな?」
「『賢者』様、お言葉ですが自らの失敗を誤魔化すのはお見苦しいので辞めた方が良いですよ」
「なんの日か、覚えているかな?」
完全に先ほどのことを誤魔化すつもりだ。これ以上言及しても何も出ないだろう。メイドは女……否、『賢者』にこれ以上言及することを早々に諦めた。
「……はぁ、今日は10年前に起きた戦争の戦勝記念日ですね」
『賢者』はそれを聞いて遠い目をしたあと、椅子から立ち上がり、柵に身を預ける。
「もう、10年も経ったのだね」
「ええ、10年経ちました」
より一層風が吹く。
もう10年だ。10年という月日が経つのは意外と早いものだ。あの日のことも、全部昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。
目を瞑れば、あの人と旅をした記憶が蘇ってくる。思えばいろいろな場所へ行った。山の中で鉱夫たちが働いている炭鉱、港町で食べた海の幸、天空に浮かぶ古代遺跡、砂漠のカラッとした太陽の光と熱、凍てつくほどの寒さが常時襲いかかってくる雪山、他にも様々な場所を旅をした。
あの日々が人生で一番輝いていたような気がする。
「あの日々が……か」
「ーーーー?どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ」
メイドの問いをはぐらかし、『賢者』は部屋の外へと出ていく。メイドはそんな主の様子を見てため息をつくと「やれやれですね」と呟き、彼女の後をついていった。
廊下を歩いていると、外からから騒がしい声が聞こえてくる。その声はどれも楽しそうで、みんな笑顔なのだろうと推測できる。
「『賢者』様、パレードの時間まであまり時間がありません。急ぎましょう」
メイドがメモ帳を確認しながら『賢者』に言う。
「ああ、そうだね、ならこうしよう」
言いながら『賢者』は手を叩き、目の前に氷で出来たソリを生成させた。
「『賢者』様、一体何をするおつもりなのですか?」
メイドが聞くと『賢者』は「やだなぁ、そんなこと言わずとも君ならわかるはずだろう?」と話しながらメイドの手を引っ張ってソリの上に乗る。
「はぁ……わかっているからこそ、なぜ今これを使おうという気になったことが不思議なのですよ」
「じゃあ行くよ!≪氷上滑走≫!」
廊下に生成された氷の道の上を徐々にスピードを上げてソリが進んでいく。氷の道はソリが通った場所から消えていき、掃除をする心配はない。
ただ、一つ心配なのは、どこまでこのソリはスピードを上げるのか、というところだ。
「あばばばばばばば」
「はは、無表情でそれやられると怖いからやめてね?」
「あ、怖いんですね、あばばばばば」
「わざとだね」
「流石です『賢者』様、よくわかりましたね、えらいえらい」
「君はボクを何だと思ってるのかな?」
『賢者』が聞くと、メイドが『さあ?』とでも言うように両手を広げた。
「あ、『賢者』様、そろそろ外に出ますよ、ソリを降りましょうか」
「うん、君はボクに嫌味を言ってるのかな?知ってるよね?この魔法途中で止められないの」
「ええ、承知の上で言ってるのですよ、ほら降りてください」
メイドは『賢者』の体をひょいと持ち上げて勢いよく滑るソリの上から飛び降りた。
「あれどうするのさ?」
「あれですか?あれはこうするんですよ≪炎の網≫」
言いながらメイドはソリの進行方向に炎の網を生成して氷のソリを溶かした。
「ヒュー、さすがだね」
「お褒めに預かり光栄です、『賢者』様」
メイドは綺麗な所作でカーテシーを決める。メイドはそのまま『賢者』を持ち上げ、残りの道を颯爽と駆け抜け、『賢者』を目的地へと送り届けた。
「ふう、なんとか間に合ったね」
「ああ、いつも通り其方は遅刻しかけたがな」
パレードに使用するフロートの上に登ると、そこにはこの国の皇帝とその妃が豪奢な椅子に腰をかけていた。『賢者』は二人の一段下にある自分の椅子に座る前に挨拶を済ませる。
「これはこれは皇帝閣下、お久しゅうございます」
「はは、皇帝閣下などと堅苦しい呼び方はやめておくれ、まだその名は私には相応しくない」
「そのような言い方はやめてください閣下、今のあなたは帝国統べる皇帝、もっと自信を持ってください」
横から妃の注意が入る。皇帝閣下は「ああ、そうだな」と言い、胸を張った。
「もうすぐお時間です。『賢者』様、お座りください」
不意に、フロートの下から声が聞こえた。どうやらもうすぐパレードが始まるようだ。
『賢者』は指示に従い、自分の椅子に座る。
<ただいまより、ヴァルゼノス帝国戦勝記念パレードを執り行います>
魔道具で拡散された声と共に、フロートが動き出した。
皇帝閣下たちを迎えるのは盛大な歓声とお祭り騒ぎの街、そして空に打ち上がるいろとりどりの花火。そのどれもこれもが戦勝を称えるものであり、同時に、冥界へと旅立って行った戦友たちに向けたものとなっている。
「『賢者』様〜!こっち見て〜!」
「皇帝閣下!バンザーイ!」
「いつ見てもあの方は麗しい……」
その様はまるでアイドルのようだ。
「叶うなら、この景色をみんなにも見せたかったな……」
『賢者』はそう呟きながら目を閉じる。
目を閉じればあの時の光景を思い出すことができる。
仲間たちの笑顔、みんなで食べたご飯、悲鳴、そして、死に顔、楽しかった日々も、悲しかった日々も、苦しかった日々も、全部まとめて自分の人生だ。
ーーーーでも、戦勝パレードを見てやはり思い出すのは戦争の記憶ではなく、あの旅の記憶だ。
物語は戦争が始まるよりも少し前、12年前へと遡る。